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【敗者の街番外編】春の思い出

 あれは、僕がまだ幼かった頃。
 ロジャー兄さんが生きていて、ロー兄さん……アン姉さんがまだ成人していなかった頃の話。

「ばあや!」

 その日は朝起きて、真っ先にばあやの元へ駆け出していた。

「今日はイースターだよ! イースター・エッグはもう買ってある!?」

 当時、僕のお気に入りのキャラクターがチョコレートメーカーとコラボして、期間限定のイースター・エッグが売り出されていた。
 テレビコマーシャルでそれを知った僕は、一週間前からばあやに頼んでイースター当日のアフタヌーンティーにそのチョコレートを出してもらうことにしたんだっけ。

「もちろん買ってますよ、ロバート坊ちゃん」

 ニコニコと笑って、ばあやはお皿にたくさん乗った卵型のチョコレートを見せてきた。包み紙が大好きなキャラクター柄で、テレビで見たコラボ商品だとすぐわかる。

「箱は!? 箱は捨ててないよね!?」
「ええ、ちゃあんと取ってありますからね」
「やったー! ……一つだけ、味見してもいい?」
「でも、それじゃ午後のお楽しみが減っちゃいますよ?」
「う。じゃあ我慢する……」

 イースターは「春分の日の後、最初の満月の次の日曜日」で、それに合わせて学校も2週間くらい休みになる。
 毎年その期間はロジャー兄さんも家に帰ってきていて、必ずと言っていいほど妻のローザ義姉さんとどこかに出かけていた。……確か、節目の21歳が近くて、正式に式を挙げる話も出ていたように思う。

「そういえば、ロジャー坊ちゃんもローランド坊ちゃんもお寝坊みたいですねぇ」

 ふと、2階の方を見上げ、ばあやは困ったようにぼやく。

「二人とも朝弱いから……」

 特にロー兄さんは、朝の太陽が嫌いらしい。晴れた日ほど、なかなかベッドから出てこない。
 ロジャー兄さんはというと、夜寝るのが得意じゃないんだったっけ?

「おやおや、これじゃ、今日も朝食でなくブランチになってしまいますかね」
「起こして来ようか?」
「いいえ、構いやしませんよ。せっかくのお休みですからね。実はね、新作のシリアルを買ってあるんです。お二人に内緒でこっそり食べちゃいましょう」
「ほんとに!?」

 そんなこんなで、ばあやと朝ご飯を食べた。
 母さんは体調が良くないとかで部屋にこもりがちだったし、父さんはどこかの資産家と会合か何かでしばらく家を開けていたけど、ばあやがいるからあまり気にしていなかった。



 ***



 食べ終わってしばらく話をしていると、玄関のベルが鳴る。しばらくして、ロッド兄さんがばあやに連れられてやってきた。

「……ども……」

 いつもみたいに陰気な顔で、ロッド兄さんは隅の方の椅子に座った。
 休みの日ほど、ロッド兄さんはウチに来ていて……なんでもお母さんと顔を合わせたくないらしく、ばあやも事情を知っているからか親切だった。

「ロデリック坊ちゃん、朝ご飯はもう食べましたか?」
「……要らねっす。腹減ってないんで」
「あらまぁ。育ち盛りなんですから、ちゃんと食べないと」
「や、マジで大丈夫なんで……」

 ロッド兄さんはなんだかんだ言いつつも、シリアルを出されたら全部綺麗に平らげた。
「美味しいでしょ」と僕が言えば、「おう」と頷く。

「ロッド兄さんが来てくれてよかった! ロジャー兄さんもロー兄さんも、まだぐっすりなんだもん」
「……ほんとロブってガキだよな」
「だって子供だし!」

 やいのやいの騒ぎつつボードゲームで遊んでいると、ロジャー兄さんが階段を駆け下りてきた。

「ロバート、今は何時かね!?」
「腕時計見たら?」
「……!! さすがは私の弟だ、忘れ物を言い当てるとはな!」

 ……と、思ったら瞬く間に駆け上がっていった。数分後、2階の方でノックの音と「ロー!! 私の時計を知らないかね!!」という声が聞こえてくる。
 しばらくして、ロー兄さんと一緒になって降りて来た。

「……知らなかった。もしかして俺、時計探しのスペシャリストに思われてた?」

 眠そうな目を擦りながら、ロー兄さんは不満げにぼやく。

「済まない。後で土産を買ってくる」

 ロジャー兄さんはというと、どうやら時間に余裕があったらしく、ほっとした様子だった。
 視界の隅で、ロッド兄さんがそそくさと襟を正す。……なんとなく、その理由には僕も心当たりがあった。言わなかったけどね。

「お二人共、ブランチができていますよ」
「はーい。あ、ロッドもいるんだ」
「おお、スコッチエッグか。確か、クレイグの得意料理だったかね」

 イースター休暇の時期、4人で食卓を囲むのは珍しくなかった。
 朝起きるのが遅かったり、夜に予定があったりはしたけれど、ブランチの時間はみんなで過ごすことが多かった気がする。この日はアンダーソン家はアンダーソン家で集まって過ごしていたけど、日によってはローザ義姉さんやロン義兄さんも同じ場にいた。
 だから僕は、ブランチの時間が大好きだった。

「ローランド坊ちゃん、シャツのボタンをかけ違えていますよ」
「……あ、ほんとだ。寝ぼけてたのかな。ありがとう、ばあや」
「……!?」

 ばあやがロー兄さんのシャツのボタンをかけ直していると、ロッド兄さんの顔が真っ赤になる。……すごく、わかりやすい。

「どうしたロデリック。熱でもあるのかね」
「ロッド兄さん、もしかしてヘンタイ?」
「ロブこの野郎……後でチェスやんぞ」
「うっわー! 大人げない!」

 その頃のロッド兄さんと僕のチェスの腕前は、比べ物にならないくらい差があった。……当然、食後の試合もボロ負け。

「うう……本気でやられた……」
「ロバートもまだまだだな! 私ならばロデリックにも勝てる」

 ロジャー兄さんが余計なことを言ってくるので、睨んでおいた。

「張り合ってる場合か。遅刻すんぞ」

 そこで、ロー兄さんが助け舟を出してくれる。
 ロジャー兄さんはハッと腕時計を見、コホンと咳払いしてネクタイを整えた。

「そうだったな。……では、その、私はローザとデートに行ってくる」
「何緊張してんだ。何回目だよ、デート」
「緊張などしていない。これは……あれだ。大いなる愛の喜びだ」
「訳わかんないからさっさと行ってこい。待たせる愛と待たされる愛、どっちがいいの?」
「……うむ、そうだな。行ってくる」

 ロー兄さんに促され、ロジャー兄さんは春物のコートを掴んでそそくさと玄関の方へ向かった。
 ローザ義姉さんがアンダーソン家の方に戻っているから、向こうでティーパーティーをした後にドライブするんだとか、何とか。

 ロジャー兄さんが出かけた後、家の中は一気に静かになった。

「……じゃあロブ、ロッド、何かしたいことある?」

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