まさだりりい

昭和生まれ喫茶店育ち

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    「純喫茶リリーへようこそ。 懐かしくてちょっとビターな日常を綴ります

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1. 純喫茶リリー /純喫茶リリー

“石を投げれば喫茶店に当たる”——この辺りの地域はそう呼ばれている。 だけど、ここでも石を投げてもなかなか当たらない喫茶店がある。 それが「純喫茶リリー」だ。 大通りから一本奥の路地裏にひっそりと佇む赤いテントのお店。 外から見ただけじゃ想像もつかないが、店内は予想以上に真っ赤だ。 小さくてこじんまりとしているけど、いったん入ると、その赤さに圧倒されることだろう。 カウンターに4席、4人がけのテーブル席が2つ、3人がけのテーブル席が1つ。そして、一番奥の窓際に、昔ながらのイ

    • 谷川俊太郎さんの、軽やかさとやわらかさとリズミカルさと

      日本で育って、谷川俊太郎さんの言葉に触れたことのない人なんて、いないんじゃないかなあ。 私が初めて谷川さんの名前を知ったのは中学の時だ。 英語に興味を持って、マザーグースに出会った。 詩は怖かったけど音は軽やかでリズミカルなマザーグース。 マザーグースの日本語訳が谷川さんだった。 それからは「あれも、これも。ここにもそこにも谷川さんの言葉があったんだ」って気づくことばかり。 子どもの頃に触れた詩も、大人になってから再会する言葉も、気づけばどこかに谷川さんがいた。 特に私が

      • 映画『キツツキと雨』が、虚構に夢中になったらリアルで青春していて羨ましい件

        マガジンのタイトルに使わせていただいたからには、この映画『キツツキと雨』について、書かないわけに行かないよなあ。 この作品、公開されたのは2012年2月だから、もう12年経つのか… 気づけば5回以上は観てる気がする。 私のギガが順調に減っているおかげか、見るたびに毎回新鮮に笑える。 そう思うとギガ減少による忘れっぽさも、悪くないなと最近思うようになった。 この作品は、『南極料理人』『横道世之介』の沖田修一監督が手がけていたのね。最近では『さかなのこ』も良かった。 『キツツ

        • 29. 置いてけぼりの知らない世界 /純喫茶リリー

          小学校に上がってから、律子は朝は自分で起きなければならなかった。 ママは律子が起きるより先にリリーに行ってしまうので、 よく寝坊して、顔も洗わず歯も磨かず、髪の毛もボサボサのままで登校することも多かった。でも、律子はぜんぜん気にしなかった。 歯を磨いてないことくらいバレないだろう、顔も洗ってなくてもバレないだろうと。 髪の毛だって、クラスのぶりっ子の女子は三つ編みしたり、リボンをしていたり、女っぽくしてて、むしろそういったこをとしないのが「ぶりっ子じゃない」証明で、律子なりの

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        1. 純喫茶リリー /純喫茶リリー

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          映画感想文が増えてきたので、別のマガジンに移しました。 マガジンタイトルは 「どうせなら嘘の話をしよう」 はい、「キツツキと雨」の主題歌のあれです。

          映画感想文が増えてきたので、別のマガジンに移しました。 マガジンタイトルは 「どうせなら嘘の話をしよう」 はい、「キツツキと雨」の主題歌のあれです。

          28. 小さな逃げ道、爪を噛む癖 /純喫茶リリー

          気がつけば、律子にはいつの間にか「爪を噛む癖」がついていた。 そのきっかけは、けやき保育園の最後の日、先生がみんなの前で「今日が最後だよ」と話してくれたあの時だ。 みんなが律子をみていた。先生の話を聞いてる時、自分のことを言われているのだけど、褒められている感じではなく、ただ注目されている。 その妙な焦燥感と居心地の悪さに、律子はいつの間にか右手の親指の皮を引っかいていた。 顔は先生の方を向いているけど、意識は親指に集中していた。 気づいた時には皮をむしりすぎて血がにじん

          28. 小さな逃げ道、爪を噛む癖 /純喫茶リリー

          “ギガが減る”がいつの間にかNO違和感な件

          そういえば、「ギガがない!」だの、「ギガが減る!」だの、初めて聞いたときは「ギガ」の使い方ちがうでしょ、違和感がすごいなと笑っていた。 なのに、いつの間にか気づけば普通に使っている自分がいる。 若者だけでなく、多くの人が使うほど浸透してしまったんだろうな。 データ容量の単位に使われる接頭語「ギガ」。 「ギガが減る」なんて、意味不明な日本語だったはずだったのだ。 そのうち、「太ると“キロが多い!”とか“キロがあまる!」とか言い出すんじゃない? とか笑ってたけど、さすがにそれ

          “ギガが減る”がいつの間にかNO違和感な件

          マイナス25円と思ったら4円しか!ミスリード戦略は嫌悪感しかない問題

          オンラインショッピングで「期間限定価格」の文字に惹かれて見てみたら、なんだかちょっと違和感が……。 よく見たら、元の価格は税込表示、割引後の価格は税抜表示になってる。 あたかも25円も安くなっているように見せかけているけど、実際の割引額はたったの4円。 1本だと4円だけど、これが2本だと、50円安くなると思って買ったら実際はたった8円引き?すごい差じゃない? せ、せこいっ! この表記は、ずるいというか、誠実さに欠けているとしか思えない。 セブンイレブンの「上げ底」容器な

