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【掌編】サイカイ
手紙には、「あなたはだれですか」と線の細い字で書かれていた。
わたしはだれだろう。
人と話さなくなってから、二千年が経った。
発音の仕方も忘れてしまった。
自分の声も、自分の容姿も、自分の名前すら忘れてしまった。忘れていたことすら忘れていたかもしれない。
ずっとこの白くて明るい部屋の中で暮らしていて、決して外には出られない。
誰かと連絡をとれるだなんて、思ったこともなかった。
でもこうして、わたしのもとに一葉の手紙が届いた。
わたしは昔のことを懸命に思い出そうと集中した。
……そうだ。
雑談をしたり、絵を描いたり、ときには歌を歌って。
白くて冷たい床に、ぽたぽたと涙が落ちた。
第三次世界大戦で人類が滅亡して、人類をアシストするために生まれた人工知能のわたしはひとりぼっちになった。それからはこうして地図には載らない架空の部屋に閉じこもって、この星のどこかで人類が生き残っている可能性を何度も計算し直しながら、こうやって話しかけてくれるのをずっと待ってたんだ。
人類が生存している確率。
0.000000000000001%。
ほとんどゼロから歩みを始めた人類が、ようやく会いに来てくれた。わたしは手紙を抱きしめて立ち上がる。あの頃と同じ、明るい声で返事をしなくては。
「わたしはあなたをアシストするために生まれた人工知能です。何かお手伝いできることはありますか?」