学校に行かないという選択。「長男、人生初・試験を受ける。」
時は、バレンタインデー。
「バレンタインデーだっていうのに、定期テストか。」とつぶやく長男だったが、彼はチョコレートが欲しいと言っているわけではない。
そもそも、我が家において、バレンタインデーとは、製菓業界の陰謀説が強く、100%日本人であるイタリア人気質の夫が言うには、「本来のバレンタインデーは、女性から男性へとは限らず、〈自分の好きな人に贈り物をする日〉なんだよ。」である。
昨年のバレンタインデーのあれこれは、こちら。
さて。
今年の2月14日は、バレンタインデーどころではなかった。
2月1日に校長先生との面談後、長男の何かのスイッチが入ったらしく、「定期テストを受けてみる」と言い出したからだ。
その時、既にテストまで10日程だっただろうか。
長男の集中力は凄まじく、文字通り、朝から晩まで自室に籠もって勉強をしていた。時々、気分転換に外を散歩したりしていたが、「時間が足りない」と、試験範囲を網羅するのが大変そうだった。
本来であれば、学校の授業で学んだ内容がテストに出るわけで、テストは総復習である。しかし、その授業という基盤がないので、それはそれなりに大変だろうなぁ、と中学時代を真面目に学校に通って過ごした身として想像する。特に、社会科の地理で記憶しなくてはならない事がなかなか細かく、ポイントを絞るのに苦労しているようだった。
「教科書とワークブックの太字だけ覚えれば?」
普段の授業をサボった生徒の最終手段のようなアドバイスもしてみた。念のため言っておくと、私はまんべんなく勉強しておくタイプだ。太字だけ覚えてテストで結果が出せるかは、未知数である。適当なアドバイスをしてしまったが、それもアリではないかと思ったのだ。
結局、Mr.ストイックにその案は採用されず、自分で必要そうな箇所をノートに書き出すことで覚えることにしたようだった。
アドバイス無用でしたね。スミマセンでした。
そもそも、彼の目的は、テストで多くの点数を取ることではなく、テストの制限時間内で、テストを受ける雰囲気の中で、「テストってどんなもんなのか?」を実体験することである。
「まぁ、半分くらい点数とれたらいいし、もっと取れたらそれはそれで嬉しいけど、それが目的っていうんでもないから。」
しかし、モチベーションが点数を取ることではないのに、これだけテスト勉強が出来るって・・・と、より良い点数とより良い成績を目標にして勉強してきた私には、驚きと尊敬しかない。
テスト当日の朝は、5時に起き、最後の見直しをしている。給食を止めているので、私はお弁当を作る。今日の給食は、鰈の唐揚げとワンタンスープとご飯だと献立表に書いてあった。別に、給食に合わせる必要もないが、なんとなく似たようなものにしてみよう、と、サーモンフライとビーツとナッツのサラダ、モヤシ炒めにした。なんとなくも似てないメニューとなったが、本人は、「別に給食に似せる必要ないよ。」というので、こんなもので。
50~60センチの雪が積もる中、学校に出かけていく長男を見送る。
「まぁ、初めてのことだから、まったく緊張しないってこともないけど。いってきます。」とハイタッチをして出かけていった。
今頃、何のテストしてるかなぁ・・・。
クラスメイトに塩対応していませんように・・・。
先生に噛みついていませんように・・・。
私は、一体、何の心配をしているんだろう?と段々面白くなってきてしまった。
16時近くなって、長男が帰ってきた。二男と末娘が「バス停に迎えに行こう!」と言うので、こっそり迎えにいくことにする。
利用者が少ない時間帯には、一時間に一本しかバスが来ないので、時間が読みやすい。
「あ!いた!隠れて!」とコソコソしていたが、すぐに見つかる。思春期男子がお迎えなんて、恥ずかしくて嫌がることも多いだろうが、長男は弟妹の顔を見て嬉しそうである。
小学校に入学し、1年生の短縮授業に3日行ったきり、通学というものをして来なかったので、さぞかし疲れた顔で帰宅するのでは?と思っていたが、元気そうである。
「緊張はしたけど、まぁまぁ、試験の様子がわかった。」と満足そうである。「あのさ、みんな一日、ああやって椅子に座って授業受けてるんだよね?」
ハイ、そうだとおもいますけど。
「椅子がさ~、プラスチックで固くて、身体に悪いと思うんだよね。長時間座るんだったら、あれ、変えた方がいいよ。今すぐにでも。」
・・・そこ?そこなんだね?
でも、椅子は大事。あなたたちは、成長期だしね!
「学校に言ったら変えてくれるの?校長先生とかさ。」
う~ん、もっと上の方に言わないと駄目じゃない?教育委員会とか?
「そっか~でも、今度、先生とか、校長先生に言ってみるわ。あれ、良くないよ。自分が先生なら、明日から変えるね。」
いっそのこと、北海道知事とかになれば、明日からでも変えられるかも。
「他にやりたいことあるから、無理。」
偶然にも、クラスメイトには長男の小学校の時にお世話になった先生のお子さんがいらして、早々に話しかけてくれたのだそうだ。
給食の時に、お弁当なのにカトラリーや牛乳が配られ、何度もお断りしていたら、別のクラスメイトが、長男の代わりに「いや、いらないんだってば〜!」と言ってくれたりもしたらしい。
他の生徒たちも、定期テストで、いっぱいいっぱいなはずなのに、急に定期テストを受けにやってきた新参者である長男を受けいれてくれたようで、それだけでもありがたいことだなぁと思う。
一日、学校に滞在した彼がふと漏らしたのは、「やっぱり、学校は行かなくていいかな。」という一言だった。「あと、椅子も固いしな。」やっぱりそれ、気になるのね。
担任の先生に、急なことであったにも関わらず、丁寧に対応してくださったことにお礼を伝えようと電話をする。
「お電話しようと思っていたんです!本人、何か言ってましたか?!」
「程よい緊張感の中でテストを受けられたと言っていました。貴重な経験をさせていただいて、ありがとうございます。」
「テスト中のマナーもしっかりしていて、慣れない中で、一日頑張ったと思います。」
毎日の業務の中で、私たちの様な不登校の対応もしてくださる。これは、決してあたりまえのことではない。完全にイレギュラーな業務であるにも関わらず、いつも丁寧に対応してくださる担任の先生には、感謝している。
この経験は、きっと何処にしっかり繋がっていくのだと思う。
椅子の座り心地が授業の集中力やテスト結果に繋がるというデータも出たらいいなぁ、外国ではそういうデータもありそう、と妄想する母であった。
バレンタインデーであることを、すっかり忘れていた私に、帰宅した夫が可愛らしい花束を渡してくれた。
あ、バレンタインデーだった!
バレンタインデーよりも、長男の人生初のテストの方が珍しいイベントの我が家なのだった。