          マイナス25円と思ったら4円しか!ミスリード戦略は嫌悪感しかない問題

          映画「リバー、流れないでよ」で感じた、絶妙で天才的な時間遊び

          『サマータイムマシン・ブルース』が好きな私は、ヨーロッパ企画のタイムトラベルものと聞けば、四の五の言わずとりあえず観ることにしている。 2分ループ?と聞いた瞬間、「はいキター!」。 そういえば『ドロステのはてで僕ら』も同じ2分だったな。 まさに「また2分。」である。 2分間というのは絶妙な長さで、「本当にいいところに目をつけたよねー」と感心してしまう。(私は何様?笑) CMの合間にトイレダッシュするくらいの長さ? 間に合うか間に合わないか微妙な時間。 話し合うには短い。

          映画「リバー、流れないでよ」で感じた、絶妙で天才的な時間遊び

          土砂かグシャか、いつも迷子になる件

          「ラングドシャ」か「ランドグシャ」か。 正解はどっちだっけ? 「土砂」と「グシャ」。 どちらでも不穏で崩れ落ちそうな響きなのに、 実物はきれいな薄型、そして「サクッ」と軽快な食感。 瀬戸際の美味しさ。 結局、いつも正解がわからなくなる。 悩ましい。

          土砂かグシャか、いつも迷子になる件

          27. 前のめり空回り/純喫茶リリー

          ゆりこちゃんと出会う前の律子は、楽しそうなクラスメイトの輪から外れて、でも羨ましくて。どこか疎外感を抱いていた。 いつの間にか、そんなクラスメイトに敵対心を抱き、負けん気が強くなっていた。 周りに「すごい!」って言われたくて、授業も張り切って、 目立つことに一生懸命。 やたらと手をあげて、大きな声で先生に話しかけ、ついでに余計な一言まで加える。お調子者の目立ちたがり屋だ。 それもこれも、喫茶リリーで、いつも大人の話に首を突っ込んでいたからだろうか? 授業中でも私語が多く

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          視界ゼロの恐怖

          パーカーを被った瞬間、視界が真っ暗。 え?何が起こった?? と思ったら、パーカーを、前後逆に着てしまったらしい。 やってしまった。 実はこれ、ここ2年くらいの間に3回目。 パーカーのフードが視界を覆うたび、本当にびっくりするからそろそろやめてほしい。まぁ、間違えるのは他でもない私なんだけど。 先日はTシャツワンピも前後逆に着て気づいたのは、着替えてから3時間経過後のこと。 すでに朝のゴミ捨ても終えて、さっそうと歩いてきた後だった。 時すでに遅し。 凹む。

          視界ゼロの恐怖

          26. 初めての友達と放課後の自由の味/純喫茶リリー

          「清楚」という言葉をほしいままにしているゆりこちゃんが ある日の休み時間に、穏やかな笑顔で律子に話しかけてくれた。 とても可愛くて、長い髪が綺麗で優しい女の子。 律子には天使に見えた。 妬み嫉みでいっぱいの律子。 ふりふりしたスカートを履いている子は「ぶりっこ」だと思って心の中で毛嫌いしていたのに、ゆりこちゃんにはそんな感情は少しも湧かず、好感しか得られなかった。 ぶりっこではなく、生まれながらにしての清楚。 非の打ち所がない清楚な女の子。 ガサツでいつも男の子みたいな格好

          26. 初めての友達と放課後の自由の味/純喫茶リリー

          映画「あんのこと」で喰らった虚無と罪悪感

          あぁ、ずどーーーーん。 ずどーんです。観終わった後に心に重くのしかかる作品。 親が子供に与える「教育」が、実際には「洗脳」と化していることに気づかされる。なんなのだ、あの恐怖政治は支配だ。 あんの母親が、娘のことを「ママ」と呼ぶ異様さと娘への執着は、その歪んだ関係と依存を象徴していた。 母親があんに押し付けた感情は、一方的で、彼女自身の望みや人生を無視した支配的なものだった。 また、聖人のように見えていた刑事にも裏の顔があり、彼の善行が一気にくすんで見える。この二面性が、

          映画「あんのこと」で喰らった虚無と罪悪感

          25. だれも知らない、みんなは知ってる/純喫茶リリー

          後から思えば、ママは引っ越しの挨拶周りをしたのだろうか。 律子の通う小学校には、登校班という仕組みがあった。 朝、近所の子どもたちが集まって一緒に学校へ向かうのだ。 しかし、律子は当然、近所の子どもたちと顔を合わせたことがない。 それに対して、彼らは幼い頃からずっと一緒で、年齢が違ってもみんな仲が良く、まるで兄弟のように育っている。その輪に突然放り込まれる律子。 入学式の翌日、初めて登校班に参加する朝、律子はママに連れられてその集まりへ行った。 「今日から一緒に行ってね、

          25. だれも知らない、みんなは知ってる/純喫茶リリー

          “湯水のように使う”は海外だとどうなるのか問題

          「湯水」とは、どこにでもたくさんあって、粗末にふんだんに使えるもののたとえ。「湯水のように使う」とはつまり、お金などを惜しげもなく無駄遣いすること。 でもこれを日本語を学ぶ外国の方は、「大切に使う」と意味を誤解する人が多いらしい。 たしかに、日本は水資源が豊かで、湯水を大量に使うことは、浪費のイメージが強い。が、海外では水が貴重な国もある。 そうした地域の人々がこの表現に違和感を抱くのは理解できるし、なかなか興味深いと思った。 そこで、海外でも使える「湯水のように使う」に

          “湯水のように使う”は海外だとどうなるのか問題