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📖掌小説✏️「罪と罰」(ある犯罪者の手記より)

[1]発端

「勝崎さん、一杯どうだい?」
「天井さん、もう十分飲みましたから」
天井さんとは近所の飲み屋で知り合った。たまたま入った飲み屋であったが、会った瞬間に意気投合し、お互いの家に遊びに行く間柄になった。

「日本もあの戦争のとき、R帝国じゃなく、A帝国に支配されていたらねぇ」
ことあるごとに天井さんは語った。
「勝崎さんだって、優秀な学生さんだよね?ちょっとの差だったんでしょ?」
「そうですね。あと一点あれば、エリートになれていたのですが...」
「まぁ、またチャンスはありますよ。じゃあ、今日はこのへんでお暇させてもらうよ」
そう言い残して、天井さんは去っていった。

[2]1人残された部屋で

天井さんが帰ったあと、私は考えた。
一方で、私のような優秀な学生が生活苦に陥っている。
その一方で、他人から質草を預かり、払えなければそれを流す、あの老婆のような暴利を貪る人間がいる。それっておかしくないか?
私があの老婆を殺し、その金をもっと若い有能な人物に分配することができたなら...世の中はもっと明るい場所になるに違いない。そうだ、私は間違っていない。いつの間にか、私の妄想は確信に変わっていた。やってやる!!

[3]日没間際に

私は天井さんとこの前に会ったあとから、「質草」老婆を殺す計画を練りに練った。老婆の家の間取りは、この前、質草を預けに行ったとき、入念に覚えこんだ。
あの老婆の頭をかち割るための斧は、員数管理の緩いキャンプ場から盗んでおいた。薪割り用だから、柄の部分が若干長いが、まあいいだろう。一気に老婆を仕留めてやる。
老婆の店までのルートもしっかり頭に入っている。あとは、実行するのみだ。

老婆のいる四階の一室へ向かった。

「すみません。先日伺った勝崎ですが。新しい質草をもってきました。これなんですが。」

「まあ、いつもいつも下らない質草をもってくるよね」

「そんなこと言わないで、よくみてくださいよ」

手垢にまみれたメガネで私の質草を調べているとき、私は老婆の脳天めがけて、思い切り斧を振り下ろした。

思ったより、力が入らなかったが、老婆はよろめく間もなく、あっさりと床へドスンと落ちた。へ、ざまぁみろ!
その時、微かに入り口の方で物音がした。「ヤバい、入口をロックするのを忘れていた。何回も脳内リハーサルをしたはずなのに。」

私はとっさに、タンスの中に隠れた。
タンスの隙間から、部屋に入ってきた人物が見えた。
「えっ、まさか!」私は目を疑った。天井さんの娘の一番の仲良しの女の子ではないか!一度しか会ったことはないが、可愛らしい女の子である。タンスの隙間からだからよく見えないが、女の子の表情が恐怖に変わっていくのが理解できた。

さぁ、どうする?このままずっとタンスの中に隠れてはいられない。やるしかない。
私は、そっとタンスから出て、女の子の後ろから、2回目の斧を振り下ろした。
予期せぬ殺人。やってしまった!

[4]再会

二人を殺害したあと、しばらくの間、平穏な日々が続いた。私は間違っていない。しかし、二人目の殺人は必要なかったのでは?

「勝崎さん、聞いた?二人の女性が殺された事件。酷いことする奴っているもんだねえ」

「ええ、まったくです。金も奪わず、ただ殺しただけですものね」

「だよね。何のために殺したんだか」

「天井さん、今日はありがとうございました」

「もう帰るの?」

「はぁ、忙しいものでして」

「そっか、わかった。まさかキミじゃないよね?」

「なんのことでしょう?」

「ごめん、余計なこと言った。さようなら」

私はそのまま、まっすぐに家路についた。なにか勘づかれたか?

[5]葬式

突然のことに驚いた。天井さんが交通事故にあって死んでしまった。葬式が終わってから、天井さんの娘の双似さんと話をする機会をもった。

「父は、変な人でした。私が生まれるとき、双子のうち1人の子が死んでしまったからって、私に双似(そうに)なんて妙な名前を付けるくらいですから」

「そうだったんですね」

「おまけにずっと貧乏で。私がソープで働くようになったのも父のせいなんです。でも、優しいお父さんでした」双似さんは淡々と語った。

「ソープ嬢と知りながら、理沙さんは私を受け入れてくれました。あんなにいい子が殺されたあとに、父まで事故で失うなんて。世の中、間違っていますよね?勝崎さん」

「でも、仕方のないことですね」
私は、逃げ出したい思いにかられながら、平静を装った。

[6]エピローグ(網走にて)

私は今、この刑務所にいる。いまだに老婆を殺したことは間違っているとは思っていない。しかし、老婆の娘の理沙さんを殺害してしまったことは、どう考えても正当化できなかった。

実刑7年。罪のない人物を殺してしまった割には、寛大な判決だった。
聞いたところによると、私の減刑を求めて、双似さんが尽力してくれたとのことである。

世の中、不条理で出来ている。それでも、なぜ、暴利を貪る老婆を殺してはいけないのか?
私にはまだよく理解できていない。しかし、理沙さんは「老婆」から生まれたとはいえ、まったく非のない女の子だった。私はきっと、いけないことをしてしまったのだろう。

でもまだ解せない。私が老婆を殺したのは本当に悪いことなのだろうか?

犯罪者にも生活がある。私はここで生活するしかない。



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山根あきら | 妄想哲学者
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします