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竜宮城からの招待状(パスポート)本編

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創作大賞2024ファンタジー小説部門に応募した『竜宮城からの挑戦状(パスポート)』本編全17話をまとめているマガジンです。
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#小説

竜宮城からの招待状(パスポート) 1話 むかしばなしのような出会い

あらすじ  六〇〇年前に浦島太郎が実在した日本。  玉手箱を所有する一族の子孫・浦島慶汰は、姉の海来が植物状態になって落ち込んでいた。  そんなある日、竜宮城から追放されたお転婆王女・アーロドロップと出会う。彼女は追放処分を覆すため、玉手箱を求めていた。  玉手箱には浦島太郎を老化させるほどの異質な力があり、それを応用すれば海来を救えるかもしれない。  それを知った慶汰は、アーロドロップに玉手箱を託そうとするが、その力が暴走し……⁉  玉手箱をコントロールするには、乙姫様が

竜宮城からの招待状(パスポート) 2話 浦島一家の末裔

 翌朝も猛暑日だった。じっとりとまとわりつくような寝汗をシャワーで流して、ある程度夏休みの宿題に手をつけながら時間を潰し、慶汰は一人、家を出る。  家から鎌倉駅へと自転車で向かい、電車とバスを乗り継いで、都合一時間半の時間をかけて、大きな総合病院の入院病棟へと足を運んだ。  目的の病室は一人部屋だ。洒落っ気のないベッドに若い女の人が横たわっていて、生命維持に必要な様々なものが残酷に繋がれている。  血の繋がった家族だというのに、部屋に入った直後に見る姉の姿は、まったく無縁な別

竜宮城からの招待状(パスポート) 3話 うらしまたろうの歴史

 スーツを新調した翌日。慶汰は日課の姉へのお見舞いを終えた後、浦島太郎資料館を目指して電車に乗った。初心に返って、浦島家の研究している浦島太郎のことをもう一度調べ直すことが目的だ。  そう決意して最寄り駅で下車し、資料館に続く道を歩いていると、脇道のあるところで突然足になにかが引っかかる。 「うお!?」 「きゃっ!?」  バランスを崩した慶汰は、咄嗟になにかを掴んだ。透明な、肌触りのいい布の感触。続けて胸にのしかかってくる確かな重み。  右の足首がビリッと痛んで、全身が強張る

竜宮城からの招待状(パスポート) 4話 アーロドロップ・マメイド・マリーン

「あたしたちが生きる地球という惑星のコアは、龍脈を絶えず生成しているわ」  アーロドロップは、努めて慶汰にわかりやすいように説明していた。  龍脈は、自然、力学的、科学、波――あらゆるエネルギーそのものに干渉する龍脈エネルギーを持っている。それ故にひどく不安定で、地殻の外に滲み出るとすぐに海水に溶けてその力を失ってしまう。  ……だが、遙か太古の時代。地殻にわずかな穴があいて、龍脈が海底を突き破って噴き出した。結果、海底に巨大な空間が広がり固着して、異空間として独立した。その

竜宮城からの招待状(パスポート) 5話 たまてばこのポテンシャル

 浦島太郎資料館に併設された喫茶竜宮城の中、慶汰は時折相槌を打ちながら、アーロドロップの話を聞いていた。  アーロドロップが大きく呼吸したタイミングで、慶汰はストローを口に咥える。  無意識に吸ったアイスコーヒーが、さっきより冷たく感じた。 「――ま、そんなところよ」 「つまり、うっかりミスで追放されたってことか……」 「わざわざ繰り返さないでくれる……!?」  アーロドロップから睨まれて、慶汰は苦笑した。 「ごめんごめん。それにしてもアロップの作ったモルネアが人格を宿したA

竜宮城からの招待状(パスポート) 6話 タイムスリップの仕組み

 アーロドロップが泣き止んだ後、慶汰は彼女を自宅に上げた。五センチは歯があった下駄からスリッパに履き替えたので、慶汰の肩の高さに彼女のつむじがくるほどの身長差になる。下駄は慶汰の部屋に隠すことにした。  キッチンで紙パックのジュースを二人分注いで、ダイニングテーブルに座る。すると、アーロドロップがぽつりと呟いた。 「モルネア……」 「あの玉手箱、龍脈を蓄えて龍脈術を使えるって仕組みは、乙姫羽衣と同じなんだろ? だったら、今までアロップのネイルコアにいたように、今もモルネアは玉

竜宮城からの招待状(パスポート) 7話 地上最後のパーティー

 翌朝、慶汰はアーロドロップと共に、海来の病室を訪れていた。  ベッドに横たわる姉は今日も、相変わらず生気を失ったように眠っている。心電図モニターが、無機質な音を虚しいリズムで淡々と鳴らしているだけ。  二人分のパイプ椅子を並べた慶汰は、今にも崩れてしまいそうな海来の手を布団から少しだけ出した。 「姉さん。いよいよ、〝りゅうぐう〟竣工記念パーティーの日が来たよ。それで……急なんだけど、俺、明日からしばらく来れなくなるかもしれないんだ」  瞼はぴくりとも動かない。 「我が家の倉

竜宮城からの招待状(パスポート) 8話 いざりゅうぐうじょうへ!

