開かれた起点『人新世の「資本論」』の感想
たいへん売れているらしい『人新世の「資本論」』斎藤幸平を読んだ。面白かった。
これは意外だった。ざっと目を通してはいたし、著者の発言も聞いてはいて、あまり興味がもてていなかったからです。
多くの人がいいと言っているのを目にしていたので、批判するにしてもきちんと読んでおこうと、そんな気持ちで本腰を入れて読んだのです。それが意外に良かった。
興味が持てなかった理由は、彼が新しい資料をもとに、新しいマルクス像・「資本論」像をつくり、それを環境問題など、最近の話題と結びつけようとしているらしきことでした。
新しいマルクス解釈というのは、これまでも繰り返されてきたけれど、そういうものの多くはだいたい凡庸だった。今回も似たようなものだろうと思ったのです。
その点に関しては、やはり画期的とは思いませんでした。彼が依拠した「資本論」に関する新たな資料を見たわけではないが、マルクスが生前に出版した「資本論 第1巻」だけでも、十分に開かれていて、もっと多様な方面に可能性を秘めた書物だと僕には思えるからです。それは前に自身の記事で述べた通りです。
盟友エンゲルスやロシア革命の指導者レーニンは自分の解釈のみを正しいとし、開かれたマルクスのテキストを閉じてしまったように思います。
斎藤幸平氏もその点は変わらない。「資本論」の新しい「正しい」解釈を提示して、開かれたものを閉じてしまったと思います。にも関わらず面白かったのは、『人新世の「資本論」』自体ががとても開かれたテキストになっているからです。(エンゲルスとレーニンの著作の多くはそれ事態も完結して閉じているので、二重に閉鎖的だと思います。)
最終的に社会の変革と脱成長が説かれているのですが、その過程で、さまざまなデータ・資料・書籍が紹介されて、それについての著者の考えが示され、最後部では、彼が注目している世界のさまざまな社会運動が紹介されています。日本ではあまり報じられない内容に踏み込んでいるから、このような情報だけでも十分貴重なものだと思います。そこに独特の概念を駆使した著者の考えが加わる事で、こちらの思考を更に刺激してくれます。きちんと情報源が示されていているので、興味を持ったり、疑問に思ったりした場合、その気があれば、その記載をもとに、より詳しく調べてみることも可能です。
そういった多方面へと興味が広がる為の起点として書かれた本のように、僕には思えました。
刺激的な題名なども、引き付けるための戦略なのかもしれない。
そこまでは考えすぎだとしても、とにかくいい意味で刺激を受けました。そして考えるだけでなく、それぞれが自分で考えた上で、何らかの行動することを促している書物だとも思いました。やってみて、検証しつつ、改善していき、お互いの経験から学んでいく事を促している。彼が紹介した社会運動も、まだ端緒についたところなのでしょうから。とにかく読んでよかった。
P.S. 先に触れたマルクスについて以外にも、ツッコミどころはもちろんあります。しかしもし批判するならこちらもきちんと総合的にやらねば、礼を失するだろうと思います。それだけの内容が詰まっています。もっと学ばなければと強く思いました。
ただ少し気になったのは、詳しくは述べませんが、この著書には前に紹介した柄谷行人の書籍↓の影響があるように感じたのですが、それについては何も記載がなかったので不思議に思った事です。僕の思い違いかもしれませんが。
彼が考えている社会運動も柄谷行人がかつて起こしたNAM (New Associationist Movement)とも共通性があるように思えました。どうなんだろうか?
柄谷行人のこれらの本も、また読み直してみようかと思います。
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