【魔王と暗殺者】私と彼女の人生は儘ならない。【[It's not]World's end】
一章【呉 理嘉 -転生-】
【転生】ママと私と[1]
私は意識を取り戻した。
ハッと我に返ったとでも言えばいいのか、覚醒したとでも言うべきか、突然意識が鮮明になった。
と同時に感じる違和感と圧迫感。
辺りは真っ暗。身体は窮屈。
私の視界には何も映らない。
って、目を瞑ったままだった。暗くて当たり前だった。
……て、あれ? 瞼がすごく重たい。
と言うか瞼が開けられない。
と言うか力が入らない。
と言うより、力の入れ方が分からない。
分からない? 何だ、これ? すごく変な感覚。
眼球はゆっくりだけど動かせている。たぶん。そんな気はする。
なのに肝心の瞼に全然力が入らなくて、目を開けることができない。
視界は依然として真っ暗。
何かこう、椅子に座らされてロープでぐるぐる巻きにされてる感じ? 身体全体の感覚はあるのに、身体の自由が一切奪われてるみたいだ。
どこにどう力を入れればいいのか分からない。
感覚がつかめない。
力の入れ方そのものが分からない。
今までどうやって身体を動かしていたのか、ちっとも思い出せない。
それくらい、自分自身の感覚がつかめない。
「…………ぁ…………あ……………………あっ…………」
あと、何か雑音が辺りで鳴り響いているらしく、やけに周りが五月蝿い。
いつだったか聞いたことがある気がする。
懐かしいような、ずっと前から知っているような、これまでに何度も聞いたことがあるような。そんな、遠いようで近い、懐かしい雑音。
しかしそれでも今はひたすら喧しくけたたましい耳障りな音。
ただ、水面ギリギリで音を聴いている時みたいに音がずいぶん濁って聞こえる。
この音は泣き声? いや、鳴き声かな? と言うより喚き声か?
そこに意思が有るような無いような、ひたすら何かを主張するような、甲高くて本当に耳障りとしか言えない音だ。……声、なのかな?
「……あ…………ぎゃ…………あ」
とにもかくにも今は身体の感覚を取り戻そうと、どうやれば良いのか分からないなりに身体に意識を集中して、ありったけの力を込め身を捩る。
…………うぅん、やっぱりダメだ。動けない。
何だろうこの状況。
身体は言うことをきかないし、感覚も聴覚も絶不調。
私はいったいドコにいて、どんな状態なのだろう。
微動だにしない頭をうんうん捻らせて考えを巡らせる。
あ、そうだ。
確か私はボルダリングの最中に幸に良い格好を見せようと無茶なランジを披露して、見事に失敗したんじゃなかったか?
これはあの時の続きなんじゃないか?
と言うことは、実は私は大ケガをして病院のベッドの上とか?
全身麻酔で体の自由が効かないとか、そんな感じなのかな?
20メートルはある高さから落ちたのだ。それも床にマットは無し。軽いケガで済む訳がない。打ち所が悪ければ即死していたっておかしくない。
ならば私は今全身ギプス状態だろうか。
いや、もしかすると全身不随なのかも。
その可能性は十分有り得る。
むしろそれなら納得という感じ。
十二分に納得がいくし、説明がつく。
身体の感覚がつかめないのも、聴覚や視覚が不自由で不十分なのも。
「…………ぎゃあっ…………ぎゃあ」
あぁ、そうか。とうとう私は失敗しちゃったのか。
これまでが何でもかんでも上手くいってたからなぁ。調子に乗ったツケが回って来たのか。
私を嫌う人達からしたらバチが当たった、って感じかな?
今頃『ざまぁ見ろ。調子に乗るから痛い目に遭うんだよ』とか思われてるのかな?
まあ、実際その通りかもしれないから言われても仕方ないのかも。
言いたいなら言わせておこう。
ちょっと、客観的に見て高飛車だったかもしれないし。
自分の能力を得意気に触れて回ったりしたことは一度も無いけど。
でも全方位から好かれる人なんている訳がないんだし、私は皆に好かれるように動いたことも無いし、好かれたいと思ったことも無かった。
そんな私だから、私の存在を不愉快に感じる人や嫌う人も少なからずいただろう。
と言うか、いた。
いじめられたりこそしなかったけど、陰口を言われることくらいは実際あった。度々あった。頻繁に遭った。
妬まれて嫌がらせを受けたこともあった気がする。
行為に及ばれる前に回避してたから、害を被った記憶は一つも無いけど。
「……ぎゃあっ。……ぎゃあっ」
何となく自分の置かれている状況を察することが出来たからなのか、気分は落ち着いてきた。
まあまあ、どんな状況であれ、そうなっちゃったものは仕方ない。
諦めが肝心という言葉はこういう時の為に在る。
上手くやれることが多かった私とはいえ、どうにも出来ないものはどうにも出来ない。
むしろ四方八方色んなことに手を伸ばして中途半端に辞めてきたと言い換えることができる。言い換えるなら半端ヤローだ。それが私だ。
それこそ専門の人達の足元にも及ばない程度の実力しか無い器用貧乏だ。
私にだって出来ないこと、どうしようもないことは沢山あるのだ。
だから、そんな私が世間から消えたところで誰が悲しむだろうか。
あ、幸は悲しむだろうな。……って、そう言えば幸は?
