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特別編:鮮血ソーダ・メランコリー。
「『鮮血ソーダ』」
私はカウンター席に座ると、煙草を咥えながらドリンクを注文した。
「承知致しました」
グレーアッシュ色に髪を染めたアルバイトの男が、甘い顔にもっと甘い笑みを浮かべる。
「少々お待ちください」
かちっ、かちっ、かちっ、しゅぼ……。
オイルが切れかけたライターで、私は煙草に火を点けた。
「オーガンズ」。この街でしか手に入らない、煙草の銘柄。動物の臓器のフレーバーを味わえる。私
特別編:死体掃除屋、「脊」。
目を覚ます度、灰色の現実に悲観する。とは言っても、バトル漫画の主人公が敵に味方を殺され勝つ手段もなく握った拳を地に叩き付けて思わず泣き叫んでしまうようなものではなく、部屋の窓から見える灰色の空を眺めて、「いつまでこの日常が続くんだ。このまま何の生き甲斐もなく呼吸を続けて何の意味がある。早く消えてしまいたい」という軽い希死念慮に抱き締められる程度の無価値なものに過ぎない。
鉄製のベッドに質の低い
聖なる夜の特別編:呪物サンタ。
「奴が来るぞ 奴が来る
聖なる夜に 奴が来る
真っ赤な帽子と鬼のお面
奴が来るぞ 奴が来る
聖なる夜に 奴が来る
大きな袋と錆びた鋸
奴が来るぞ 奴が来る
人肉求めて 奴が来る」
自覚出来るぐらい掠れた自分の声が、聖なる夜の所為で更に憂鬱に染まった街に漂う。
それでも私は、歌い続ける。
「奴が来るぞ 奴が来る
聖なる夜に 奴が来る
真っ赤なお鼻と馴鹿のマスク
奴が
ペストマスクの白鳩。
あの頃に戻りたいと、ほんの少し思っただけだった。
夜、ベランダに出て煙草を吸っていたら、街の暗さ、道を照らす明かり、虫の鳴き声、自動車の優しい走行音が、妙に懐かしく感じた。
短くなった煙草を、まだ少しコーヒーが入っているアルミ缶に入れ、部屋に戻った。
濃紺色のペストマスクを被って、煙草箱と財布、スマホをスウェットパンツのポケットに入れる。凸凹のバールを握って、暗く湿った夜の街へと繰り出した
グレーアッシュの悪魔。
『黒熊ヒーロー、指名あり』
俺のスマホに、「殺戮婆」からメッセージが届いた。
メッセージに既読を付け、背後の壁に設置された大きな硝子ケースに向かう。ケースの天井部分には照明が取り付けられており、陳列された様々な武器が美しく光っている。その中からネイルハンマーを取り出し、カウンターへ向き直った。
ここは、「湿気の街」のラブホ区域にあるラブホ、「胔」。胔は特殊なラブホで、通常のラブホとしての営業
特別編:肉切り屋、「赫」。
調理台の上に寝かせた、裸の男の死体を見下ろす。
彼の頭頂部は分かり易いぐらい凹んでおり、一目でもう生きていないということが分かる。
男の死体の周りを、ぶぉんぶぉんと元気に飛び回る紫色の蝿を左手で払う。自分の首を左右に傾け、両耳に付けた白色の百足のピアスを、ゆろりゆろりと揺らす。
「湿気の街」の居酒屋やスナックが立ち並ぶエリア、居酒屋区域。その中にある元居酒屋の廃墟。ホールの奥にある、得体の知
特別編:牛蛙の魔窟。
ぬちゃ、ぬちゅ、ぬちょ……。
灰色が支配する空間に、泥濘んだ地面を踏む不快な音が響く。
深夜1時。
辺りを見回しても、明かりなんてない。スマホから放たれるライトで、足元を照らして歩く。
ここは、「湿気の街」の廃墟区域。エリア名の通り、辺りには廃墟しかない。元一軒家、元肉屋、元ゲームセンター、元ラブホ……。このエリアからは、生気を感じない。土地自体から魂が抜けたような、死体というより骨のよ
湿度の高い街娼レポ:蔕。
ぬちゃ、ぬちゅ、ぬちぃ……。
ラブホとラブホに挟まれた小路を進む。泥濘んだ地面を踏む度に鳴る足音が、今夜はいやらしい音に聞こえる。
むぶぉぉぉぉおおおぉぉぉ……。
両側から室外機の野太い喘ぎ声が聞こえる。それに呼応するかのように、紫色の蛙も興奮したような鳴き声を出す。
「蔕」。そう白色の文字で記された電飾看板が紫色の光を放ち、辺りを怪しい色に染め上げている。
こちら側から見て道の右側に置
聖なる夜の特別編:麻薬サンタ。
「奴が来るぞ 奴が来る
聖なる夜に 奴が来る
真っ赤な帽子と鬼のお面
奴が来るぞ 奴が来る
聖なる夜に 奴が来る
大きな袋と錆びた鋸
奴が来るぞ 奴が来る
人肉求めて 奴が来る」
シャッターに両側を挟まれた地下通路に、歌詞の内容とはかけ離れた楽しげな歌声が響き渡る。
以前は栄えていたであろうこの地下商店街には、今や不快な湿気と点滅する蛍光灯と錆び付いたシャッターしかない。動
文学フリマ東京35の特別編:藍を売る者。
ここでは、弱者は食われるしかねぇ。
むかつくぐらい湿度の高いこの街に、長年いりゃあ分かる。
カルト教団の信者、人身売買の商品、風俗への強制労働……。今まで何度だって見てきた。強い者が己の欲を満たす為、汚い金を生み出す為、弱者を道具にしている光景を。弱者が人ではなくなっていく姿を。
人が闇に喰われていく惨劇を見ても、何も思わねぇのかって? 安心しろ。心までは鬼にはなっていない。可哀想だとは思