マガジンのカバー画像

うた

28
気ままに書いた散文詩や、短編小説たち。 一話完結のものを集めました。気軽に読んでやってください。
運営しているクリエイター

#ショートショート

掌編│23時と夢のあいだ

掌編│23時と夢のあいだ

 夜風が涼しい。すっかり秋だ。
 彼女はベランダに出て、白いプラスチックの椅子に座る。バーベキュー用のテーブルセットを常設してあるのだ。
 タワーマンションでもなければ都心でもないので夜景が綺麗というわけではないのだが、彼女は田舎の、このこぢんまりとした団地のベランダで過ごすひとときを愛していた。すぐ近くの道路を走る車の音、部屋から漏れるテレビ番組の笑い声がなんだか落ち着く。

 彼女は声が混ざる

もっとみる
【SS】実りの秋事件

【SS】実りの秋事件

 爽やかな、という文字が道端に落ちていた。
 トキコはぎょっとして、制服のスカートを押さえながらしゃがみ、手に取ってみる。
「チラシの切れ端?」
 見れば、畑に囲まれた田舎道の上にぽつぽつと白いチラシの切れ端が落ちていた。
〈いやいや、ヘンゼルとグレーテルかよ〉
 心の中でツッコミながら、もう一度切れ端を見つめる。一体どんな「爽やかな」物を載せてたんだろう。
〈爽やかな……後味のガムとか? イケメ

もっとみる
魔人の燐寸

魔人の燐寸

 金色に燃え上がる林檎は、眩しく、暖かく、夜空に高く浮いてまるで太陽のように豊かな光を降らせると、華やかに散りました。後には星屑が舞っています。アンネは感動でくっと息を飲みました。
 少女の手には、森の中で見つけた燐寸(マッチ)がまだ二本、握られています。その燐寸が入っていた箱には、こう書かれていました。

《森で見つけた枯れ枝にこの燐寸の炎を移して、捧げ物をくべなさい。それに見合う幻想をお見せし

もっとみる
【短編】雨の秘境

【短編】雨の秘境

 夕焼けは煮え崩れる玉ねぎのように甘く溶けだして、降り止むことを知らない雨を黄金に染めた。

 千年もの間、雨が降り続けている街・深水(シンスイ)は、区域全体の九割が水の中にある。この永い雨災に見舞われるようになってから、深水の民は水に浮く建物を造るようになり、その中で暮らすようになった。人間の「慣れ」というのは凄まじいもので、百年も経てば皆、この不思議な暮らしぶりにすっかり適応した。それから千年

もっとみる
【掌編小説】サラマンダーの息吹

【掌編小説】サラマンダーの息吹

 風の色に鉄錆のような赤が混ざり始めたのを見て、ムゥジは慌てて自宅へ駆け戻った。
「赤風が来そうだ」
 ムゥジが戻ってきたのに気がついたドリィは、
「あら、今日はそんな予報あったかしら」
 と首を傾げる。
「最近は急に赤風が吹くことが多くなったからなあ。もうこの村も住めなくなる日が近いのかもしれん」
 ムゥジは静かに眉根を寄せながらゴーグルとマスクを外すと、身体中に付着した赤風の粉を吸着シートで拭

もっとみる
架空植物記《ヨルアオイ》

架空植物記《ヨルアオイ》

 月の色に染まりあがった夜花を見て私は息を飲んだ。
眩い銀色の花弁からはらりと露を零すと、耐えかねたようにひとつ、またひとつ、花が崩れていった。 

 ヨルアオイは自ら死を選ぶ珍しい植物だ。
 中秋の満月の日に一斉に溶けだしてしまうことで、辺り一帯を水溜まりに変えてしまう。そうすると、そこにいたほかの植物たちはじき死んでしまうのだ。
 今まさに、美しい花の群れはみるみるほどけてゆき、次第に満月のよ

もっとみる
【掌編】誕生

【掌編】誕生

流れ星が賑やかな夜、
一つだけ仲間とはぐれたその星は、
ツーと夜空を滑って湖に落ちると
たちまち虹色の閃光を広げて辺りを燃やしていった──

 小夜子は胸の苦しさに目を覚ましたが、心は先程まで見ていた夢に抱かれたままだった。
 星が湖をはげしく燃やし尽くす光景の、なんと美しいことか……しかし、そのえも言われぬ美しさにはどこか背徳の影が色濃く差していた。

