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竜宮城からの招待状(パスポート) 9話 称号・発明王女返還式

 キラティアーズと自己紹介を交わした翌日。
 さっそく、アーロドロップの帰還を受けて、剥奪された称号の返還式が執り行われることになった。
 式典行事ということで、慶汰は寝間着の浴衣から、紺色の着物に着替えている。蛇や龍の鱗のような模様が、かっこよくあしらわれているデザインだ。
 高級そうな深い青の絨毯と、堅牢かつ芸術的な鉄の壁。ゆったりと五段高くなった先に豪華な玉座があり、そこにアーロドロップの母親が堂々と座っていた。玉座の左には、磨かれた台座の上に、白銀に輝く王杯が、威厳を示すように存在感を放っている。
 慶汰は、アーロドロップの左後ろで、女王陛下を見上げるように、片膝を突いて頭を垂れていた。靴はなく、白い足袋に二本の歯の下駄を履いており、歯が短いとはいえ気を抜けば転びそうである。
「よくぞ、玉手箱を持ち帰ってくれました。アーロドロップ・マメイド・マリーン」
 ハイドローナ・マメイド・マリーン乙姫陛下は、娘二人とそっくりな銀髪碧眼の美女だった。年は慶汰の母の渚紗より若そうだ。
 ハイドローナの乙姫羽衣には、胸元で金色のバッジが二つ輝いている。
「その成果を認め、剥奪した身分を附与します」
 粛々と進む式の流れに従い、アーロドロップが一人、立ち上がる。段々になったところの手前まで進んで、足を止める。
 アーロドロップは玉座を見上げて、顎を引くように頭を下げた。両手はストールの端を持ち、胸の前で合わせている。
 すると、端に控えていた紅い髪の少女が動き出す。青緑色の華やかな振り袖に、白いエプロンを着けた人だ。指輪ケースを少し大きくしたようなものを両手に乗せて、アーロドロップの横に立った。
 アーロドロップが身体ごと九十度横に向き直る。
 頷いたハイドローナが、厳かに言った。
「称号〝発明王女〟」
 ケースの中から金色のバッジが浮かびあがる。紅い髪の少女の浮遊術なのだろう。
 シャンデリアの形をしたそれは、悠然と空中をスライドして、アーロドロップの左胸、乙姫羽衣の水色の羽織にくっついた。
「謹んで拝受します」
 アーロドロップの横顔がとても幸せそうで、慶汰までつられて頬が緩む。
「本当に……よくぞ帰ってきてくれました。アロップ」
 優しさの宿ったハイドローナ乙姫様の声を聞いたアーロドロップは、顔を綻ばせて頷いた。
「はいっ。母上っ!」
 歳相応の元気な返事に、臣下たちも表情を緩める。
 張り詰めていた厳かな緊張感が、少しだけ和らいだ。その空気感のまま、ハイドローナの視線が慶汰へ向かう。
「浦島慶汰様、でしたね。大切な娘を助けていただき、感謝してもし尽くせません」
 話しかけられ、慶汰は咄嗟に立ち上がる。
「い、いえ!」
 こういう時、動作やしぐさは不敬になるのだろうかと心配になって、慶汰は直立不動で答えた。
「国のトップという立場上、経緯も経緯だったので、表立って擁護するわけにもいかず……本当にもどかしい思いをしていたのです。こうして公の場で娘と会話できることが、どれだけ幸せなことか……!」
 ハイドローナは瞳に涙を浮かべていた。震えかけた声を誤魔化すように、彼女はひとつ咳払いする。
「アロップから貴方の事情についても伺いました。お姉さんが意識不明の重体で、玉手箱を用いた龍脈術での治癒を試みたい、と」
「は、はい! ご助力、願えませんか……?」
 政治的なコミュニケーションは苦手だ。おそるおそるといった様子の慶汰に、ハイドローナは優しく微笑む。
「もちろん、そのつもりです。ですが、玉手箱に関しては我々も未知数。できる限り手を尽くしますが、果たしてそう都合のいいものかどうか……」
「乙姫陛下。それはわたくしに任せていただけませんか?」
