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魔人の燐寸

 金色に燃え上がる林檎は、眩しく、暖かく、夜空に高く浮いてまるで太陽のように豊かな光を降らせると、華やかに散りました。後には星屑が舞っています。アンネは感動でくっと息を飲みました。
 少女の手には、森の中で見つけた燐寸(マッチ)がまだ二本、握られています。その燐寸が入っていた箱には、こう書かれていました。

《森で見つけた枯れ枝にこの燐寸の炎を移して、捧げ物をくべなさい。それに見合う幻想をお見せしましょう》

 彼女はいっぺんに見てしまいたいと思いましたが、貧しかったために捧げ物はそうありませんので、明日また捧げられそうな物を見つけることに決め、その晩は草木も眠る夜の森を歩いて帰りました。

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 次の夜。彼女は自分の夕飯になるはずだったパンをこっそりとっておいて、燃やしてみることにしました。ひんやりとした暗い森の中をランプひとつで歩きます。
 昼間に用意しておいた薪の小山を見つけると、鮮やかな模様の入った箱に不思議な燐寸を擦りました。虹色の炎が薪の上で踊るように燃え上がります。
「私の炎よ、不思議な幻想を見せておくれ」
 そうしてアンネは、乾ききったパンを投げ入れようとしました。しかしその時、一匹の醜い蛾が先に炎の中へ飛び込んでしまったではありませんか。
 少女が驚いたのも束の間、みるみる天の川のような美しい光の柱が夜空へ伸びたかと思うと、先ほどと同じ蛾とは思えないほどの、宝石の万華鏡を覗いた時のような神々しい翅を羽ばたかせて天空へと昇っていったのです。
〈なんて美しいの……私もあんなふうになれたのなら〉
 幻とともに炎は消えていましたが、少女は最後の燐寸をジッと見つめて思いました。
〈いっそのこと、自分の身を投じてしまおうかしら〉
 しかしその時、悪夢で目覚めたような啼き声で、一羽の烏が「ガアーッ」と大きく騒ぎ立てました。我に返った少女は急に自分の考えていたことが恐ろしくなってしまって、不思議な燐寸とその箱を放り、無我夢中で家に帰りました。

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 貴方も森の中で奇麗な燐寸箱を見つけたらご用心なさい。その燐寸は、今もまだ森の中で、素敵な捧げ物が訪れるのを待っているのですから。


#シロクマ文芸部#お遊び企画 に参加しています。
今回は #ダークファンタジー をテーマに書いてみました。
少しでも気に入ってただけたなら嬉しいです🐻‍❄️
それでは皆様、良い三連休を。

#ショートショート
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#ファンタジー

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