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アーモンド・スウィート

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2020年7月の記事一覧

アーモンド・スウィート

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 クツクツ薄いだし汁のなかで踊る天種、大根、玉子、ロールキャベツ、ウィンナー、コンニャク、シラタキ、トマト、アスパラ、ブロッコリーなどなど。美味しそうな匂いに、鼻を近づけなくてもヒクヒクと自然に顔が鍋のほうに向いてしまう秀嗣。今日は柿境月姫(かぐや)の家のおでん屋に遊びに来ている。まったく、美味しい食べ物がある場所に、放課後の秀嗣ありという次第。

 秀嗣と山崎三保子の関係が姉弟のような幼馴染みだ

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 一つ10㎏はあるだろう鉄製の型に、皮になる白い特製の小麦粉液をトロリと流し、自家製のコクのある餡を真ん中に一口羊羹くらいドンと置いて、また小麦粉液を餡の上にかけ、鉄製の型を直火に戻して焼いてゆく。十くらいある型を山崎三保子(みほこ)の父がコロコロと転がし、鯛自身はこっがりと回りの羽はガリガリと墨色に、美味しそうな鯛焼きが次々と焼かれていく。三保子の家は天然の鯛焼きが自慢の鯛焼き屋だ。鯛焼きの他は

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始まるかもしれないし、始まらないかもしれない 2  中嶋彩葉は船橋から総武線快速で東京駅まで通学していた。父はもともと目黒に実家があり、神田は母の実家だ。今も母方のおじいちゃんおばあちゃんは健在で、…健在どころか二人ともまだ還暦の六十才にも成っていない。当然見た目も身体も若い。
 彩葉が船橋の小学校に通わず東神田小に通うのは、区立中学から都立○比谷または○段中・高に進むという狙いがあった。もちろん

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始まるかもしれない、始まらないかもしれない 1  中嶋彩葉は春から通うつもりの、東神田小に近いお茶の水にある進学塾二校を見学に母親と来ていた。途中母が、お茶の水サンクレールからソラシティに向かう地下商店街の間で、かかってきた電話に気を取られ、彩葉から見えない離れた場所に行ってしまう。
 彩葉は電話を待っている間に、並んだ店の様子を少し見ていたら、母親を見失ってしまった。最近目が悪くなってきた彩葉、

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 秀嗣は倉岳人志と鈴木博一、青山満月(まんげつ)、及川渓(けい)バッチャンの五人で青山霊園に来ていた。青山霊園には『小僧の神様』の作者志賀直哉の墓があるから見に行こうと誘われて。
「なんで遊海まで一緒に来てる」博一が不満を顔に出して言う。
「ぼくが誘ったんだ」人志が答える。秀嗣は黙って頷いた。博一に言い返すと、秀嗣の言葉一つが百の言葉になって返ってくるから、面倒なのだ。
「志賀直哉のお墓を見に来る

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 東神田小は神田駅から歩いて大人の足で十分、子供の足で十五分の場所にあります。校舎は四階建てで、五、六年生の教室は四階にあり。四階の上は屋上になっています。屋上は朝から開放されていて、早く来て屋上で遊ぶ生徒、離れた場所に座り自分の好きな本を集中して読んでいる生徒、理科実験の観察スペースがあるので毎日の観察の為にくる生徒、理科実験スペースの隣にある屋上花壇の植物に水をあげに来る花壇係の生徒、多くの子

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 柿境月姫(かきさかいかぐや)、菅原葵(あおい)、矢崎芙巳子(ふみこ)は一緒に学校へ行く約束をしている三人だが、気の合う三人というわけではない。待ち合わせをして、合流した瞬間からおしゃべりに花が咲くわけではない。どちらかと言えば芙巳子は一人で居たいタイプだし、葵は教室では山川笑美(えみ)とおしゃべりをしているので、しかたなく。ただ家が山川とは反対の方向なので、同じ方向の柿境、矢崎と一緒に登校してい

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 川和田康弘(やすひろ)は一ヶ月後の地区対抗のバスケットボール大会のことで頭がいっぱいだった。まだまだ練習が足りない。同地区で東京都大会常連の鳳凰小学校は頭一つ抜けている存在としても、決勝常連の日比谷小学校か隣の駿河台小学校に今年こそ勝って、東神田小が決勝に進みたい。レギュラーメンバーは康弘と同じ一組の青山満月(まんげつ)と初谷泰志(はつたにやすし)、二組の三輪大介(だいすけ)、望月志津馬(しづま

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 稲垣邦孝(くにたか)の父は今日も彼を残して行ってしまった。邦孝の父は長距離トラックの運転手をしている。主に大型機械や電気製品を運ぶことが多い。壊れたら大変な品物ばかりを運んでいる父は、会社にそれだけ信頼されている。邦孝は父を尊敬し、憧れていた。しかし、ここではないどこかに行ける父のことを羨ましいと思っていた。母や友達のことが嫌いなわけじゃない。学校がイヤなわけじゃない。表現しようのない感情が胸の

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ぞくぞく登校 凜々花と瑠衣
 秋元凜々花(りりか)は今日も朝から佐久間瑠衣ジェンキンス(るい)に腕を回して一緒に登校している。凜々花が寂しがり屋で甘えん坊な性格だということは五年一組の中はもちろん、学年中に知られていた。その甘えん坊の性格は小学校の前の保育園に通っていたときから、同い年の子たちは誰もが承知してるいる凜々花は思っている。だから気を許した人にはベタベタしても良いと勝手に思っていた。とに

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ぞくぞく登校 珠恵と理加渡辺珠恵(たまえ)は、国語の宿題の感想文のことを考えながら歩いていた。先生から出された、教科書の小説を読んでの感想文には自信があった。自信はあるのだが、面白味がない気がするので引っかかっていた。算数のドリルの宿題は全部答えを書き込めたので、算数のほうは気が楽だった。天野先生は珠恵が算数を得意なことを知っていたので、ときどきクラスの他の人に答えさせて、「珠恵、いまので答え合っ

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ぞくぞく登校 人志と玲央
 倉岳人志(くらたけひとし)はスマホでリスニングアプリを起動して、英語を聞きながら歩いています。人志は小説や雑誌も朗読アプリを使っています。電子書籍を開きながら歩くのは危ないし、教科書や問題集以外の物をプライベートの時間に見ている暇は自分のはないと思っているので、リスニングできる文章は聞くのが一番楽と考え、毎日何かしら聞きながら登校しています。
「How's everyt

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202X年 いまの日本とはちょっと違う。ここではないある場所。神田駅から東側と南側に展開される準住居地域。
東側は神田明神下のいわゆる「火事と喧嘩は江戸の華」の神田の雰囲気が百分の一か千分の一か残っている職人、町人の街。隣は今はないけどやっちゃ場(青果市場)があった秋葉原。秋葉原は現在はヲタクと趣味人の街。南側は直ぐ隣は日本橋という立地そのままの商業の街。魚市場は元々は日本橋。この日本橋に三越があ

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東神田小学校について
 東神田小学校は神田駅から歩いて大人の足で十五分、子供の足で二十分の場所にあります。都心にある小学校としては今どき珍しく、1学年百二十人居ます。1学年は三クラス。1クラスの男子が二十人、女子が二十人です。女の子が全国平均に比べて多いのも珍しいです。
 校舎は校庭を囲う形でコの字形で四階建て。一階は玄関、職員室、校長室、給食調理室、用務員室などがあります。二階に一年生、二年生の

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