私が無様に落下しちゃって大ケガを負ったのは自業自得だから仕方ないとして、目の前で大ケガされたら幸はパニックになっちゃったんじゃないか?
その後は? あの後どうなった?
どうなったのだろう。
大丈夫だったかな。
間抜けな私のことはともかく、幸にとってはいい迷惑だ。
とんだ迷惑をかけてしまった。
きっと、色々と大変だったに違いない。
……もしかすると『止められなかった自分の責任だ』なんて自身を責めているんじゃないだろうか。
幸、すごく真面目だから。
「んぎゃあっ……ぎゃあっ……ぎゃあ」
私が勝手に学校の設備を使った上に大ケガをしたのだから、一緒にいてそれを止めれなかった幸は先生に叱られてしまったんじゃないか?
いや先生だけじゃ済まないかもしれない。
私の身勝手の所為で、親友を叱責の的にしてしまったのではなかろうか。
この可能性は高確率で有り得る。
非常に高い確率だ。
マズい。ヤバい。なんてこった。それはいけない。
こうしちゃいられないぞ。
何とか違和感だらけのこの状況から脱しなくては。
何とか現状を打開し迷惑をかけているであろう幸に、その他の人達に謝らなくては。
幸に謝らなくちゃいけない。
謝らなくちゃいけないって言うのに。
「んぎゃあっんぎゃあっ……ぎゃあっ」
あぁもう! 五月蝿いな! さっきから!
こっちは大変だっていうのに!
誰だよ泣いてるのは!
赤ちゃんみたいな泣き方しやがって!
「おぎゃあ! おぎゃあ!」と正に赤ん坊の泣き声が高く、けたたましく私の耳に響いている。
耳と言うか頭一杯に響いてる。
コレ、本当に五月蝿い。
まるで耳元で泣き声を聞かされてるみたい。
耳元って言うレベルじゃないな。耳の中で響いているんだから。
頭痛通り越して頭爆発しそう。
もうそのレベル。
これ以上続いたらマジで頭おかしくなるわ。
と、頭を押さえたくなる騒音に反応したのか、眉間辺りに力がこもっている気がする。
ぎゅうっと目と目の間にしわが寄っている感じ。
どうやらその感覚は正解だったようで、力が入り続けた結果じんわりと瞼が開いていくのが分かった。
おおっ!? 目ぇ開くじゃん!
私は全神経を開かれた眼に集中させる。
最悪、全身不随とかを覚悟したけど目が開くということは表情筋は生きてるってことじゃないか。
やったね。
意識は覚醒してるのに目を覚ますことが出来ないなんて、いくらなんでもそりゃないよ。と思っていたとこだ。
瞼だけじゃあんまり変わらないけど。
じわじわと瞼が上がる。
そうしてやっと開いた私の双眸に訪れたのは、金色。眩い光の圧力。
うおっ! まぶしっ!
せっかく開いた瞼を思わず閉じる。
光が眼を刺し、強烈な痛みが私の眼を襲う。
反射的に手をかざそうと右腕に力を入れた……つもりだったが、身体は相変わらず動かない。
左手も。もちろん足も。
瞼が動いたのだから頭はどうかと、首だけでも動かそうとするがそれもダメだ。
とその瞬間、態勢が大きくぐらつく。
!?
それはまるで仰向けのままジェットコースターに乗っているよう。
スピードこそ速くないものの、身体の自由が利かない状況でこの原因不明の移動は怖い!
未だに泣き声は頭の中に響いている。
私のすぐ耳元で、赤ん坊が泣いている。
そろそろいい加減にしてほしい。
ホント、誰なの? この声の主は。
マジで五月蝿過ぎるんだけど。
「あぁぁぁーー! んぎゃあっ! んあーー! んぎゃ、んぎゃあっ! っあぁぁぁーーーー!! 」
五月蝿い。
五月蝿い五月蝿い!
誰か泣き止ませてよっ!
「あ……あぁ、よしよし、泣かないで、私の赤ちゃん。大丈夫、大丈夫よ。そんな不安いっぱいの声で泣かないで。大丈夫、大丈夫だから。何も怖くないのよ。何も怖いことなんて無いの。あぁ、何て可愛いんでしょう。貴女が私とあの方の赤ちゃんなのね……。生まれてきてくれてありがとう。私が貴女のママよ」
…………ん?
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