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アーモンド・スウィート 蒲池福市
福市のウチは神田でも古い洋菓子店だ。地元に愛されるケーキショップを目指して祖父、祖母が始めた。祖父は戦後生まれで、日本は先の第二次世界大戦の後もだいぶ経っていた。子供時代は、日本は豊になり始めていた。銀座のコロンバン、風月堂、不二家、有楽町のアマンド、神戸のモロゾフ、ユーハイムはすでに有って、ケーキショップとして好評だった。福市の祖父たちの時代、大人も子供もコロンバンや風月堂のクッキーやケーキは
もっとみるアーモンド・スウィート 「ぼく思うんです 先生」と秀嗣
秀嗣の受験勉強は捗っていなかった。どうもテストと言う物が秀嗣と相性が合ってないように思える。秀嗣は授業は楽しい。先生の話しを聞き、黒板の字をノートに書き写すなど、時間を忘れるほど集中できる。知らないことを知るのが大好きだから。しかしテストには身が入らない。以前やった内容を振り返ってるようで好きじゃない。新しい事が知りたい。秀嗣が知らない情報、知識に触れたい。一度聞いたことは何度も聞きたいとは思わ
もっとみるアーモンド・スウィート 彩葉
中嶋彩葉は夏が過ぎても中学受験に向けての勉強が絶好調だった。六年生までの勉強を先取りしてやっておくと良いと塾の先生に言われたから、五年生になって直ぐに六年生の教科書を手に入れ、年末までに一応の区切が見えてきた。六年になったら過去問中心の勉強になる。彩葉は滑り止めを含めて三校受験するつもりでいた。秀嗣は勉強は苦しい修行のようだと言っているが、彩葉は勉強をしている時間を苦行と思ったことはない。勉強が
もっとみるアーモンド・スウィート 夢は 働きたくない、寝ていたい
塩沢勝雄の父親は工事用10㌧トラックの運転手をしている。朝早く自宅前のガレージに停めた125ccのカブに載って、江東区塩浜にある会社に向かう。毎日通勤に三・四十分かかる。暗いうちから家を出て、大変な仕事だと思う。勝雄もトイレに起きたとき、父がまだ居るときは「いってらっしゃい」と目をこすりながら言う。父は自分で拵えた弁当を持ってゆく。大概は大きなおにぎり二個と自然解凍の冷凍唐揚げ、業○用スーパーか
もっとみるアーモンド・スウィート 鐘岡凱了 釣が好きではなかった。
鐘岡凱了の家は、平成初めまで和竿を作っていた。凱了の父の代から竿は作らなくなったが、祖父が作った和竿はまだまだ沢山残っている。その他にも名のある竿師の手の物も置いてあった。
実のところ凱了の父は釣り具屋を営んでいながら、釣り具を売るのに熱心ではない。現在は店の売り場の半分を水鉄砲や浮き輪などプールなどで遊ぶおもちゃ、川遊び用の仕掛け、すくい網(これなどは釣り具の延長線ある道具といえなくもない)
アーモンド・スウィート 肝試し③
六人で階段を上がって、二階は診療所の受付だった。胸の高さくらいカウンターで、受付事務所と患者が分けられていた跡だけが残っている。沢山の書類が入っていただろう棚類は全部取り払われていて今は無い。受け付け事務所の机もイスも電話もない。患者が待つソファーもない。
「本当に何もないな」豊臣がカウンターをトントンと叩きながら言った。
「奥に処置室と天井から札が下がった部屋があったが、何も残ってないんだ。点
アーモンド・スウィート 肝試し②
ビルの裏側も衝立で塞がられていた。子供一人入る隙間もなかった。
「ガッツリ囲まれてるじゃん」秀嗣は言った。表向きは苛立ってるフリをして、内心は「肝試し」がこれでダメになったと喜んだ。
「こっちから回るんだよ」と義隆が、隣のビルとの間に大人が横向きで進んで入っていけるほど隙間を指した。
「元々ここには三十、四十センチの幅の鉄の扉が付いてたんだ。隙間に人が入らないように。扉があった時には折りたたみ
アーモンド・スウィート 肝試し①
夏休み明けの新学期、クラスの男子数名で集まって肝試しすることになった。言い出しっぺは村松義隆で、柳瀬幸輔も、山田豊臣も、亀田益男も、三組の鐘岡凱了も遣りたいと手を上げた。(鐘岡)凱了が、「ペアを組んだ方が、怖さが少しは軽くなるんじゃないか」と云うことで、一組からもう一人、秀嗣が誘われた。秀嗣は、実は怖がりだったので肝試しになんか参加したくなかった。
「遣ったら良いじゃん」と側で聞いていた彩葉が云
アーモンド・スウィート 稲垣邦孝と一緒に歩く
秀嗣は常々疑問に思っていた。なぜ邦孝は目的地もなく歩くのか?
自分も、なぜ邦孝と一緒に目的地も分からず歩いているのか?
「邦孝ぁ。お前は、何所に行きたいんだ?」
邦孝は無口である。彼が教室で誰かとおしゃべりをしていたところを見たことがない。たぶん男子にも友達はいない。女子にも居ない。学校で、授業意外の彼の姿を注意深く観察している訳ではないが。授業と授業の間の休み時間に彼は誰ともしゃべらず、ふ
アーモンド・スウィート 彩葉 テツ
彩葉はテツという名の猫を飼っている。テツは白い猫で、元は野良猫だった。テツは中島家に来る前は、鎌ケ谷の市営団地敷地内の空き地に住み着いた親の子どもだったらしい。それをボランティアさんが保護して、巡り巡って船橋駅前で里親探しをしているところ、彩葉の母が足を止め、テツを一目見て気に入り貰ってきた。
彩葉は最初、「野良猫なんて!」という感じで、そばに寄って来られるのも嫌だった。何か不潔な感じがした。
アーモンド・スウィート 猫 助ける
月姫は朝から気分がすぐれなかった。仔猫のことが心配でしかたがなかったから。きっとばあちゃんが言う春原さんは居ない。ばあちゃんは、月姫に嘘をついてどこかに捨てて来たんだと思う。春原さんなんて、いままでばあちゃんから聞いたことがない。だいたい猫や動物を飼っている人の話をばあちゃん、じいちゃんから聞いたことがない。父と母も含め、テレビで動物が出てくる物を見ないと決めたみたいに動物の番組は見ないし、動物
もっとみるアーモンド・スウィート 猫 いなくなる
月姫は朝から幸せだった。まだ、あの仔猫を飼って良いと許しがあったわけではないが、父も母も月姫の話しを黙って聞いてくれた。
「まず学校に行って来なさい。月姫の仔猫を思う優しい気持ちは分かったから。帰ってきてからちゃんと話そう」父は怒ったり、月姫の話を遮ることなく最期まで聞いてくれた。
「そうよ。仔猫のこと心配だと思うけど、遅刻するわよ。とりあえずお父さんとお母さんに任せなさい。それとも、今日は仔猫
アーモンド・スウィート 仔猫を拾う
今日は朝からの雨だった。月姫が傘を差し、家に急いで向かって歩いていると、子猫が道端に佇んでいた。月姫は足を止めた。早く帰って店の手伝いをしなければならないのに、仔猫たちが入った段ボール箱の前で足が動かなかった。家はおでん屋なので動物は飼えないと昔から聞かされてきた。素直に、ウチでは小鳥はおろか犬も猫も飼えないんだな、と諦めていた。今どき仔猫が道端に捨てられているなんてあり得ないと思った。仔猫は三
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