11. ジジからの赤い一輪車 /純喫茶リリー
「今日はりっちゃんに、ええもん持ってきたでぇ」
ある朝、リリーにやってきた萩原のジジは、透明のビニール袋に覆われたピカピカの赤い一輪車を抱えていた。
「ええ?一輪車!すごいすごいっ!こんなのもらっていいの?」
律子は目を輝かせ、大喜びした。
この頃、一輪車を持っている子なんてほとんどいなかったのだ。
するとジジは、
「ええやろぉ。今朝、スーパーの裏に散歩に行ったら、落ちとったから拾ってきてやったでぇ。りっちゃん喜ぶと思ってよぉ」
と満足気に言った。
え?
落ちてたの?
拾った?
新品の一輪車が?
6歳の律子でも、心の中で小さく疑問を抱いた。
だが、ジジに 聞くことができなかった。
なぜだろう。そこには触れていけない気がしたのだ。
というか、本当のことを知りたくないというか。知らない方がいいことってあるよね…。
もう、そこは深く考えないことにした。
ジジはきっと、見つけたものを律子のために持ってきただけで、悪いことなんてしているつもりはないのだ。
律子は、ジジの前では無邪気に喜ぶフリをし、真新しい一輪車をもらった。
なかなかの演技派である。
一輪車で遊べることは楽しみだったのだ。
律子は運動が得意。
かけっこも木登りも男の子よりも活発でやんちゃであることは、律子にとって自慢でなことだった。
男の子みたい!男の子よりすごい!と言われることがかっこいいと思っていた。
だから一輪車も、誰よりも早く乗りこなしてやろうと密かに意気込んでいた。
でも、いざ外でその一輪車に乗ろうとすると、不安がよぎる。
「バレないかもしれない。でももしバレたら?」
ジジがスーパーの裏で拾ってきたことが気になって、
一度も外で乗る勇気がでなかった。
こんなピカピカの赤い一輪車、この辺では誰も乗っていない。
もしスーパーの人が「盗まれた!」と警察に言っていたら、律子が泥棒と言われて牢屋に入れられるかもしれない。
結局、一輪車はリリーの裏口に置かれたまま、袋に覆われ、使われることなく埃が積もっていった。
律子は乗りたい気持ちを抱えながらも、心の奥にあるモヤモヤを消すことができなかった。
ジジが律子のために選んだ「ええもん」は、いつしか律子の胸の中に、赤い残像として残り続けることになった。