 アーロドロップが横から割り込み、ハイドローナが頷く。
「なにか手立てがあるのですか?」
「打てる手はあります。玉手箱の中には、地上の伝承を記録したモルネアが閉じ込められているので、無事なら有力な手がかりになるかと。それと、〝発明王女〟の称号が戻ったということは、再びシードランの再結成も可能ですね?」
「ええ」
「であれば、以前わたくしが玉手箱の入手のためにここを発つ際、姉上が見つけてくれた資料もください。シードランに古文書の解析が得意な部下がいます。解析させて、玉手箱の龍脈術に迫る手がかりを探させます」
 堂々と段取りを示すその姿は、十三歳とは思えない迫力を放っていた。
「わかりました。そういうことなら、浦島慶汰様への恩返しの件については、正式にアーロドロップに一任しましょう。……ですが、くれぐれも前のような失態には気をつけなさい。今回は奇跡的に生還できましたが、本来であれば貴方はもう王家から永久追放されていたのですよ」
「……肝に銘じます」
 いくらなんでも責任が過酷ではないか、と心配になった慶汰だが、それが竜宮城の王族に求められるあたりまえなのだとすれば、口出しするのも憚られる。
 なにより、真剣な顔で熱弁する彼女の姿に、目を奪われていた。

 アーロドロップはこれから一気に忙しくなる。右も左もわからない慶汰がいては、フットワークが鈍くなってしまうだろう。そう懸念したキラティアーズが、慶汰の面倒を見てくれることになった。
 称号の返還式の直後、アーロドロップと別れた慶汰とキラティアーズは、王城の外の庭園を歩いていた。今後しばらく、慶汰が一人で動いていい範囲を教えてもらうためだ。
 庭園はどこを見ても丁寧に手入れされており、広い花壇がゆったりと幅を開けて並んで、直線と交差点の道を作っている。道行く人を楽しませるように咲く色とりどりの花は、地上の植物に比べて色が淡く、薄い部分と濃い部分のグラデーションが鮮やかで、ここは日本によく似た異世界なのだと、はっきり自覚させられた。
「キラティアーズさんも、公務があるんですよね。俺がいたら迷惑じゃないですか?」
「寂しいことを言わないでください。それに、こういう言い方は他人行儀であまり好みではありませんが、貴方をご案内することもわたくしの大切な公務ですよ。貴方は地上からの来訪者で、王女を救った命の恩人ですから」
 慶汰が思っている以上に、慶汰の存在は竜宮城にとってイレギュラーなのだろう。慶汰が相槌を打つように頷くと、キラティアーズは柔らかく微笑んだ。
「仕事でなくても、妹を助けてもらった姉として、恩返しはしたいですし」
「キラティアーズさん……」
「せっかくですし、わたくしのことはキティと呼んでくださいな。アロップだけ愛称というのもなんですから。言葉遣いも自然体でいいですよ、慶汰さん」
「や、でも……キラティアーズさんも敬語じゃないっスか」
 アーロドロップとは打ち解けるまでに色々あった分、喋るようになってからは身構えることもなかった。だがキラティアーズは、雰囲気からしっかり王族で、つい緊張してしまうのだ。
 キラティアーズは、少し悪戯心をほのめかすように口を曲げる。
「わたくしはこれが自然体ですので」
「あ、それずるい!」
 しかもそれがとても様になっているのだ。見事に一本取られた気分である。
「フフ。さ、そちらの建物が薬事院です。もし体調がすぐれないと感じたら、緑の羽織を着ている方々に声をかけてくださいね」
 清潔な白い箱形の建物を、キラティアーズの手が示す。巨大な薬箱のような印象が強くて、慶汰はすぐに憶えた。
「ありがとうございま――いや、ありがとう、キティ」
 慶汰が言い直すと、キラティアーズは嬉しそうに「はい」と笑う。
「これで一通り紹介するべき場所はご案内できたと思いますが……なにか不安なことはありますか?」
