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書評 河合隼雄「子どもの宇宙」イラストエッセイ「読まずに死ねない本」 008 20240613

 水木しげるセンセイの「ねぼけ人生」と並んで、ぼくが時々、若い人に贈る本が、河合隼雄先生の「子どもの宇宙」(岩波新書)です。
 「ねぼけ人生」が人生の教科書だとすると、「子供の宇宙」は教師の教科書。あるいは、心理学の優れた入門書です。

 河合隼雄先生は、ユング心理学者です。
 その深い人間理解は、現代の老賢者と呼ぶにふさわしい。しかも分かりやすくて面白い。講演も音源が残っていますが、落語みたいに面白いのに深い。
 心理学というのは、簡単に言うと無意識の研究です。
 わたしたちは頭で考えて行動していると思っています。自由意思により言動を選択して主体的に生きていると。
 でも、その自由意思は無意識に、まさに無意識のうちに支配されているとしたら、ちょっと怖いですよね。自分では自由意思で考え行動していると思っているが、実は知らない自分に操られているなんて。
 分かりやすい例が、トラウマです。なぜか足がすくんでしまう。理由もないのに何かを恐れたり憎んだりしてしまう。意志の力ではどうしようもない。
 こうした無意識の働きを解明しようとするのが心理学です。

 心理学の創始者はフロイトですが、フロイトは無意識の中心に、おさえがたい性的な願望(リビド)、抑圧された衝動(コンプレックス)を見出しました。エディプスコンプレックスが有名です。

 一方、ユング心理学の特徴は、無意識が二層に分かれていて、浅い層には個人的な無意識があり、深い層には集合的無意識があると説きました。集合的無意識とは個人を超えた、同じ文化圏に住む人々に共通の無意識の領域があるという考えです。個人的な無意識は夢によって知られ、集合的無意識は神話や伝説に現れるとします。
 ここがユング心理学の真骨頂。
 集合的無意識の中には、奇妙な人物やモノが存在します。元型(アーキタイプ)というのですが、例えば、老賢者、影(シャドウ)、アニマ、アニムス、グレートマザーなんかがこの領域に住んでいて、神話や伝説の登場人物として姿を現すだけでなく、個人の言動にも隠然たる影響力を持っているとするのです。ちょっと神秘的でしょ?
 芸術作品に大きな影響を与えていて、例えば、スターウォーズでは、ルークスカイウォーカーのシャドウ(影)がダースベーダー。ヨーダやオビワンが老賢者という訳です。
 「ゲド戦記」という、これも読まずに死ねないファンタジー小説がありますが、これはずばり、ユング心理学者によって書かれた物語です。

 さて「子どもの宇宙」は、さまざまな童話に現れた元型の働きを、具体的な物語にそって解説しながら、思春期前の子供たちの無意識の世界を明らかにし、その成長の過程を可視化する、稀有な本です。しかも読みやすく面白い。だから、教師になる人には必読書だと言った訳です。
 それだけではありません。馴染みのある物語、たとえば「ノンちゃん雲にのる」とか、「秘密の花園」なんかが深ーく理解できる。村上春樹さんの小説の解釈にもとても有効です。
 そして心理学、ユング心理学の優れた解説書にもなっているのです。

河合隼雄先生

 
 

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