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小説感想

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記事一覧

「公正世界仮説」に反する物語が好き。

「公正世界仮説」に反する物語が好き。

 先日、高橋ツトム「ブルーヘヴン」が好きだという記事を書いた。
 上の記事には入れられなかった好きな理由のひとつが「『公正世界仮説』に反する原理が働いているから」だ。

 盛龍たちが乗る漂流船を見つけた時、ブルーヘヴンの社長と船長は「救助すべきか否か」で揉める。

 社運を賭けた豪華クルーズ船の航行中に、漂流船の救助などしていられない、身元不明の人間を乗せるわけにもいかない、人道など知ったことでは

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コーマック・マッカーシーの「平原の町」がブロマンスであることに、今さら気付いた。

コーマック・マッカーシーの「平原の町」がブロマンスであることに、今さら気付いた。

↑の記事でホームズとワトソンは「凄く仲良く育った兄弟が、そのまま大人になった」「阿吽の呼吸があり、それに甘えることが出来る関係」に見えると書いたが、「よく考えたら、それはブロマンスではないか」と気付いた(遅い)

「ブロマンス」は日本のBLの一ジャンルとして生まれた造語かと思っていたが、

調べたら、英語圏でBLとは関わりなく生まれた語らしい。

 言われてみれば「スタンド・バイ・ミー」のクリスと

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「シャーロック・ホームズ」を原文(英語)で読んで、ホームズの可愛さに今さら気付く。

「シャーロック・ホームズ」を原文(英語)で読んで、ホームズの可愛さに今さら気付く。

 英語の勉強がてら、「シャーロック・ホームズの冒険」を原文で読んでいる。
「英語でもスラスラ読めるぞ」というわけではなく、知らない単語を調べれば意味が取れる程度だ。
 載っている話が「赤毛連盟」「まだらのひも」「唇のねじれた男」「ブナの木屋敷」と超有名どころばかりで、だいたい何の話をしているのかわかっていることも大きい。

 ネイティヴの知り合いがいないので細かいニュアンスはわからないけど、英語で

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「俺が本気を出せば」という脳内妄想によって、坂道を転げ落ちるように悪人になってしまう。そんなしょうもない自分も時々許したくなる。

「俺が本気を出せば」という脳内妄想によって、坂道を転げ落ちるように悪人になってしまう。そんなしょうもない自分も時々許したくなる。

 久しぶりに「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を読んだ。
 十代後半の時にハマって何度も読んだ。当時のミステリーのベストはこれか「八百万の死にざま」である。

「郵便配達は二度ベルを鳴らす」は文体がハードボイルド、内容はノワールである。

 主人公のフランクは若くて様子が良くてちょっと悪ぶっているから女にモテる。要領がいいから大抵の場所で一目置かれたり、重宝がられてうまくやっていける。
 だが一か所に

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創作は、自分の思考の枠組みに作品を押し込めるのではなく、作品に自分の思考の枠組みを合わせたほうが楽しく読める。

創作は、自分の思考の枠組みに作品を押し込めるのではなく、作品に自分の思考の枠組みを合わせたほうが楽しく読める。

 創作は自由に読んでいいと思う。
 だが前提が足りていないと「読めない」のではと思っている。

 以前「『金田一少年の事件簿』を読んで、『高校生がこんなに殺人事件に遭遇するわけないだろ』というツッコミは感想なのか」という話をした。
 先日、それに近い「何周目の話題だろう」と思う話を見かけた。

 新本格の草分けのひとつである「十角館の殺人」の冒頭で、登場人物の一人がその話をしている。

 トリック

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「大造じいさんとガン」のストーリー解釈と「タニシを集める養女の夢設定」への感想を語りたい。

「大造じいさんとガン」のストーリー解釈と「タニシを集める養女の夢設定」への感想を語りたい。

 めっちゃなつかしい。
 自分もこの話が凄く好きで「今まで勉強した国語の教科書の物語の中からひとつを選んで、絵を描きなさい」という課題で、残雪とハヤブサの戦いのシーンを描いた。
「残雪」という名前に、当時から「カッコよ」と痺れていた。リアル中二になる前から厨二だったのだ。
という思い入れがある話なので、思い出しついでに自分の解釈を話したい。

※解釈違いが許せる人だけ読んで下さい。

 自分の記憶

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「社会に依拠せず、自分が世界とどう対峙するか」を語っているコーマック・マッカーシーの作品が大好きだ。

 黒原敏行がマッカーシーの作家性だけではなく、作品一冊ごとに話をしている。こ、これは贅沢すぎる。

 記事の終盤で黒原敏行がこう語っているように、マッカーシーの作品の特徴は、社会がほぼ機能していない、ゆえに自己がむき出しのまま世界と直で対峙する(せざるえない)ところにある。
 今の時代だと「自己を抑圧するもの」として捉えられることが多いけれど、社会は「脆弱な自己を守る鎧」でもある。
 共同体の内部