 キラティアーズに訊かれて、慶汰はすぐに頷き返した。
「キティから見て、玉手箱で植物状態の人間を回復させることって、実際どうなんだ? 実現できそうなのか?」
「そうですね、わたくしも昨日アロップから聞いたばかりなのでなんとも言えませんが……仮説の方に、問題はないと思います」
「仮説というと、浦島太郎を老化させたのだから、それだけのポテンシャルを持っているってことか」
「はい。実際、規格外の龍脈保有量と龍脈術の処理能力を持っているようですから……あとは、一二〇〇年前に仕掛けられた龍脈術がどのようなものだったのかを解析できれば、もう少し詳しい話もできるかと」
「ん? どのようなものかって、それは開いた者を老化させるって効果だろ?」
 キラティアーズは顎に人差し指を添えた。
「効果の結果はそうですが、もう少し具体的に設定する必要があります。そもそも、一二〇〇年前の乙姫上皇陛下は、なぜそんな意味不明な龍脈術を仕込んだのでしょうか。そこがわからないと、慶汰さんのお姉さんを回復させる時に、取り返しのつかない誤作動が起きるかもしれません」
「そ、それは怖いな……」
 絶対に間違えられない。ならば、できるだけ鮮明に、一二〇〇年前の乙姫のことを理解しなければならない。
「何か、慶汰さんの生まれた地上世界に、手がかりとなりそうな情報はありませんでしたか?」
「なぜ乙姫は浦島太郎を老けさせたか、か……。んー、そういえば、タイムスリップによる肉体の急激な老化を防ぐために、浦島太郎の魂を封印した、みたいな説を聞いたような」
「……どういうことでしょう。その話、詳しく聞かせてください」
「うろ覚えだからなんとも言えないけどな……。竜宮城と地上は時間の流れが違い、無防備に地上に戻るとその影響を一気に受けてしまう、みたいな説があって……」
 慶汰はひとまず、思い出した順番に要素を語った。
 前提として、竜宮城で五年過ごして地上で六〇〇年過ぎた場合、地上に戻るとそのタイミングで肉体が六〇〇歳分加齢する――という仮説がある。
 それを防ぐ道具が、玉手箱だ。
 乙姫様は、浦島太郎を急激に老化させないために、玉手箱の中に浦島太郎の魂を閉じ込めたという。
 だから、浦島太郎は地上に帰還した後も活動できた。
「しかし、玉手箱を開いたことで、老化を防ぐ効力が損なわれ――」
「急激に老化して死亡した、ということですか……」
「ああ。今の話、ありえそうか?」
「大前提がおかしいですね。地上から竜宮城にいる間に大きな時間のズレが生じたとして、それから地上に戻ると元の時間軸に沿って急激に肉体が変化する、というのはありえません」
「なるほど……じゃあ今の話はフィクションか」
「そう考えていいと思います。なにより、もしそういうシチュエーションなら、当時の乙姫上皇陛下が浦島太郎さんに術の効果を説明していないことも不自然ですし」
「あ~……たしかに」
 浦島太郎だって、貰った玉手箱が「自分の急激な老化を防ぐためのもので、開いたら自分が老化する」と聞いていれば、まず開こうとはしないだろう。乙姫だって、玉手箱の効果を説明しない理由がない。
 慶汰が大きく頷くと、キラティアーズが「それはそれとして」と前置きした。
「ただ、玉手箱の龍脈術が、開いて発動する〝発動型〟ではなく、閉じている間効力が発揮されている〝持続型〟という考え方はありかもしれません」
「そういう龍脈術もあるのか……ああ、乙姫羽衣の着心地調節機能がそれか」
 慶汰の自宅の倉庫で聞いた効果だ。
「その通りです。とにかく、玉手箱の解析次第ではありますが、現状、念頭に置いておきたいのは三つですね」
 キラティアーズが、人差し指を立てる。
「当時の乙姫上皇陛下は、玉手箱にどんな龍脈術を仕掛けたのか」
 続いて中指も伸びる。
「老化する龍脈術なら、どうしてそんなものを仕込んだのか。そうでないなら、浦島太郎さんが老化した真の原因はなんなのか」
