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【書店員しか知らない"現場の歓び"を、本に関わった全ての人に伝えたいと思う】

七連勤を終えた身体が、アルコールを求めて震え始めていた。

人員不足だったり、残業と早出を繰り返したり、書評の案件を頂戴したり、何気に大変な一週間だったと思う。
レッドブルなんかに頼らない!と言い聞かせながら飲みまくったリポビタンDの味が長く舌に残った。
疲れたァ~なんて布団に入った途端、SNSの通知が気になって眠れなくなった。
アンチヒーローの主題歌『hanataba』が耳にこびりついて離れなくなった。
連勤最終日には肌がカピカピになり、"がっつり飲まなきゃヤバイモード"に入っていることを自覚した。

仕事を終え、帰宅し、支度をして再び新宿へ戻る。
通勤時のように甲州街道は渡らない。
賑やかな人々を横目に目指すのは、酒と煙草と金が舞うゴールデン街ただひとつ。
俺はこのカオスな飲み屋街が好きだ。大好きだ。詳しくは→【ビールの噴水がある本屋に行くと、ゴールデン街で働けるらしい】~書店員のエッセイ&本紹介~ 多崎礼 『レーエンデ国物語』

「新宿の本屋で働いてるんです」
「えっ、全然そんなふうに見えないって」
サラリーマン三人組の視線が、金に染まった我が頭髪へ集まっていた。

俺は「ですよねー」と、言い慣れた相槌をうって黒霧ソーダをすする。
五番街にある『パノラマの夜』は働いているときもそうじゃないときも居心地がいい。

「紀伊国屋?」
お決まりの質問である。まあ新宿の本屋といえば紀伊国屋さんだよな。俺は若干うんざりしながら笑って首を横に振る。

「駅の中です。新南口にある、バスタの真下にあたるところで働いてます」

三人のうち、一番壁側に座っている男性があっと声を漏らした。

「俺、よく仕事の帰りに寄ってる!あそこさあ、本当にいいよね。特に小説コーナーのところ!売れ筋の定番本は確実に抑えていて、それなのにがっつり選書に主張がきいてて。POPもいっぱいあるし楽しい。あんなに小さな本屋なのにすごいなあって思ってるよ」

思わず心臓がどくんと揺れる。

「あああ、ありがとうございます」
目線をそらしながら少しだけ居住まいを正した。どくんどくんと加速する心臓の揺れと共に、徐々に顔面がほころんでくるのがわかる。

「・・・あれ、僕がやってるんですよ!」

「ええっ、そうなの!」

はい!と返事をしてグラスに手を伸ばす。
ゆるゆるの口元を氷で隠して、むずがゆい気持ちを誤魔化した。口の中に入ってきた小さな氷をバリバリと噛み砕いて飲み込むなどしてみる。

「それはそれは・・・!いつも楽しくお伺いさせて頂いております」
「いやいやこちらこそ、いつもご来店ありがとうございます」

互いにぺこぺこと頭を下げながら、グラスを合わせる。しれっと三人組から酒を頂いていた店長も一緒になって乾杯する。

「成生くん、よかったなあ!嬉しいなあ!」

うんうん頷く店長がなぜか一番嬉しそうである。いやあ、まじで嬉しいっす!と無邪気にはしゃいでみせるが、やはり店長の方が嬉しそうである。

「ついでにほら、おすすめしたい本があったら今のうちに営業しとき!」

店長が腕を叩いて宣伝を促してきた。
俺は意気揚々と成生賞2023の『シン・サークルクラッシャー麻紀』のプレゼンをしたわけであるが、「よかったなあ!これでみんな買いに来てくれるよ!」と一番ニコニコしていたのはやはり店長であった。

売り場を褒められることほど嬉しいことはない。
岸井ゆきのからキスされるとかそういう特殊なケースには敵わないけど、売り場を褒められるというのは、何よりも心が満たされる気がするのである。

楽しい、面白い、また来たい。
そういった感想を抱いてもらえたなら、書店員冥利に尽きる。

ここで俺は思うのだ。
これは俺が作った売り場だけど、売り物は俺が作ったものではない!
売り場が輝くのは、そもそもこの本に関わった方々がいるからであると!
歓ぶべきは俺一人じゃないと!
もっと歓ぶべき人がいるでしょうと!
だからこそ、この嬉しさ、
ぜひぜひ共有させてくれよと!

「最近、めっちゃ伸びてます!いい感じですよ!」
出版社の方と会う際、伸びがいい本は必ずアピールしている。
もちろんそんなデータは把握済みだと思うけれど、それでもちゃんと現場の声として伝えたいのだ。
どんな人が買った、どんな感じで買っていった、買わずとも一度手には取った人の様子など、数字だけでは読み解くことの出来ないデータを提供して、一緒に盛り上がれたら最高だと思っている。

作家さんの場合も同じだ。
友人の篠谷巧さんに「今日、巧さんのファンと名乗るカワイイ女の子が著書を買ってゆきましたよ」と伝えたら大変喜んでいた。
くっそ羨ましいし、俺も作家になって下剋上してやろうかと思ったが、どちらにせよ両者にとって嬉しい事実であることに変わりはない。

出版社の方へ。
数字とにらめっこして疲れたら、ぜひ遠慮なく連絡してきてほしい。

作家さんへ。
気になって仕方なかったら、ぜひ遠慮なく連絡してきてほしい。

篠谷巧さんへ。
もうカワイイ女の子が買ったなんて絶対に言わないからよろしく。

いい報告を伝えるために、俺は今にもまして精力的に売り場を作っていく。
そしてあなたにいい報告ができたとき、
たぶん俺は、あなた以上に嬉しい顔をしていることでしょう。

〜本紹介〜

【魚と殺人事件は、鮮度が命!】

篠谷巧 著『君のいたずらが僕の世界を変える〜食べもの探偵トモアキの事件簿〜』

あらすじ:漫画家を目指す宇佐見太一は、不慮の事故で意識不明に。
目が覚めた彼がいたのは、自身が高校時代に描いていた漫画『食べもの探偵トモアキの事件簿』の世界だった。
食べものの声を聞いて事件を解決するトモアキの助手、"リョウちん"として周りから認識される宇佐美。
はたして彼は現実世界へ帰還することができるのか…。

個人的に仲のいい作家さんなのだが、可愛い女の子のファンが多くてちょっと腹が立つ。
「ふん!」と思いながら読み始める。そして何だかんだぐいぐいと引き込まれ、あっという間に読了してしまった。(ちくしょー!)
物語上の架空の人物であれ、人が人を想う熱は確かに存在する。
胸を震わせるような彼らの声は、きっと読者の心に届く。


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