田島祐介

ランニングしてます。

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最近の記事

あれから1年

悪夢の2023.10.20 私は足の指を骨折した。 右足の小指以外4本バッキバキに2本は粉砕した。 あの日から1年、まだ時々痛む時もある。 何も出来ない1年だった。 6月にアキレス腱を痛めて夏のマラソンDNF、10月の新潟シティマラソン直前に大腿付近の肉離れでDNS、12月の那覇はなんとか走りたいと思ってた矢先の出来事だった。 折れた時は仕事に出れないとか歩けないとかより 「あー、もう一生走れないかも」 って思ったりもした。 自宅療養期間は頭ん中が空っぽになって

    • 久しぶりに マラソンの話しでも。

      新潟シティマラソン走ってきました。 結果は2時間42分30秒 結論?から言いますと練習不足、スタミナ不足って事です。 北海道マラソン撃沈から 8月の北海道マラソンで見事に撃沈し、自身初の途中歩き、ジョグでゴール ハーフまでは走れたってのが収穫でした。 帰って次へ向けてと言いたいところですが9月に1500mを1本走るのでジョグは長めでポイント練習は1500向けの練習してました。 結果1500は大した記録出せずに終わりましたが。笑 相変わらずのバタバタ仕上げ 9月2

      • 気分転換

        3月にマラソン、4月にハーフマラソンを走り気が抜けたのかよく分からないが身体がランニングしようと向かずジョグしてもトラックで走ってもなんかスッキリしない日々を過ごしてました。 脚の怪我はあまり力は入らないがもう言い訳できないくらいに良くなってきてるのに。 ある日トラックで練習してたが全く走れなく一気に走りたい気持ちが落ちてしまった。 1人何を焦ってんだろ? 5月はスピード系の練習を少しずつ入れていこうと思ってた。 あわよくば6月の関東マスターズの1500mに出たいな

        • 🌸さが桜マラソン完走🌸

          遅くなりましたが3月24日、さが桜マラソン無事完走できました。 結果から言いますと2時間41分7秒。 完走出来ればと思っていましたが心の中では40分は切って来ておきたいなと思っていたのでちょっと心残りなとこではあるけど最後は笑ってゴール出来たのでまっいーかな。 まず、自分の現状を知る。 2月から少しずつ走れるようになったが、その前から騙し騙しジョグはしていた。 2月頭に守谷ハーフで79'57''とギリ80分切り。 この日はコレが全力で5kmで呼吸も上がってしまい当然コ

          シーズン24 開幕

          はじまりはいつも良い。 4月、いつもはマラソン終わってトラックでスパイク履く準備をする。 そして手始めに〜ってトラックレース、記録会に出る。 22年は800m 23年は1500mでマラソン明けでなかなか手ごたえある走りが出来た。 2'06"/4'14" 春の1発目で思ったより走れると 「おっ、今年いけるんじゃ・・・」ってなりますよね。 調子乗っちゃいますよね? 練習もガンガン攻めちゃいますよね? そうです、、  コレで22、23年シーズン 走れませんでした。 2年と

          シーズン24 開幕

          決断と挑戦(いわきサンシャインマラソン)

          来る2月25日、いわきサンシャインマラソン 欠場します。 気持ちがイマイチ入らない 先日、守谷ハーフマラソン走って戻ってきたかなと手ごたえを感じた後なんですがマラソンってあと21キロ、走れるか?って考えたら自信がなかった。 ただそれだけ。 自信に繋がるものが1つも無かった 仮に先日ハーフを77分辺りで走ってたとしたらもうちょっと悩んだかも知れないがとにかく20km でスタミナがギリギリに近い状態だった。 それで後2週間で何が出来るのか考えてみたが中1日ポイント練

          決断と挑戦(いわきサンシャインマラソン)

          旅立ちの日(守谷ハーフマラソン)

          半年振りのレース 2024.2.11 守谷ハーフマラソン 1時間19分57秒 ゴールした時、今までに無い喜びが身体中から出てきた。 「よくやった!」 自分で自分を褒め称えた。 タイムだけ見れば全然だけど今日走ったこの感覚は今までのマラソン走ったりする上位に値すると思ってます。 はじめに SNS等では目が腐る程言ってますが5月にアキレス腱炎になり6月に肉離れ、肉離れは良くなるがアキレス腱炎は良くならず8月の北海道マラソン11kmDNF、その後少し良くなるが10月の新

          旅立ちの日(守谷ハーフマラソン)

          集大成と有終の美に向かって(高校3年・最終話)

          終わったが終わりじゃないトラックシーズン なんも結果出せずもう引退しようかな?とも考えていた。 短期間だが出来る事は全て注ぎ込んだと思ってたし、この先自分がステップアップする所がもう見えなかった。 正直今更長い距離やりたくない、ロードで10kmの練習なんてゾッとしてた。 とりあえず何個かトラックレースはあったが夏の終わり頃に国体選考会があるのでソコがトラックのシメだったと思う。  まぁ、着順良くても選考記録があるからムリなんだけど、とりあえずそこまではやるかな。 レベ

          集大成と有終の美に向かって(高校3年・最終話)

          集大成と有終の美に向かって(高校3年 前編)

