アーモンド・スウィート
ぞくぞく登校 人志と玲央
倉岳人志(くらたけひとし)はスマホでリスニングアプリを起動して、英語を聞きながら歩いています。人志は小説や雑誌も朗読アプリを使っています。電子書籍を開きながら歩くのは危ないし、教科書や問題集以外の物をプライベートの時間に見ている暇は自分のはないと思っているので、リスニングできる文章は聞くのが一番楽と考え、毎日何かしら聞きながら登校しています。
「How's everything. ……」
人志の父親は霞ヶ関の国家公務員で、無駄と遅慢を一番嫌っています。毎日の通学のときに、ただぼーっと歩いているのではなく、その時間も有効活用出来るはずと人志に言てます。本当はスマホを持つのは学校から禁止されているのですが、学校の入る前にスマホの電源を切って、教室、校内で起動せずにいればほとんど見つかりません。たとえ見つかったとしても担任の天野先生は電源の入っていないスマホを無理矢理取り上げるほど厳しい人ではないので問題はありません。電源を切ったスマホはポケットサイズの英和辞典の箱に隠してしまえば、クラスみんなにもばれません。とうぜん箱の中は本物の英和辞典はなく、箱だけです。
その人志の後ろを気づかれない距離で、登校してくるのが伊藤玲央(れお)です。玲央は鋭い視線を人志の背中にむけています。道で二人を見ていた人は、飛びかかって首でも絞めるんじゃないないと思うほど怖い視線です。
玲央の父親は都の公務員で財務局にいます。財務局は国でも地方の役所でも一番のエリートが任される部署で、エリート中のエリートしか入れない部局です。そして財務局から一度も移動を命じられない人間はさらにスーパーエリートと言われ、玲央の父親はスーパーエリートです。しかし、玲央の父は都の職員、人志の父は国家公務員です。東京都は小さな国一国の国家予算と同じ規模の税収と予算があると言いますが、国と都では責任の大きさが天と地の差があります。一般市民の期待の大きさも違います。自分の能力は都庁レベルではなく国家レベルだと大学の時から感じていた玲央の父親は、人志の父の存在も人志の存在も恨めしく思っています。いつしかその恨めしさが子供にまで伝染して、玲央も人志を一生の敵と思うようになっています。
玲央は、何かつぶやきながら歩いている人志が気になします。音楽を聴いているだけではなさそうです。人志に気づかれないように慎重に後ろに近づき、聞き耳を立てました。
「That's a good question. Let me think……」
歩きながらもリスニングでそつなく英語の勉強をしているとは、なんて抜け目ないヤツ。ぼくもスマホを持っていれば同じように、嫌、ヤツの倍のスピードでリスニングをして、二倍三倍の量を記憶して、学校の成績だけじゃなくその面でも追い抜いてやる。英会話だってペラペラに成ってやると玲央は思って見ています。
人志は玲央がそんな思いを抱きながら毎日人志の後を歩いているとは知りません。人志は玲央のことを勉強の良きライバルと思っています。彼がいるから自分も毎日怠けずに勉強が出来る。家で、塾で勉強していて勉強に飽きてきた時に、玲央は今頃頑張っているんじゃないかと思うと頑張れます。
人志はテレビゲームが大好きです。息抜きで始めたゲーム中でも、玲央は今ごろどうなんだろう、勉強しているか遊んでいるかと想像して、また勉強に戻ります。人志が最近はまっているのが、架空の西洋世界を切り取ったシミュレーションRPGゲームです。街の中心に建つ城の大きさで成功レベルが分かる仕組みで、ひとしの城はそこそこの大きさまでになっています。
ゲームの話しなら人志から玲央に話しかけられるだろうと思います。
もし玲央もそのゲームをしているのなら、お互いの街の発展や城の大きさを比べたり、成功の為の技の情報を交換したりできないかなと思っています。
東神田小の玄関をくぐり、下駄箱で上履きに履き替えた人志は後ろの玲央に今日も気づかず上がりました。一組からは数人の、いつもの声が聞こえてきます。そのなかに日直の秀嗣の声もあります。他の誰よりも一段と大きい声なので、きっと今日も何かに興奮して大声を出しているのでしょう。
フンと鼻から短く息を吐き、どうしようもないヤツだな、と思いました。
玲央は、人志が五年一組に入るのを隠れるように見届けると、頭の中でスマホ、スマホと繰り返し、英語の授業でも学年一番の称号は譲らない、と強く思いながら自分のクラス五年二組に入りました。
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