【発達凸凹】「普通だよ!大丈夫」って言わないで
普通ってなんなんだろう。
最近よく思う。というか、息子の子育てを通して度々、「普通」ってなんだろうかと考えることがある。
この前、息子の特性について知る人に「普通だよ、普通。全然問題ないじゃない」と言われた。
なぜか母であるわたしが傷ついた。
ぐさっときた。
あ、なんか傷ついてるぞ。心がズキズキする感じがする。
きっと、良かれと思った励ましだったりするだろう。
気のせいなんじゃないか、
診断が過度なんじゃないか。そうは見えないよ。普通だよ。大丈夫だよ。
って言う言葉が。
実はめちゃくちゃ傷つくんです。
「普通」ってなんだろう。
子育て中に、幾度「普通」と言う概念に向き合ってきたか。
「普通」こうだよね。
普通はこうしないよね。普通はこれはするよね。
普通は当たり前だよね。普通のことだよね。
「普通」を見つめていると
普通がそろそろゲシュタルト崩壊してくる。
お願いだから、励まさないで。
「立ち止まるな、頑張れ」って鼓舞しないでください。
「大変だったよね。頑張ってるね。」で、充分なんです。
それだけで、張り詰めている気持ちが少しだけふわっと和らぐんです。
最近、優しい言葉をかけられると泣いちゃう。
「普通」って、誰の基準なんだろうね。
わたしの「普通」と、あなたの「普通」は違う。
右隣の人と、左隣の人の「普通」も違う。
「普通」って、それぞれの基準で考えることであって、それを大声で「普通!」と言われても困る。
全然大丈夫なんかじゃないです。
一見、「普通」に見えるからこその苦悩があるんです。
「普通にみえるよ、大丈夫だよ」って言われたら、
今まで子育てしながら何度も「普通」と向き合ってきたわたしも否定された気持ちになる。(深く考えすぎかもしれないけど、そう感じてしまう)
「普通」ってなんなんだろうね。
「普通」に見えてしまうからこそ、支援が届かなかったり、見過ごされたりする。
「普通」に見えてしまうから、甘えてるとか、気のせいとか、勝手な思い違いをされてしまう。
「普通」に見えて、辛い思いしてる人って。
いっぱいいるんじゃないか。
「普通」って、なんだろう。
「普通」を問い、直面して「違和感」に戸惑い、
「普通」と言われる育児とは違うことで悩んできたからこそ
「普通」を大声で言われると辛い。
「普通」って言葉が苦手になって、
使わなくなった。
普通は難しい。