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純喫茶リリー

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「純喫茶リリーへようこそ。 懐かしくてちょっとビターな日常を綴ります
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#純喫茶

22. どうしても手に入れたいあのプレゼント /純喫茶リリー

こずえちゃんのお誕生日会に行った日から、律子は毎日のようにスーパーのファンシーショップに通った。 あの「ミミララ」の小物入れを見に行くためだ。 あれは600円もする。 律子にはとても手が出せない金額だった。 「なんで、こずえちゃんには600円もする可愛いものをあげたのに、私には買ってくれないの?」そう思うたびに、ママに対してムカムカしてきた。 ママに欲しいものをねだるたびに、 「こんなしょうもないもの、コーヒーを何杯売らなかんと思ってるの!」それがコーヒー何杯分の値段かをよ

20.変な名前? /純喫茶リリー

ママの言うことは絶対。 だから、律子は「今日からもみじ保育園に行け」と言われたら、他の選択肢なんてなかった。 けやき保育園に戻りたかったけれど、それは許されないのだ。 新しい保育園では黄色いかわいい帽子じゃなくて、青くてダサい帽子をかぶることになった。 初日、いきなり知らない子たちの前に立たされ、 「今日からおともだちの “おうろりつこ”ちゃんでーす!」 と紹介された。 みんなの前で突然「おともだち」って言われても、 今日初めて会ったばかりで友達なわけがない。 心の中で「勝

18.突然のサヨナラ /純喫茶リリー

けやき保育園の年長さんだった律子。 ママのお迎えが遅いから、いつも一番最後まで残ってた。 ママのお迎えが遅いから、いつも最後まで残る常連だ。 その律子を、パートの野田さんがよく面倒を見てくれていた。 律子はずっと、野田さんのことを「おじさん」だと思ってたけど、ある日、何かの拍子に女の人だって知ってしまった。 「えー!野田さんって女だったの?」 律子が大声で叫ぶと、その場の空気が一瞬で凍った。律子はそんな雰囲気に気づくことなく、いつも通りの調子だった。 野田さんは、園児た

17.れいすけにいちゃんのお下がり /純喫茶リリー

なぜか男の子になりたかった律子。 アパートの上の階に住んでいた、れいすけにーちゃんからおさがりの服をもらっていた。 れいすけにーちゃんは同じけやき保育園の年長さんで、 律子が熱をだして保育園に行けない時は、れいすけにいちゃんの家に預けられたりしていた。れいすけにいちゃんのママは苦手だったけど、一人っ子の律子にとっては、おにいちゃんができたみたいでうれしかった。 だから、彼のお下がりを着ていることを誇らしく思っていた。 なぜ、律子は頑なに「女の子っぽいヒラヒラふわふわした服な

16.嘘のはじまり /純喫茶リリー

律子が覚えている一番古い記憶は、けやき保育園の屋上だった。 0歳から通っていたこの保育園には、広々とした屋上があり、みんなでよく遊んでいた。 年長さんになった律子は、同い年の男の子3人、女の子2人と一緒に話していた。たぶん、初めて友達とちゃんとした話をした瞬間だったから、今でも覚えているんだろう。 その時、男の子の一人がこう聞いた。 「みんな、お母さんのこと、なんて呼んでる?」 「ママ!」 「うちもママ!」 「オレ、おかーさん!」 「ぼく、ママ!」 ――みんなが次々に答えた

15. 父はマスター? /純喫茶リリー

ある日曜日、リリーのカウンターの向こうに見慣れない男の人が立っていた。律子のお父さんだ。 山田のババが店に入ってくると、「お!今日はマスターがおるんか!」と声を上げた。 「マスター?」律子はその言葉を初めて聞いた。 まさか、律子のお父さんがリリーの「マスター」だなんて。 その時まで、律子は自分のお父さんがリリーで働いているなんて、想像したこともなかった。 ババが「マスターがコーヒー淹れとるんか!かっこいいな、りっちゃん」 というと、律子は「うん…でも、普段は見たことがないから

14. Vシネ化 /純喫茶リリー

ロールスロイスに乗ってるのに、おしゃれとは言い難い牧野のおじさん。 髪型はいつも伸びたパンチパーマ。 そういえば、伸びてないパンチパーマの時を見たことがない。 確実にそのパターンもあるはずなのに、不思議だ。 そして、いつも白いスラックスにテロテロのシャツ。 おじさんがどこであんなシャツを買っているのか、律子には想像もつかなかった。 律子は牧野のおじさんを見る度に、母親がいつも見ていたサスペンスドラマのチョイ役を思い出していた。 だいたい2時間ドラマの前半で死んでしまうパター