 最後に、薬指も広がった。
「どんな龍脈術を仕掛けたにしろ、それを浦島太郎さんに説明しなかったのはなぜか。もし説明があったとしたなら、浦島太郎さんが蓋を開いたのはどうしてか」
「つまり、当時の乙姫様と浦島太郎の考えていたことを理解しなければならないってことか……」
 目を閉じて、キラティアーズは首を縦に振る。
「ひとまず、今は古い文献の解析結果を待ちましょう。今後、玉手箱からモルネアが出てきて、そのデータが無事なら、色々とわかることも増えるでしょうから」
「ここで結論を急いだってしょうがない、か……」
 仕方がないな、と脱力するように、慶汰は息を吐いた。
「ところで慶汰さん。話は変わりますが、アロップのことは好きですか?」
「え? そりゃまあ嫌いじゃないけど……へ?」
 急な問いかけに、反射でそう答えてしまったが、ニュアンスに気づいて体温が急激に上昇した。
「いやいやいや何言ってんだよ、俺は別にそういうなんつーか……!」
 早口に捲し立てた慶汰だが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「……ちょっと待て、それどういう意味だ?」
 頬を紅潮させたキラティアーズは、両手の指を絡ませて答えた。
「ご、ごめんなさい、変な意味はなかったのです……。十日後に、アロップの誕生日が迫っています。それに協力してもらえそうか探ろうと思っての質問でした」
「だとしてなんで、遠回しに聞いたんだよ」
「あの子、敵を作りやすいですから……もし内心、敬遠されていたらと思うと、つい……」
 刹那、脳裏に浮かぶ、お転婆の数々。そして、慶汰と打ち解けるまで、対立を前提として振る舞っていた言動にも、いくつか心当たりがある。
「あ~……まあ、わからなくはないな……」
 キラティアーズは咳払いして、話を戻した。
「とにかく、せっかく誕生日が過ぎる前に帰還してくれたのですし、今年はしっかり祝いたいので、ご協力お願いします」
「それはもちろんだけど……。って、今年は? 去年は祝えなかったのか?」
「お恥ずかしながらそうなんです。去年は……というより、毎年のことなのですが、アロップの誕生日は『龍迎祭』というお祭りが開催される日なんです。わたくしは去年から成人したこともあって公務が増えて、祝えずに終わってしまったので」
「十五歳で成人……そっか、大変なんだな。それで、祝うのは大賛成だけど、具体的にどうするんだ?」
「慶汰さんに龍迎祭を案内するよう伝えて、サプライズで誕生日を祝う、というのはどうでしょう。当日は花火が上がるので、そこでお祝いの言葉をかけるのがいいかと」
「いいかとって、キティも一緒に祝うんだろ?」
 目を伏せて、キラティアーズは首を横に振る。
「公務で遅くなりますから……わたくしは朝か夜、タイミングがあれば、ですね。ですからどうか、慶汰さんはアロップと楽しくお祭りを過ごしてください」
「そうか……責任重大だな」
「大丈夫ですよ。アロップ、慶汰さんのことをとても気に入っていますから」
「お、おう……」
 地上で共に過ごした時のことを思い出すと、普段だったら額面通りに受け止めるであろうそんな言葉も、おかしな考えすぎをしそうになる。
 慶汰は襟を引っ張り、熱を帯びる服の中に風を入れた。
 お互い住んでいる世界が違うのだ。もし海来を目覚めさせてもらえたのなら、その後は……。そう考えると、すぐに動揺は落ち着いた。
「慶汰さん?」
「いや、なんでもない。というか、アロップは忙しくないのか?」
「十日後なら、ある程度落ち着いているとは思いますが……ひとまず、わたくしの方からアロップに話を通しておきます。慶汰さんは誘われるのをお待ちください」

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