 辺り一面、大海原。  空には白い雲が浮かび、じりじりと朝日が上昇している。  少々シュールな絵面だが、慶汰は今、玉手箱を抱えた格好で、海面を撫でるように飛んでいた。目に見えない龍脈の薄い膜が慶汰を包み、服も肌も髪も、まったく濡れずに海水を弾いている。  いつだったか高速道路を走っていた時、助手席の窓ガラスに顔を貼りつけ、路面を見下ろした感覚――それよりも速く、海面が視界を過ぎ去っていく。  海上保安庁の神保曰く、来る時のアーロドロップは六〇ノットの速度が出ていたそうだが、そ

竜宮城からの招待状(パスポート) 9話 称号・発明王女返還式

 キラティアーズと自己紹介を交わした翌日。  さっそく、アーロドロップの帰還を受けて、剥奪された称号の返還式が執り行われることになった。  式典行事ということで、慶汰は寝間着の浴衣から、紺色の着物に着替えている。蛇や龍の鱗のような模様が、かっこよくあしらわれているデザインだ。  高級そうな深い青の絨毯と、堅牢かつ芸術的な鉄の壁。ゆったりと五段高くなった先に豪華な玉座があり、そこにアーロドロップの母親が堂々と座っていた。玉座の左には、磨かれた台座の上に、白銀に輝く王杯が、威厳を

竜宮城からの招待状(パスポート) 10話 慶汰の覚悟とモルネア争奪戦

 キラティアーズと、アーロドロップのサプライズバースデーの計画を練ったのが、もう三日前になる。さすがに忙しいのだろう、称号の返還式以来、アーロドロップと顔を合わせることはできていない。  地上との時間差は、竜宮城の方が速いまま、一日ごとに差が少しずつ縮まっている。  一昨日は竜宮城で一日過ごしても地上では十時間も経過していない計算だったが、昨日は竜宮城の一日が地上での十時間半程度になった。  つまり、こちらで二日過ごしても、まだ地上は一日を終えていないということだ。ただし、そ

竜宮城からの招待状(パスポート) 11話 老化現象解明の手かがり

 薬事院の外に、アーロドロップが背中を向けて立っていた。暗い夜の中、オレンジ色の外灯と、建物の窓からこぼれる照明が、二人を照らす。 「アロップ! 無事だったか!」  慶汰が声をかけると、アーロドロップは大きくびくりと背筋を伸ばす。落ち着きなく振り袖が揺れたが、振り向くわけではなく、そのまま両手で顔を覆った。 「泣いてるのか……?」  不思議に思いながらも左から回り込む。すると、さっと身体ごと捻って背中を向けられた。  両手で顔が隠れて表情こそ見えなかったが、ちらりと見えたアー

竜宮城からの招待状(パスポート) 12話 龍迎祭のジンクス

 アーロドロップを龍迎祭に誘ってから、五日が経った頃。  慶汰は書庫に足を運んでいた。読書スペースの一角を借りて、いくつか資料を積んでいる。  慶汰の選んだ資料は、いずれも紙束の長辺に二つ穴を開けて綴じ紐を通したものばかり。  竜宮城の文字はほとんど読めないが、今慶汰が闘っているのは、数字とグラフの資料であり、書いてある文字や数字くらいならなんとか読めるようになってきた。 「ええっと、この曲線が、竜宮城から見た外界の時間の速度の変化を表しているわけだから……」  手元のノート

竜宮城からの招待状(パスポート) 13話 おとひめさまのアプローチ

 遥か大昔、竜宮城内が長く厳しい寒冷期を迎えたことがある。  気温は常にマイナスで、作物は育たず、霜が家を浸食し、人々は飢えと寒さに凍えながら、誰もが破滅を覚悟していた。  そんな時だ。突如として、竜宮城のあちこちから、熱い蒸気が噴き出した。濃密な龍脈を孕んだその蒸気は、世界中の霜を溶かし、作物を育み、人々を温める。  ――きっと、この惑星の中核に生きる龍神様が、我々のことをお救いくださったのだ――。  人々は救いの龍神様に感謝の意を表するために、その感謝を後世に伝えるために

竜宮城からの招待状(パスポート) 14話 告白

 最後に、キンキンに冷えた瓶のブルーサイダーを買って、地図に示された場所へ移動する。会場の端、雑木林を抜けた先に、切り開かれた空間があって、ぽつんと小さなベンチが設置されていた。  そのエリアの入口を封鎖するように、ジャグランドが腰の後ろに手を回して立っている。何も言わず、道を空けて腰を折るジャグランドに、アーロドロップは「ありがとう」とお礼を告げて進んでいく。その様は、いかにも王女とその従者だ。  慶汰もお礼を告げるが、ジャグランドは同じように上躯を傾けるだけ。沈黙を守った