見出し画像

アーモンド・スウィート

始まるかもしれない、始まらないかもしれない 1 

 中嶋彩葉は春から通うつもりの、東神田小に近いお茶の水にある進学塾二校を見学に母親と来ていた。途中母が、お茶の水サンクレールからソラシティに向かう地下商店街の間で、かかってきた電話に気を取られ、彩葉から見えない離れた場所に行ってしまう。
 彩葉は電話を待っている間に、並んだ店の様子を少し見ていたら、母親を見失ってしまった。最近目が悪くなってきた彩葉、頑固にメガネをかけることを回避していたので、母と似た人の後を追っかけるが、近づくと他人だったということを繰り替えしていた。でもとうとう不良グループの一団にぶつかっていまう。
「ごめんなさい」すぐに彩葉は謝ったが、不良グループの連中は、
「はあ?」とか「謝って済むなら警察は要らない」とか難癖を付けてきた。
「ああ痛え! 絶対骨が折れたぜ」「慰謝料100万円は貰わなきゃな」などと大声で騒いだ。
 謝りながら母親の姿を探す彩葉だが、母はまだ電話が終わっていないのか彩葉を探しにきてきてくれない。絶望しながらも逃げなければと思い、謝りながら後ずさりすると、すぐに不良グループの連中に囲まれてしまい逃げ道が塞がれる。
「お金用意できないようなら、どうする?」「家に電話させて、親にお金用意させたら良いじゃん」「それより、ロリコン親父相手に下着でも身体でも売らせてお金作ろうぜ」「秋葉原が近いから丁度良い。俺、元散歩屋の知り合いしってるからさ。連れて行こうぜ」「小学生なんて買うヤツいるの?」「それが居るんだ。俺が聞いた話しでは、散歩屋の元に十才の女の子を連れた母親がいて、中年男数人に自分の十才の娘に斡旋してたらしいぜ」
 彩葉は、十才の娘を散歩屋(JC、JK援交)で何かさせる、と耳にして顔が青くなり、身体が無意識に震えた。自分も十才だから。グイッと二の腕を強く掴まれ、別の不良からは訳も分からず小突かれた。
「くっちゃべっててもしょうがないから、さっさと秋葉原につれて行こうぜ。前金貰って、どこか行こう」不良グループの中で背が高く、一際目立つ金髪の男がグループの連中に言った。
 彩葉は腕を捕まられたまま、徐々に人通りが少ない場所に連れ込まれそうになる。神田郵便局の方向へ囲まれ移動する。彩葉は怖くて声も出せない。必死に母親を探す彩葉、エスカレーターの後ろ辺りにたまたま通りかかった秀嗣の顔を見つけ、彩葉は助けを求める視線を秀嗣に送る。
 秀嗣は「中嶋…。ん?」という感じに視線を返す。
 「助けて!」と勇気を出して声を出そうとした時、不良の一人の手が彩葉の口を力強く塞ぐ。
 彩葉の姿を見て秀嗣は身体の芯から熱くなる。義を見てせざるは勇無きなり、誰から教わった言葉か忘れたが頭の中にこだました。
 正義が行われないのを見て、見ぬふりをするのは勇気がないことだ。
「おい! 中嶋を放せ。馬鹿チンピラども!」
 馬鹿、チンピラと秀嗣に吠えられ、不良グループの連中は一斉に反応して秀嗣の方を見る。
「馬鹿とは何だ!」
「アホの馬面とでも言えばいいか、馬鹿ヅラ!」
 秀嗣は初めから勢いよくいく、喧嘩は一番は気合いだ。
 秀嗣に勝ち目はあるかと言えば無い。ただ負けないと思えば負けない。
 秀嗣は反応したグループの中でも一番やんちゃそうな黄色い髪、細い眉、目つきの悪い男に向かってゆく。他は全員無視。体格差を埋める方法は、禁じ手の目潰し、キン蹴り、唾は吐き、噛みつきの何でもあり。当然、力一杯殴る、力一杯蹴る。黄色い髪の男とは体格差があり、当然勝てない。投げられもする。拳で殴られぶっぶっ飛ばされる。でも彩葉を助ける為に、何度も立ち上がり向かってゆく。
 彩葉を捕まえていた不良たちは、黄色い髪の男の形成が有利とみて、
「いつもの場所”に、先に行ってるから」じゃあ、という感じに彩葉を連れて行こうとする。痛々しい青アザ赤アザを沢山付けながら、黄色い髪の男を突破して彩葉を助けに行こうとする秀嗣。黄色い髪の男に阻まれる。
「おらっ! いい加減、死ねや」と蹴り上げられる。
 彩葉は秀嗣の状態を見て、口を塞いでいた不良の手に噛みつき、自分と秀嗣を守るために大声をだして助けを求める。
「私たち殺されます! 助けてください!」
 いままで気付かない振りをしていた大人たち、二人の小学生と不良たちを見つめていた老人の警備員、いつ助けに入ろうか迷っていた近くのキャンパスに通う大学生たちに、彩葉の声は届いた。彩葉と秀嗣を助けるために大勢の大人たちが不良グループに顔を向け、助けに向かってくる。
 彩葉を連れて行こうとした一団は、ソラシティにいる大人たちに囲まれそうになるのに気付いて素早く逃げる。黄色い髪の男は、彩葉に向かってゆくと勘違いした秀嗣に組み付かれ逃げ遅れる。秀嗣は、彩葉に暴行させまいと必死に黄色い髪の男ともみ合う。
「中嶋を好きにさせないからな」
「もういい加減、しつこい!」黄色い髪の男は、秀嗣の頭といわず顔と言わず大きな拳で殴って逃げようとする。
 秀嗣は、二人三人の大人から「大丈夫か、もう喧嘩を止めて落ち着け」と言われて、初めて自分たちが助かったと分かる。
 黄色い髪の男は一旦は警備員に腕を捕まられるが、強引腕を振りほどき逃げてしまう。
「彩葉。いろは! どこにいるの!?」
 娘の不在に気付いた彩葉の母がやっと探しにくる。
 秀嗣は助けてくれた大人や彩葉に母に不良グループのことを聞かれ、
「水道橋中の不良グループじゃない」かと答える。
 以前に九段下に住む従兄弟と後楽園のゲームセンターに遊びに行ったとき、今みた不良グループの数人に絡まれたことがあった。従兄弟は身体こそ中三としては小さかったが、警察に補導されたことがあるほどべらぼうに喧嘩が強かったので、相手の不良グループは知らないで可哀想だったが、水道橋の不良たちは一気に従兄弟にやられ退散した。それで秀嗣は覚えていた。
 
