- 運営しているクリエイター
記事一覧
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)1
♈️🎤🎵🎤♈️
――1曲目が終わり、静かになったステージ上。
彼女は頭上に掲げたマイクを口へ近づける。
「こんすや〜! 貴方に夢を奏でます、音夢崎すやりだよ〜!」
青白黄のライトに負けぬ朗らかさで、聴衆達に挨拶をする、1人のVアイドル。
青と白のツートンカラーのツインテール。晴れやかな青空の色をした瞳。整った顔。青と白を基調としたフリル付きスカート。まさしくアイドルという見た目
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)2
2:Intro.(2) ――瞬間、空気が冷える感覚がした。
音夢崎すやりのライブアーカイブから響く明るい声が、不気味なまでに研究室内に冴え渡っている。
自殺。
確かに彼女は――合歓垣燻離学生はそう言った。聞き違えようがない。
だが、くだらないと切り捨てることを許さない、想像の斜め上の回答に、思わず聞き返してしまった。
「……何だって?」
彼女は、私の間抜けな質問に、律儀に丁寧に答えて
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)3
3:Verse.(1) こういう自律AIを――特に現実にモデルがいるものを作る際には、そのモデルのことを深く知らなければならない。
これは、自律AIを作る時に最も重要視したことだ。かつて作っていた『慈愛リツ』の時は、特定のモデルがいなかった訳だが、それでも大まかな設定だけはきちんと作り、運用していた――慈愛リツの場合は、そういうことをする必要性があった訳だが。
今回の場合も同じだ。私は、完璧で
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)4
4:Verse.(2) 慕う者には笑顔。
誹謗中傷者には苦痛。
絶対不屈の、完全な存在。
拍子抜けだ。もっと突拍子もない、途方のないことを言うと思っていた。
誹謗中傷は受けたくない、しかしアイドルは続けたい――そんな想いが結実して極端化すれば、確かに人間の肉と精神という牢獄から解き放たれた仮想に全てを託したくもなるだろう。
しかし、それでもやはり、自殺する推進力としては大分弱い気がして
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)5
5:Verse.(3) いつものようにガヤガヤしている、授業前の講義室。席を埋め尽くさん勢いで座っている100名近くの学生達。
だが、別に私の講義内容が人気だからではないのは分かっている。生徒が私達教授らを評価する、いわゆる『逆評定』や『逆通信簿』なるものによれば、私の授業は単位が取りやすい、いわゆる『楽単授業』で通っていて、だからこその盛況っぷりなのだと知っている。
しかし、だからと言って別
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)6
6:Verse.(4)「……意外にも、面白かったです」
驚きと笑顔の混ざった顔で、燻離学生は言った。こんな顔もできるのだな、と私は暢気に思っていた。
「AIの技術的な話から、倫理的な話にまで繋がってて、興味深かったです」
「それは何よりだ」
次の授業がないため、すっかり空っぽとなった講義室。そこで、私と燻離学生のみが残って会話をしていた。『面白かった』『興味深かった』とはよく聞く社交辞令だが、
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)7
7:Pre-Chorus.(1)
それでも、当の『中の人』は自殺しようとしているのだから、設定は設定でしかないし、三次元の世界の闇に呑まれたら、所詮二次元の世界では太刀打ちできないのだと分からせられる。
――そんなことを思いながらも、燻離学生が襲来してから4日。
自身の研究と並行し、私は何だかんだと、自律AIのVアイドルを作成に取り掛かっていた。燻離学生からモデルや設定資料、ボツとなった
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)8
8:Pre-Chorus.(2)
……酷いものだった。
それも、こんなのが2つ3つではない。ここで言えないようなもっと酷いものも含め、動画のコメント欄に貼り付けられていた。この被害は、SNSにまで及んでいた。
こうした誹謗中傷は、生配信でも同じ。ソロ配信でもコラボ配信でもお構いなしだ。当人は楽しく話をしているだけなのに、滝のように誹謗中傷が流れ落ちてゆく。これらコメントを目にしたのだろう、
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)9
9:Pre-Chorus.(3) 午後6時50分。
約束時間のピッタリ10分前、カフェ・メロウに到着。扉を開けると、ゆったりとしたジャズソングと冷房の冷気がふわりと流れ込む。
「いらっしゃいませ〜」とにこやかに寄って来たウエイターに、私の名前を告げた。すると表情を一変させ、こちらへどうぞ、とカフェ中央にある席へと案内される。
優雅にコーヒーを飲む老夫婦や、仕事の電話をしているらしい草臥れたサ
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)10
10:Pre-Chorus.(4) 國義と会った翌日。
「あ、ようやく戻って来ましたね」
授業を終えた講義室の外。生徒の往来がいつもより少しだけ盛んな廊下で、燻離学生が私に声をかけてきた。彼女は、この前会った時よりも明らかに痩せ細り、自殺する前に衰弱死してしまいそうだった。
……万が一にでも、彼女が何らかの要因で自殺を思い止まってくれたらとは望んだが、果たして彼女が口にしたのは進捗確認だった。
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)11
11:Interlude.(1)
……ああ、懐かしいな。
そう言えば、こんな曲、歌ってたっけ。
――電気を消し、青白いライトだけが光る部屋の中、彼女は1人で蹲っていた。
選曲した理由は――なんだったっけな。
えーと。
確か、この曲が好きだったから。大なり小なり闇を感じることはあって、そんな時でも、目指してることはあって。
そのためには、前に進むしかないんだよ、と当時の私の背中を押
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)12
12:Interlude.(2)***
――けたたましく鳴り響く目覚ましの音を、乱暴に叩いて止めた。
また、嫌な夢を見たな。
寝覚めは最悪だ。
薄目を開けて時計を見る。時刻は午前9時。確か3時に寝たから、まあまあ睡眠時間はとれてる方か。
「……」
ベッドから起き上がる。体が重い。思わず溜息をつく。
悪夢を毎日毎日見ているわけだし、まあこんなコンディションになるのは仕方ない……なんて、
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)13
13:Break.(1) ――あれから、1ヶ月が経過しようとしている。
その間にも何度か、燻離学生がやって来ては進捗の確認した。進捗があれば釘を刺して帰っていくし、あまり進捗が無いと言葉のナイフを突き刺してきた。どうにか宥めすかして帰してはいるものの、私の心も相当傷付き、削られてきていた。
一体、何が彼女をそうさせるのか。
それがわからないまま私は、スパイプログラムと、それによく似たダミープ
グッドデイズ、マイシスター。(完全版)14
14:Break.(2) 『完全自律AI作成計画(仮)』。
それは一言で言えば、『自らで思考し、自らで指向性を作り上げるAIを制作する』計画。
荒唐無稽に思えるかもしれないが、実際、そういうAIを作り上げること自体は、技術的に可能な次元にある。
――以前にも述べた通り、AIの機械学習には、3つの段階がある。
1つ目は『教師あり学習』。つまりは人間が教師となり、正しい結果をAIに教えていくこ