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7. 消えた2代目社長 /純喫茶リリー

「ママ!いつものね」
モーニングサービスが終わる頃に姿を現すのは、リリーの斜向かいにある小さな会社、大巻工務店の2代目社長、大巻さんだ。

大巻工務店は、社長、社長の両親、そして美人の若い事務員の4人だけの小さな工務店。
社長は派手なストライプのスーツを身にまとい、髭をたくわえ、大きな焦げ茶色のサングラスをかけている。
律子は心の中で「テレビのコントに出てくる社長みたいだ」と密かに思っていた。

社長の両親は薄いグレーの作業着を着ているが、事務のお姉さんはいつもお洒落な私服。
この工務店からは、6人分のコーヒーの出前が頻繁に注文されるが、そのうちの1セットだけが特別だった。
金色のラインが施されたゴージャスなカップとソーサー、金のスプーンまで揃った「金ピカセット」。
リリーの白いカップの中に、なぜこの金ピカセットが1つだけあるのか、不思議に思っていた律子。

ある日、その謎が解けた。
大巻さんがリリーに来ると、ママは決まって金ピカセットでコーヒーを出すのだった。
このカップは、大巻さん専用の「社長カップ」だったのだ。
社長は、高級なカップで飲みたいとわざわざリリーに持ち込んだのだろう。
タバコもまた、外国の赤い箱に入った特別なものを愛用していた。
律子は、そんな大巻さんを「テレビや漫画で見る社長そのものだ」と思っていた。

リリーでは、大巻さんの自慢話が大きな声で響き渡るが、裏では「ケチな2代目」「ドラ息子」と噂されていた。
律子が「ドラ息子」という言葉を初めて知ったのも、この大巻さんのおかげだ。
「ドラ息子」というのは、大人でも「息子」と呼ばれるのだなと妙に納得したものだった。

リリーに来る常連たちは、時折大巻さんの噂話で盛り上がった。
あいつは見栄っ張りのケチだ!と。
そういえば、山田のオババはお年玉やおやつを律子にくれるけど、
大巻さんからは何ももらったことがなかった。

そしてある日、古びた2階建ての大巻工務店が、15階建てのマンションに建て替えられた。
その瞬間、大巻さんは一躍「遣り手社長」としてリリーの話題の中心になった。

ところが、中学生になった律子が気づくと、大巻さんは突然姿を消していた。
噂では、借金返済に行き詰まり、美人の事務員と共にグアムへ逃亡したという。
奥さんと2人の子供、そしてリリーの棚の金ピカセットを残したまま…。

「借金が返せないのに、どうしてグアムに行くお金があるんだ?」と不思議に思う律子だった。

それはそうと、大巻さん、いまどこにいるんだろう。








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まさだりりい
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