          最初が肝心 とうとう私も高校3年生になれた。 小学生の頃高校生って凄い大人だなぁーって思ってたし中1の時に近所の高校生に喧嘩売られてアホ面して逃れたが(こういう面白い話しは色々あるのでまた機会があれば後ほど。笑)とうとう自分もその域にきてしまった。 そして学生の最高学年ななるので自校他校の先輩の強さとか電車で気を使う事も無くなる。(あまり使った事も無いが) 気持ちがいいものだ。 3年に上がる前の春休みに隣県で駅伝大会があり部員総出で遠征し2チーム出たが平凡な結果で監督をガ

          集大成と有終の美に向かって(高校3年 前編)

          弱小と言われ続けた1年(高校2年)

          2年新学期になり新しい監督がやってきた。 歳は30前で背が高くてジャージしか似合わないようなスポーツ選手の出立ち。 と言うよりスポーツ選手。 見た目もスポーツ選手なら車もスポーツカーだった。 関東の大学出身で短距離の選手。大学時代はインカレなど出場しており教師になってからも前任の学校までは現役の選手として活躍してたそうな。 最初の方はあまり記憶が無いけどまぁ、悪く言えば見下した感じがありましたね。 とは言え、専門は短距離。長距離なんてそんな知らんだろ。 サッカーの監督

          弱小と言われ続けた1年(高校2年)

          目標も何もなかった(高校1年)

          まるで漫画 めでたく高校生になれたんですが入学式の日、私は目を疑った。 周りを見渡すとマロ様みたいな眉毛に剃り込み・・ 自分からはどう見ても「先輩(貫禄)」だ。 私達の時代、中学生は坊主ってのが校則だったのになんでそんな短期間に髪伸びてるんスか? そう、ビーバップハイスクールみたいな。。。 なんとなーくは予想してたが、まさかこんなにいるとは。 もうこの学校で3年間やっていけるのか不安しかなかった。 いろんな中学から選りすぐりのエリート達が右にも左にも前も後ろも。

          目標も何もなかった(高校1年)

          負けるはずないじゃん(中学3年)

          華やかに?2年生を終えて3年生 俺たちの時代がやってきた 先ずは部室のポジション取り。笑 2年間過ごしてコレをやってる先輩はいなかった。 僕等はずっと我慢してきた。 隅っこの狭い場所、椅子すら無い環境、 そんなのでは無かった。 3年生は部室の半分より奥に敷かれたカーペットの場所を使える。 そう考えただけで楽園。 1人あたり相当な場所を使える。 最高。  しかし理由はそれだけではなかった。 隣の女子陸上部が覗ける最高の壁があったのだ。 練習後の追加工事 思春

          負けるはずないじゃん(中学3年)

          努力ってなんだろ。(中学2年生)

          2年生になり顧問の先生が変わる事になった。 近くの強豪中学からきた先生。  でも陸上部の顧問じゃなくサッカー部の顧問だった。 練習スタイルも変わったのかも分からない。  1年生の時に大したことしてないから。笑 でも先生は時間走とかは一緒になって走ってた。 檄を飛ばすとかも無く淡々と。 今思えばサッカーやってて駅伝部の練習ってキツイよな。 でもコレが自分のちょっとした転機だったかも。  誰が速いとかは分かってただろうけど1年生の時みたいな差別感がなかった。 1年も2

          努力ってなんだろ。(中学2年生)

          走るのってめんどくさい【中学生編】1

          中学生になり部活選びで私は迷わず【駅伝部】を選んだ。 陸上部じゃなく駅伝部。 そう、私が行ってた中学は陸上部じゃなく駅伝部があった。 当時はなんで駅伝部?なんて思ってたが今思い返せばカッコいいよね。 中学の時? ああ、駅伝部だったわ。 ってシブい。笑 でも当時、駅伝部の先輩みんな頭良かったし、スゲー真面目だし学級委員長の集まりみたいな感じだった。 で、練習も凄く真面目で。 そんな中、私みたいなまるでダメ男みたいなのが入っていける訳がない。笑 1年生の時の3年生は当たり前か

          走るのってめんどくさい【中学生編】1

          僕が走ったキッカケ

          今年もあと少しで終わろうとしてる。 シーズン的にはまだ3ヶ月程あるけど12月も末になってくると振り返ってしまいますよね。 今年はホントいい事があまりない1年だった。(いつか書きます) まともに走れたのは1〜2ヶ月くらいだったんじゃないかな。 来年は良くはならなくても普通くらいには戻せたらなと思います。 さて、今回は私が走るキッカケになったお話をさせていただこうと思います。 先生との出会い 私は小学生の頃から 「勉強」「スポーツ」「生活態度」 この3つどれも下の中でオ

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          新潟シティマラソン断念残念

          10月8日に開催される新潟シティマラソン出れなくなりました。 去年も怪我で出れなく悔しい思いしたのに今年も。。。 ホント残念でなりません。 手探りの練習再開。 北海道マラソンを途中棄権し2週間、療養と言う名のダラダラした生活。 最初の数日はランニング自体を頭の中から取り除いてた。 なんとなーく仕事して、なんとなーくテレビ観て、なんとなーく酒飲んで、なんとなーく息してた。 そして2週間経ちなんとなーくに馴染んでフワフワしててランニングするよりなんとなーくの日常がなん

          新潟シティマラソン断念残念