13. 牧野さんとロールスロイス /純喫茶リリー

雨漏りしそうなボロい小さな一軒家。 その家の前には、似つかわしくないロールスロイスがよく停められていた。ぼろ家にロールスロイス。 なかなかのコントラストだ。コントラストが効きすぎている。 リリーの隣の牧野さんの家だ。 牧野さんの家には駐車場がないから、いつも家の前に路上駐車していた。 リリーの建物も牧野さんの家もどちらも小さいから、両方の家に跨って停まっていた。 ある時、テレビでビートたけしのロールスロイスが映った時、あ、あの車だ!と律子は牧野さんの車を思い出していた。

12. 野田夫妻 /純喫茶リリー

夫婦なのに、いつも別々にリリーにやってくる野田のおじさんとおばさん。そして2人とも、毎日朝と夕の1日に2回もリリーに現れる。 雨の日も風の日も雪の日も、おじさんはくすんだ緑色のカブに乗ってやってくる。カブには風除けと、お布団みたいなハンドルカバーがついていて、まるでおじさん専用のデザインのようだった。小柄で地味なおじさんと、そのカブは妙に似合っていた。 おじさんは日曜日になると、競馬を楽しみに来る常連客のために、カブで馬券を買いに行く役を務めていた。 右手の薬指がないのは

11. ジジからの赤い一輪車 /純喫茶リリー

「今日はりっちゃんに、ええもん持ってきたでぇ」 ある朝、リリーにやってきた萩原のジジは、透明のビニール袋に覆われたピカピカの赤い一輪車を抱えていた。 「ええ?一輪車!すごいすごいっ!こんなのもらっていいの?」 律子は目を輝かせ、大喜びした。 この頃、一輪車を持っている子なんてほとんどいなかったのだ。 するとジジは、 「ええやろぉ。今朝、スーパーの裏に散歩に行ったら、落ちとったから拾ってきてやったでぇ。りっちゃん喜ぶと思ってよぉ」 と満足気に言った。 え? 落ちてた

10. ジジと律子と笑っていいとも/純喫茶リリー

萩原のジジは一人暮らしだった。 息子さんがいるらしいが、あまり仲が良くないという噂があった。きっと今までに色々やらかしてきたのだろう。息子さんは結婚したばかりと言っていたから、元泥棒のジジを奥さんに会わせたくないのかな、と律子は考えていた。 ある日、ジジがリリーに来て、大きな声で話し始めた。 「あいつはいかんでぇ」 どうやらジジは、新しく始まった「笑っていいとも!」という番組を見てからリリーにやってきたらしい。 律子に向かって、 「あのタモリってやつ、あいつは失礼なやつ

9. 狙いは早朝 /純喫茶リリー

「お祭りがあった次の朝は、よーけ お金が落ちとるでよー  りっちゃんも拾いに行ったらええにぃ。」 萩原のジジは、毎朝5時に起きて、近所の大型スーパーへ散歩に出かけていた。開店前のスーパーに?毎朝?不思議に思った律子が尋ねると、ジジは得意げに答えた。 「お金が落ちてないか、探しに行っとるんや。 7時に行ってはもう遅い。誰かに先に拾われてしまう。6時には行っとかないかん!早起きはサンモンノトクって本当だに。」 「そんなに簡単にお金が儲かるなんてすごい!拾いに行きたい!」と、

7. 消えた2代目社長 /純喫茶リリー

「ママ!いつものね」 モーニングサービスが終わる頃に姿を現すのは、リリーの斜向かいにある小さな会社、大巻工務店の2代目社長、大巻さんだ。 大巻工務店は、社長、社長の両親、そして美人の若い事務員の4人だけの小さな工務店。 社長は派手なストライプのスーツを身にまとい、髭をたくわえ、大きな焦げ茶色のサングラスをかけている。 律子は心の中で「テレビのコントに出てくる社長みたいだ」と密かに思っていた。 社長の両親は薄いグレーの作業着を着ているが、事務のお姉さんはいつもお洒落な私服

6. 山田のババと “ごうのとら” の 濡れ衣 /純喫茶リリー

「りっちゃん、ええもんあるでぇ」 と言って、バッグの中からゆで卵をそのまま出して律子にくれる山田のババ。 「今、ブーケに行ってきたからな」 「ブーケ」とは、リリーから歩いて3分ほどのところにある喫茶店だ。 リリーのモーニングセットはトーストだけだが、ブーケのモーニングにはゆで卵もついてくる。 ババは「ブーケ」でモーニングを頼んで、トーストだけ食べて、ゆで卵はカバンに入れて持って帰る。 平日の朝から喫茶店のハシゴ。 別のお店でもらってきたゆで卵を、また別の喫茶店の娘にあげるな