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#短編小説
【敗者の街番外編】I love your warmth.
アンが熱を出した。
「ただの微熱だし心配いらない」と本人は言っていたが、どうしても心配で病院に連れていくと、診断はごく普通の風邪だった。ひとまず安心したが……帰りの車の中、助手席でぐったりしている姿を見ていると、また不安になってくる。
「……大丈夫か、ほんとに」
「大したことない」
強がっているようには見えないが、アンの「大したことない」ほど信用できない言葉はない。
一定の苦痛を超えると
【敗者の街番外編】ある罪人の記憶
「あれ、どうしたの?」
パリの喫茶店で、その男は突然話しかけてきた。
「……いきなり、何ですか」
「いや、浮かない顔してたからさ」
亜麻色の髪に、水底のごとく蒼い瞳。長い睫毛、整った鼻筋に薄い唇。すらりと長い痩身の手足。見るからに「美青年」といった顔立ちだが、クロックムッシュを頬張りつつ初対面の相手に話しかける姿は不審者そのものだ。……見覚えがある気もするが、フランスの地を踏んでからは
【敗者の街番外編】ある罪人の贖罪
ある日突然、兄さんが知らない青年を連れてきた。
「レヴィくんって言うんだけど、たぶんブライアンと同い年だよ。友達になれるんじゃない?」
ガーネットのような深紅の長髪を縛った青年の名前は、レヴィと言うらしい。
面会室のガラス越しに初めて見た彼は、口元を真一文字に引き結び、眉間にしわを寄せていた。
「ともだち……?」
「そう、友達。ずっと検査とか聴取ばかりで、寂しいでしょ」
さみし
【敗者の街番外編】嵐の前に、
私の弟は、不思議だ。温厚な青年に見えるが、どこか掴みどころがない。
他人にも身内にも親切に接するくせに、自らを「人間嫌い」だと称する。……私には、そこがよくわからなかった。
「……あ。ちょっと待ってて、行ってくる」
久しぶりの休暇でのことだった。4つ下の弟……ローランドは足を挫いた女性に声をかけ、手早くタクシーを呼んだ。
スムーズに人助けをこなした後、涼しげな顔で帰ってきた彼に、疑問に
【敗者の街番外編】たまにはギャンブルでも
ㅤ手札を眺め、青年は紫煙を吐き出した。
灰皿を指で引き寄せ、灰を落としたついでに燃え殻を指から離す。
「……お前さん、弱いのか強いのか分からねぇな」
ㅤ対峙する相手は、数段低い位置からそう告げた。
「…………え?ㅤ何?ㅤ何か言った?」
「ったく……気まぐれな野郎はこれだからよ」
ㅤ苦笑しつつ、少年はだぼついたコートを羽織り直す。
ㅤテーブルに散らばったカードを指で無造作にいじり、青年は告げ
【敗者の街番外編】Je t'aime ma femme.
僕が恋に落ちた日の話をしようか。
あれは、路上のマーケットで手作りの仮面を売っていた時のことだったかな。
僕はその時仕事をクビになったばかりでさ、とりあえず特技で生計を立ててみようと思い立ったはいいものの、さっぱり売れなかったんだ。
でもほら、僕って才能あるでしょ? 両親ともにそれは認めていて、「まあ何とかなる」って思ってくれてたんじゃないかな。いや、その時にはもう二人共死んでたんだけど
【敗者の街番外編】初めて憎んだ君へ、ありったけの愛を
「あ、イカサマしたでしょ」
「……さて、どうだかな」
対峙する少年の口元には、ニヤニヤと笑いが張り付いている。焦りも、驚きも、その表情からは読み取れない。
自分の手札と睨み合って、煙草の灰が落ちかけていることに気付いた。灰皿に持っていき、エメラルドの視線に気付く。
「死んでも煙草を吸えるたぁね」
「むしろ、煙吸うくらいしかできないんだよね。胃腸はさすがに動いてないよ?」
いや、でもどう