
いつまで経っても衝撃の重さが抜けない作品【イノセント・デイズを読んでみて】【毎日投稿#6】
少し前に読んだ作品ですが、
いまだに衝撃が抜けません。
読めば読むほど、やるせない気持ちになるのに、
読み終わりは美しいとすら感じる。
そんな【イノセント・デイズ】を紹介していきます!
あらすじ
田中幸乃。逮捕当時24歳。
元恋人の家に放火し、妻と一歳の双子を殺害した罪で死刑の宣告を受ける。
凶行の背景に何があったのか…
少女はなぜ、死刑囚になったのか
ここで、彼女、ではなく、少女、となっているのもよい。
逮捕当時はすでに少女という年齢ではないのに少女と書かれているのは、物語が田中幸乃が生まれる前からはじまっているから。
子どもの頃から変わったところがあった、とかそういう少女じゃない。普通の女の子。
そんな少女が死刑囚にまでなってしまう、
息が止まってしまうくらいの苦しさが詰め込まれた作品。
「なぜ死刑囚になったのか」と書いているのに、
【元恋人の家に放火して妻と一歳の双子を殺めたから】と答えが出ている。
たまに、物語の中盤以降の内容をあらすじに記載している本もあるけれど、この理由は序盤というか数ページ読めば語られている。
ストーカーの延長であろう物語に、凶行の背景も衝撃もあるのか。
元恋人の家庭に嫉妬して、とかなんかじゃないのか、と。
そんな簡単なお話ではないことを綴っていきます。
読んだきっかけ
①表紙と帯のインパクトに引き込まれたから。
ここまで情報が整理できない表紙と帯も珍しい。
イノセントとは【純粋な、無垢な】という意味で使われています。
デイズという複数形でつけられたのも、また考えさせられる。【無垢な日々】ということだろうか。
無垢な日々、という言葉と死刑囚。親和性があまりにもない。
無実を訴える死刑囚ならまだしも、田中幸乃は罪を認めている。
なんでこのタイトルにしたの?と思ってしまう。
帯には大きめの文字で、「3日ほど寝込む」と書いてある。
ほほぅ、そんなに言うなら読んでやろうじゃないの、と思って手にとりましたが言い過ぎではない重さがありました。
②なぜ凶行に及んだのか、という作品だったから
イノセント・デイズは事件についてほとんど明確にされている。
犯人:田中幸乃
被害者:元恋人の妻、双子の子供
殺害方法:放火
罪状:死刑
読まなくてもなんとなく、
元恋人に恨みか未練があって放火したのかな、と予想がつくもの。
裁判とかよくわからないけど、
3人の命、ましてや1歳の子供を殺してしまったとなれば、死刑も妥当なのでは…と思う。
なぜ、と言われると、
じゃあ違う理由があるの?と気になってしまう。
いろいろ語ってみたものの、
おもしろそうだな、という直感がはたらいたのが一番の理由です。
ネタバレせずに紹介していくので、
読んでいただけるととんでもなく嬉しいでございます。
見どころ
どんどん引き込まれていく田中幸乃の過去
田中幸乃のことは許せないと思うはず。
幼い子どもの命を奪っているわけですから。人の命を残酷な方法で奪うのはよろしくない。
しかし、ここでそう思わせるのがもう作者の術中にハマっています。
過去を知れば知るほど、この作品から離れられなくなります。
話の構成
この作品は、田中幸乃について語られていくものの、彼女が自らを語ることは少ない。
田中幸乃視点は、物語の冒頭ほんの4ページほど。
その後は、彼女の判決の主文
【覚悟のない17歳の母のもと】
【養父からの激しい暴力にさらされて】
【中学時代には強盗致傷事件を】
【罪なき過去の交際相手を】
【その計画性と深い殺意を考えれば】
【反省の色はほとんど見られず】
【証拠の信頼性は極めて高く】
【死刑に処する】
の順に、彼女の生い立ちに合わせて物語は進んでいく。
この主文が作品の目次にもなっています。
拘置所にいる田中幸乃からはじまり、女性刑務官、産科医、姉、中学の同級生、元恋人の友人、田中幸乃、幼なじみたちが語っていく。
なかなか田中幸乃が自身のことを語らないのも、もどかしいし切ない。
あのとき、本当はこう思っていたのね…
ひとりで抱えて戦ってたんだね…
と感動ではなく、悲しみでもなく、言い方は悪いかもしれませんが、同情の涙が出そうになります。
現在、過去、と時系列も視点にあわせて変わります。この構成でも連作短編を読んでいる感じで読みやすいです。田中幸乃について語っていく、という点でブレないので混乱もしません。
この構成によって作品の重みが増すのに、
この構成によって読みやすくなるという…
なんとも絶妙なバランス。
読者の感情を揺さぶりまくる
みなさん、ここまでの情報で、田中幸乃のことをどう思いますか。
どんな過去でも、殺人を犯しても反省していないなら、死刑が妥当だ、と思いませんか?
作中の世論もそんな感じで、田中幸乃についての報道は過熱して、ネットも大騒ぎ。大体の読者が作中の世論と同じ意見になると思う。
しかし、最初は世間と同じことを思っていたはずなのに、過去と真実を知っていくたびに、田中幸乃を守りたいという気持ちになっていく。
騒ぐ世間に対して反論したいけど、最初は自分もそう思っていた…と複雑極まりない感情になります。
序盤は死刑は当然だ、と思い、
中盤で田中幸乃の無垢さに苦しみ、
終盤には重さが残され苦しい。
まさに感情がジェットコースター状態です。
なかなか語られない田中幸乃のこと
視点がコロコロ変わり、田中幸乃の視点で語られないから、いつまで経っても彼女の本心が読めない。
過去と、田中幸乃の罪は関係ないんじゃない?と思うかもしれませんが、そんなことありません。
確かに直接的な関係はないのだけど、彼女の「イノセント」に関わっていて、これが、この作品の「重さ」でもある。
彼女の過去を知っていくけど、本心がわからない。
もどかしさの極み。
大体の事件のこと、彼女のことを理解してから、田中幸乃が自身のことを語る…この重さ、半端ないです。
登場人物たち
この作品には、序盤も序盤で死刑囚という極悪人がでてきます。そんな明確な悪に対抗するかのように、とにかく癖の強い人がでてきます。
中には真っ当な人もいるのだけど、そんな存在を忘れてしまうくらいには癖が強い人がいる。
その癖の感じのリアルさが絶妙。
自分の身近にもいたな、とか、
自分もそんなことしたかもしれない、とか。
読者が想像できてしまうくらいの、絶妙なグレーと、極悪の黒を描写するのがうまい。
自分もこのなかにいたら…
もし、田中幸乃と同じような境遇で生まれていたら…
果たして、田中幸乃よりまっとうな人生の終わりを迎えられたでしょうか。
物語のスピード感
物語は冒頭からすでに終わりが語られています。
独房から出るよう言われる死刑囚の田中幸乃。
田中幸乃が犯行に至った経緯が語られ、死刑が宣告される…
事件の概要が語られていく怒涛のスピード感で始まったかと思えば、田中幸乃の生い立ちに合わせて語られる作品。
裁判で主文が語られると、田中幸乃の出生前まで戻ります。
緩急がすごい…
次は、誰のどの時系列で語られるのか謎の展開だから、終盤になってもどう終わるのかが分からない。
映像化されてはいないけど、文章から場面を想像して、
なんと美しく残酷なのだろうか、と放心状態になりました。
リアリティとフィクションのバランス
この作品の恐ろしいところは、突拍子のない設定がでてこないこと。
ありえないような作り話ではなく、
そんな経験をしているひとがいるだろうな、
ということが想像ついてしまう。
もしかしたら、
本当にこの世界に田中幸乃が存在するんじゃないか、
と思ってしまうほど。
ひとつの出来事が大きなきっかけにならなくても、
そのひとつひとつが少しずつ、
田中幸乃の人生を狂わせてしまう。
リアリティのある設定が、
この作品と田中幸乃を身近に感じさせ、引き込まれる理由のひとつになっています。
好きなところ
重すぎる衝撃
もう、重い。どこを読んでも。
読者は、ただひたすら傍観者。
どの作品でも傍観者なのは変わりないけど、
田中幸乃にとって無力な存在でしかない、
という事実が重みを与えてくる。
この、どうしようもない重さが、
寝込むほどのインパクトになる。
この作品を読んでて、
こころが晴れるというか、ふっと軽くなる瞬間はありません。
個人的にこの作品の終わりは美しいと思ったけど、
人によって、そうは思わないだろうな、と。
田中幸乃も、
読み進める読者も、
この苦しさから解放されたくて読むのに、
