18.突然のサヨナラ /純喫茶リリー
けやき保育園の年長さんだった律子。
ママのお迎えが遅いから、いつも一番最後まで残ってた。
ママのお迎えが遅いから、いつも最後まで残る常連だ。
その律子を、パートの野田さんがよく面倒を見てくれていた。
律子はずっと、野田さんのことを「おじさん」だと思ってたけど、ある日、何かの拍子に女の人だって知ってしまった。
「えー!野田さんって女だったの?」
律子が大声で叫ぶと、その場の空気が一瞬で凍った。律子はそんな雰囲気に気づくことなく、いつも通りの調子だった。
野田さんは、園児たちがみんな帰った後も、保育士さんたちと雑談しながら最後のお迎えの律子のママをいつも一緒に待ってくれていた。
毎日、最後まで残っていた律子は、保育士の一員のようにその場に混ざっていた。保育士さんたちを独り占めしているような、居心地の良い特別な時間だった。
いつものように保育園で遊んでたら、先生たちが椅子をまるく並べ始めた。お楽しみ会でも始まるのかと思って、律子はワクワク。
そしたら、急に呼ばれて真ん中の席に座らされた。
「なにか褒められるのかな?」と心躍らせた瞬間、
先生が大きな声で言った。
「みんなー、今日でりっちゃんが最後なので、お別れ会をしましょう」
「え?」律子は頭が真っ白。
何のことだかわからないけど、みんながお別れの言葉を言い始めた。
どうやら明日から違う保育園に行くらしい。
そんな話、律子は聞いていない。
でも、そんなことは言えない空気だった。
雰囲気に応えなきゃいけない気がして、へらへらと嘘くさい笑顔を浮かべ、平気なふりをしてた。
ところが、みんなの「バイバイ、りっちゃん!」の連発に、心が耐えきれず、途中で泣き出してしまった。
先生が驚いて駆け寄り、「りっちゃん、どうしたの?」って聞いてくる。
でも、律子は「転園なんて聞いてないよ!」なんてなんだか惨めに感じて言えるわけもなく、仕方なく嘘をついた。
「工作のハサミなくしちゃったから…」
お別れ会は涙のまま終わり、みんな次々とお迎えが来て帰っていく。
そして、この日も最後に律子のママが迎えに来た。
保育園の先生が「りっちゃん、お別れ会で泣いちゃったんですよー」とママに告げ口し、クスクス笑う。
それを見て律子は、感動で泣いたわけでも、悲しみで泣いたわけでもないのに、なんだか馬鹿にされている気がしてならなかった。
みんなは知ってたのに、自分だけ知らなかった。
その事実が胸にズンと響いて、ただただ孤独で、どうしようもなく惨めだった。
何か騙されたような気分で、転園したくないって思っても、こんな立派なお別れ会をしてもらった後では、『残りたい』なんて言えない。
まるで、自分がもうここに居ちゃいけないって、そっと背中を押されて追い出されたような気がしてならなかった。