 ちなみにだが、その従兄弟は中学を卒業して数年後、従兄弟の父親によって自衛隊に入隊させられた。従兄弟の性格か、面倒を見てくれた教官との出会いが良かったのか、従兄弟は学校に進むより自衛隊の方が性に合っていると話してくれた。

 次の日には水道橋中に連絡がいって、そのまた次の日には水道橋中の教師が、当の不良グループの連中をつれて東神田小まで秀嗣と彩葉に謝りに来た。二度と不良グループの連中に悪さをさせないと水道橋中の教師も謝り、彩葉と秀嗣の目の前で不良グループの連中に誓わせた。
 黄色い髪の男は中一まで水道橋中に居たが、今は中退して居ないから連れて来れなかったし、二度と乱暴させないとは保証できないと言われる。でも水道橋中の教師は、黄色い髪の男のついてもできるだけ注意すると約束してくれて、不良グループを連れて帰っていった。

 教室に帰る途中の階段の踊り場で、
「遊海に助けられたのは、今度のことで二回目だね。ありがとう」
 彩葉はしみじみと、秀嗣の顔を見て言う。
「えっ! ……、そうだっけ?」
 秀嗣は記憶になっかったので、驚く。
「忘れたの?」
 彩葉は、秀嗣の反応に傷つく。
「あのねぇ。……」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?