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「風よあらしよ」の感想。「悪者になってはならない」は女性にとっては、もはや呪いに近いのではないか。

「風よあらしよ」の感想。「悪者になってはならない」は女性にとっては、もはや呪いに近いのではないか。

 野枝が大杉栄と出会うまでは凄く良かった。
 子供時代、十代の野枝はとても魅力的だ。
 何としても学校に行き勉強がしたい、このまま田舎の片隅で平穏に暮らす一生で終わりたくない、世の中が見たい、自分の力を試したい。
「風やあらしは強ければ強いほど、それに立ち向かえる」
 野心と克己心、上昇志向、自分の可能性を追求したいという情熱と渇望、その反動としての焦燥と鬱屈がこれでもかと伝わってくる。

 自分

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【「マヴァール年代記」キャラ語り】冷酷なマキャベリスト・ヴェンツェルの魅力に、今さら気付く。

 ン十年ぶりに読み直して、「マヴァール年代記」は心理小説だったことに気付いて衝撃を受けた。
 その続き。

 今回読み直して、ストーリーと同じように、ヴェンツェルというキャラも子供のころとはまったく違う風に感じられて驚いた。
 びっくりするくらいヴェンツェルを好きになった。
 子供の時は「アルスラーン戦記」のナルサスに近いタイプに感じられて、どちらかと言うと苦手だった。
 今読むと、少なくともナル

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「マヴァール年代記」が田中芳樹の最高傑作である理由を、今から1万1500文字かけて語ります。

「マヴァール年代記」が田中芳樹の最高傑作である理由を、今から1万1500文字かけて語ります。

◆ン十年ぶりに読んだ「マヴァール年代記」が余りに面白すぎて興奮が治まらない。

 田中芳樹の作品の中でも一、二を争うくらい好きな「マヴァール年代記」をン十年ぶりに読んだ。
 もの凄く面白かった。読んでいるあいだ、興奮して立ったり座ったり部屋の中をうろうろしたりしていた(面白い作品に出会うと挙動不審になる)
 十代の時にこの作品に出会って何十回と読んでいるが、今までこの話の面白さを何もわかっていなか

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アル中探偵が主人公のハードボイルド「八百万の死にざま」は、社会の中で自己規範をいかに守るかを教えてくれた小説だった。

 先日「八百万の死にざま」を久しぶりに読み返した。これも自分が影響を受けたものに確実に入る小説だ。

「八百万の死にざま」は、アルコール中毒に苦しむ探偵マット・スカダーがキムというコールガールから「足を洗いたいから、ヒモ(売春の元締め)と話をつけて欲しい」と依頼されるところから話が始まる。
 スカダーはヒモであるチャンスと話をつけ、キムに「話はついたから君は自由だ。もう心配しなくていい」と伝える。

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物語類型「幸福な王子」が苦手である。

物語類型「幸福な王子」が苦手である。

*この記事には「俺の家の話」「ダークソウルⅢ」「鎌倉殿の13人」のネタバレが含まれています。

「俺の家の話」を最後まで見て、「『幸福な王子』だ」と気付いた。

 好きだったり、苦手だったり、異様に感情移入してしまったり、何度見てもパブロフの犬のように泣いてしまう。
 そんな特別な物語の型を持つ人も多いと思うが、自分にとって冷静に見ていられない、ゆえに鬼門である物語類型が「幸福な王子」だ。
 どう

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翻訳作品における訳者同士の解釈違いの面白さについて。

翻訳作品における訳者同士の解釈違いの面白さについて。

 先日、五年前に書いた記事がハテブにホッテントリ入りした。
「蠅の王」に興味を持った人が、X(旧Twitter)で紹介してくれたのがきっかけのようだ(ありがとうございます!)
 記事を読んでくれたことをきっかけに、「読んでみようかな」「新訳が出たの知らんかった。久し振りに読んでみるか」という人が少しでもいてくれたら嬉しい。
 「蠅の王」は、自分が影響を受けた小説10冊に入る本で、これまでも隙あらば

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「八月の光」×「ビラヴド」×伊黒小芭内で社会構造と個人の関係について考える。

「八月の光」×「ビラヴド」×伊黒小芭内で社会構造と個人の関係について考える。

「奴隷制度が人の心にもたらすもの」について描いた、トニ・モリスンの「ビラヴド」が面白かった。

「奴隷制度について描いている」と書くとついそちらに意識がフォーカスされるが(そしてもちろんとても重要な問題だけれど)、自分がこの話で一番興味を惹かれたのは物語の語りの手法だ。

「八月の光」の解説の中で、フォークナーが活躍した時代はちょうどヨーロッパでモダニズム文学が流行していた、と書かれている。
 ア

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