【敗者の街番外編】嵐の前に、

 私の弟は、不思議だ。温厚な青年に見えるが、どこか掴みどころがない。
 他人にも身内にも親切に接するくせに、自らを「人間嫌い」だと称する。……私には、そこがよくわからなかった。

「……あ。ちょっと待ってて、行ってくる」

 久しぶりの休暇でのことだった。4つ下の弟……ローランドは足を挫いた女性に声をかけ、手早くタクシーを呼んだ。
 スムーズに人助けをこなした後、涼しげな顔で帰ってきた彼に、疑問に思っていたことをそれとなく聞いてみた。

「人間が嫌いなら、放っておけばいいのではないかね」

 きょとん、と緑がかった青い瞳が見開かれた。

「何言ってんだ」

 呆れたようにため息をつき、ローランドは睨むように私を見上げた。
 こいつは、私に対しては時々辛辣になる。それだけ信頼されているのだろうが、本人に伝えると「ばかなんじゃないの」と言われるので黙っておく。

「俺の好き嫌いで、他人の権利が左右されちゃたまったもんじゃない」
「……なるほど……?」
「絶対わかってないだろ」

 図星だ。だが、そもそもローランドは案外面倒でややこしい性格をしている。つまり、分からないのがむしろ当たり前だ。致し方ない。

「さすがは私の弟だ。よく理解している」
「なんで偉そうなんだよ……」

 そこで言葉を切り、ローランドはしばし考え込む。どうやら、言語化に困っているらしい。

「……例えば、生活に困窮している時や災害時に救助を求めたとして、それが救助者の好き嫌いに左右されるのはまずいだろ」

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