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#体験談
今に続くものへの出会い ☆サーフィン→サッカーレフェリー編
好きなものをやめる選択はできますか?
今回はサーフィンを5年間続けていましたが事故でICUに入りこれはマズいぞということで泣く泣くやめたサーフィン。
これには本当に悩みました。本当にやめるべきか、はたまたつづけるのか。めちゃくちゃでした。結構仕事も手につかずでしたしてんかん発作もよくでましたし。
当たり前っちゃ当たり前。ストレス過多なんだから兄によく相談もしました。よくないことを言って(要
今に続くものへの出会い ☆サーフィン編
自分の中でサーフィンとサッカーはとてつもなくおおきなものになりました。サーフィンはライフサイクルに組み込まれていきサッカーは週末のお楽しみになってそれこそストレス発散でなく真剣勝負の場へ赴くという自分探しの場という感じでした。
週6というサーフィン生活飽きない?ということよく言われました。
まったく飽きるということはありませんでした。海に入っているときはなにもかもがポジティブな思考になれた気が
今に続くものへの出会い。 ☆サッカー☆サーフィン☆そしてレフェリーへの道
今回は今に続くことに出会ったものについてお話ししたいなと思います。
高校時代はほぼサッカーが占めておりそこで3年生の時右膝外側靱帯損傷の大けがを負いました。そこで高校サッカーが終わってしまいました。と書きましたが自分の中ではここで終わりではありませんでした。
なぜかというと自分はケガをしてもピッチの上に居続けれることができました。それは選手としてでなく審判としてです。
先生から練習試合の審判
高校時代後編…。 ☆人生のターニングポイントのサッカー☆そんなてんかんとのかかわり
高校時代が密すぎて3巻になってしまいました。
高校時代はサッカー部でしごかれたというお話は以前からお話ししてました。そこおかげで今があるという事実もまたあります。レギュラーから離れて2年生になった時には指導役になってました。
この指導役結構いまでも役立っていまして、てんかんにも、病気における自己分析やそこからのフィードバックにも一役かってます。
指導役はただ伝えるのではなく教えるということが
高校時代…。中編 ☆仲間に支えられた日々 ☆コミュニケーション能力の開花
前回に引き続き今回は仲間に恵まれた高校時代をてんかんと絡めてお伝えしたいと思います。
このnoteは自粛中は毎日更新していくつもりです。 その後も週2~3回更新の頻度でやっていきたいと思ってます。
まずてんかんにおいて起きる要因を知っていないとこの話はできないと思いますので先にお話しします。発作が起きやすい条件として(個人的な考えですが)
①睡眠不足 具体的に6時間以上②
てんかんの発症、戸惑い・・・。 ☆中学校時代 ☆高校時代…。前編
今回は自分のてんかんの発症について触れたいと思います。
発症は小学校6年生だったと思います。そのころ今のようにゲームといえばインターネットを介したものは一切なくひたすらやりこむものがほとんどでありファミコンやスーファミ(わかるひと少ないかな)でした。
そのファミコン絶頂期に夜通しやっている最中に起きました。それが最初だと思います。
その時はたぶん意識消失の発作でてんかん発作の中では大発作とよ
あなたは障がいというものにどのような感情をお持ちですか?
てんかんは障がいであるということはだれが決めたのでしょう?
それともだれかが障がいというのを決めるのではなく自分で決めるのかな?自分はてんかんはもちろん様々な症状がありますので一概には言えませんが自分のてんかんは障がいではないと思ってます。
障がいとは周りが評価のひとつとして~ができない、~ができなくなるという概念の上、それをまわりの人が評価の一部としてしてるだけなのではないかと思う。
自分