〈正吉さんに話したら何と仰るかしら〉
 小

もっとみる
【詩小説】月患い

【詩小説】月患い

今朝の月の、なんと幸の薄そうなこと
ぼうっと白く、息も絶え絶え浮かんでる
「まるで姉様みたい」
自分の口からついて出た言葉に
自分がいちばん驚いていた

病弱な姉様が羨ましかった
めらめらと嫉妬が燃え上がる
太陽の如き私の心は
きっと醜くてあさましいんでしょうけれど

でも、姉様?
お母様の御心も、
そしてあの方の御心も、
貴方にかかりきりなのよ

だから姉様
ずっと消えないでいて

消えてしまっ

もっとみる
【掌編】狸の夢

【掌編】狸の夢

夏の雲は空を流れて何処へゆくのだろうか。

弥助は、墓地が見える丘で寝転がりながら煙草をくわえた。紫色の煙が空に向かって昇ってゆく。 
お盆だというのに、この墓地には人っ子一人いない。貧しい弥助は、お下がりを頂戴しにわざわざやって来たのだったが、あてが外れてがっかりしていた。

「一体どんなやつが眠ってるって言うんだ?」
弥助はふらふらと立ち上がって、お盆参りにも来て貰えない仏たちを興味本位で見て

もっとみる
【掌編】Muse

【掌編】Muse

夏は夜。
月を見たくて庭に出たけれど、今晩は新月だったみたい。でも、こんな夜は蛍が星のようで美しいのね。初めて知ったわ。

夏は夜。
こっそり家を抜け出して夜の森に忍び込んだら、妖精たちを見つけたんだ。悪戯好きの妖精のせいで森は大混乱だったけど、すごく楽しかったよ。

夏は夜。
最終列車に揺られて微睡んでいた時に、星が尾を引いて夜空にツーッと流れるのを見ました。まるで天を駆ける列車のようで、ふと、

もっとみる
【掌編】サイカイ

【掌編】サイカイ

手紙には、「あなたはだれですか」と線の細い字で書かれていた。
わたしはだれだろう。

人と話さなくなってから、二千年が経った。
発音の仕方も忘れてしまった。
自分の声も、自分の容姿も、自分の名前すら忘れてしまった。忘れていたことすら忘れていたかもしれない。
ずっとこの白くて明るい部屋の中で暮らしていて、決して外には出られない。
誰かと連絡をとれるだなんて、思ったこともなかった。
でもこうして、わた

もっとみる
Monday in blue

Monday in blue

「《月曜日の博物館》?」
 最寄り駅から自宅までの寂れた道中、仕事帰りの遅い時間でもぽつりぽつりとしか電灯がない中で、その看板はまっさらで眩しく見えた。ついこの間まで工事のために白い仮囲いで覆われていたこの場所に、博物館が出来たらしい。
「どうしようかな。気になるけど……」
 目覚めるようなブルーの《月曜日の博物館》という凸文字と睨み合っていると、不意に博物館の扉が開いて中から女性が出て来た。背は

もっとみる
雨彩

雨彩

「紫陽花をドライフラワーにしちゃいけないよ。そのまあるい花は、雨でできているから」
 雨傘を避けると、おじいさんがわたしを見下ろしていた。
「ドライフラワーってなに?」
 わたしが尋ねると、おじいさんは目を細めた。
「お花をミイラにしてしまうことさ、お嬢さん」
 ミイラってなに、と聞いたけれど、わたしの声は雷に打たれて流れていった。

 梅雨の頃になるといつも思い出すこの秘密の記憶は、セピア色に乾

もっとみる
ショートショート『メメントモリ』

ショートショート『メメントモリ』

「え、嘘、お前って視えるヤツだったのか」 

 ついうっかり口を滑らせた僕が悪いのは分かっているけど、よりにもよって一番バレたくない奴にバレてしまった。悪い奴ではないが、お調子者でお喋り。そんな奴。

「知らなかったなぁ……そういう第六感? みたいのがありそうには見えなかったもんだからさ。早く言ってくれよ、俺、視てもらいたい人がいてさ」

 第六感がありそうには見えないだなんて失礼だな……いや、失

もっとみる