読めば読むほど苦しくなり、解放されない。
3日寝込むは言い過ぎではない。
わたしは3日寝込まなかったけど、
この作品の重さを忘れることはないと思う。
なかなか明らかにされない「イノセント」さ
なんで死刑囚の物語にイノセントなんてつけたんだ、
って考えながら読んでいた。
中盤に差し掛かる頃には、意味を理解した。
理解したあとは苦しい。
報われて欲しいと思いながら読んだ。
田中幸乃のためにも、この作品を読んでいるわたしのためにも。
無垢であり続けることは、こんなにも苦しいことなのだろうか…。
この作品のおもしろさは、
田中幸乃について端的に語らないこと。
視点を変えることで、
読者はなかなか田中幸乃像がつくれない。
死刑囚の田中幸乃という極悪人のイメージが離れず、
真実が明らかにならないまま物語が進む。
イノセントなわけないじゃん、と思って読んで、
あれ…?と覆される感じ…
証拠もあるし、罪認めてるし、
死刑囚という状況が変わるわけないのだけど、
少しずつ語られていく過去のひとつひとつが、
読者に田中幸乃を非難させない。
罪は全面にだしながら、
その状況になるまでの彼女の心情はみせず、
読者の田中幸乃像ができあがった頃、
田中幸乃視点で語る…。
うわあぁ!残酷で重すぎるよ!!
でも作品としてはおもしろいよ!!
人の醜いところの描き方
フィクションにおいて、
登場人物を極悪人にすることは容易だと思います。
こんな生い立ちで悪人になりました、という設定は語らず、
「こいつはこんなに悪い奴なんです」と作品に登場させればいい。
しかし、この作品にでてくる悪人、
というか人間の醜さの描き方がリアルです。
もちろん、悪いことをする人もいるのだけど、
悪いことしても改心したり、
根っからの悪人じゃなかったり。
そういう、醜いところの人間らしさもまたこの作品の魅力のひとつ。
うわぁ…ともはやドン引きすることもあるけど、
絶対に自分は同じ状況でもそんなことはしない
と言い切れない絶妙な描き方が見事です。
謎解きや伏線回収のないストレートさ
どんでん返しなど、
そうきたか!という展開になる作品はおもしろいですよね。
わたしもそういう展開は好きです。
ただ、この作品には、そのような展開はない。
真相が明らかになっても、なんともいえないやるせなさに襲われる。全くすっきりしない。
ただ事実を語られ、
事実をつないで物語を受け止め、
読者に衝撃だけ残して終わる。
衝撃を与えるという点においてはトップクラスかもしれないです。
さいごに
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
泣ける、切ない、といった表現よりも、まさに寝込む、という表現が正しい感想だと私も思う。
謎が多い作品ではないのでミステリ作品としてすっきりしたい方にはおすすめできないし、軽々しく読む本でもない。ほっこりもしない。
ただ、田中幸乃という一人の女性の人生の物語は、感動でも悲しさ切なさでも言い表せない感情をもたらせてくれる。
わたしは三日寝込むことはなかったけれど、ふとしたときに田中幸乃を思い起こすくらいには記憶に刻まれる作品になった。
田中幸乃の日々にもし、自分がいたら。
自分の人生で、田中幸乃に出会ったら。
あなたの前に田中幸乃がいたら、彼女の人生は何か変わったのでしょうか。
読み終わって時間が経っても、
この作品と田中幸乃のことを忘れることはないと思う。
そんな衝撃を残す作品、
イノセント・デイズ
読んでみてはいかがでしょうか!
それでは、
すてきな読書タイムを!
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