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竜宮城からの招待状(パスポート) 10話 慶汰の覚悟とモルネア争奪戦

 キラティアーズと、アーロドロップのサプライズバースデーの計画を練ったのが、もう三日前になる。さすがに忙しいのだろう、称号の返還式以来、アーロドロップと顔を合わせることはできていない。
 地上との時間差は、竜宮城の方が速いまま、一日ごとに差が少しずつ縮まっている。
 一昨日は竜宮城で一日過ごしても地上では十時間も経過していない計算だったが、昨日は竜宮城の一日が地上での十時間半程度になった。
 つまり、こちらで二日過ごしても、まだ地上は一日を終えていないということだ。ただし、その差は少しずつ縮まっている。
 七日後の龍迎祭に出席する場合、途中で時間の波の折り返しを挟むので、もしかすると帰還する頃には時間のズレがほとんどないことになるかもしれない。
 慶汰が部屋で日記をつけていると、ドアがノックされた。
「はーい」
 キラティアーズだろうかと思い、慶汰は椅子から立ち上がりドアへ向かった。開いた先、廊下に立っていたのはアーロドロップだ。
「慶汰、こんな時間にごめんなさい」
「あ、アロップ……!?」
 久しぶりの再会ということもあり、つい緊張して声が上擦ってしまう。
「え、そんなに驚くこと?」
 怪訝そうに目を細めるアーロドロップの表情に気づいて、すぐに冷静さを取り戻した。キラティアーズに妙な質問をされたせいで、過剰に意識してしまう。
「あーおほん、どうかしたのか?」
「玉手箱の龍脈チャージが完了したそうよ」
「本当か!?」
 いい報せのはずなのに、アーロドロップの表情はどこか暗い。
「ええ。それで、今からモルネアを救出しにいくんだけど、一緒に来てくれる……?」
 今まで、無事だという仮説を信じて心を強く持ってきたが、内心はきっと不安で仕方がないのだろう。
「もちろんだ」
 すぐに出かける支度をして、アーロドロップと共に廊下を進む。
「モルネア、寂しがってないかな」
 慶汰が呟くと、アーロドロップが口元を緩めた。
「どうでしょうね……。久しぶりに再会するっていう会話パターンとして『寂しかったよ~』とは言うかもしれないけど。あたしとしては、無事なら玉手箱の解析を進めておいてほしいところだわ」
「モルネア使いが荒いなあ」
 どちらにしろ、今は無事に再会できることを願うしかない。
 保管されている研究室は、王城とは別の建物になるらしく、一旦慶汰とアーロドロップは外に出る。
 夜の竜宮城は暗かった。昼間は気にしていなかったが、庭園のあちこちに細く高い電灯があり、オレンジ色の光で周囲を照らしている。
「あそこが研究室よ」
「薬事院と同じで、独立した建物なんだな」
 三階建ての横に広い、こちらも箱形の建物だ。外壁が黒く、艶もあるので、まるで三段重ねの巨大な重箱である。
「あの人たち……。慶汰、ちょっとこの辺で待ってて」
「え」
 無骨な鉄の扉の前に、白衣姿の男が二人。不機嫌そうに喋っている。
 戸惑う慶汰を置いて、アーロドロップは一人、険しい顔で彼らに近づいた。
 慶汰は花壇の影に隠れて様子を窺う。
 何を喋っているかわからないが、男二人はアーロドロップに驚いたような反応を見せて、早口に何か捲し立てるように建物の中に入っていった。アーロドロップもそれに続く。
「……俺、どうしたらいいんだ?」
 待機指示が出たからには、下手に動かない方がいいのだろう。だが、ここで一人取り残されても、手持ち無沙汰な上に心細い。
 しばらく待っていると、背後からぽんと硬い何かで肩を叩かれた。
「君は誰かね。こんなところで何をしている?」
 振り返ると、目の前に竹のような材質の木刀が突きつけられる。
「ひぃ!?」
 地上の剣道で使う竹刀なら、細い棒状で先端に分厚い布のキャップみたいなものがついていて怪我をしにくい形になっているが、目の前にあるそれは違う。
 竹のような節があり明るい黄緑色をしているが、日本刀のように片刃が研がれて平たく鋭利な形状になっている。先端は鋭く、服の上から身体を貫けそうなほど尖っている。唯一、握る把手部分だけが、竹刀のように白い布が巻かれ、円形の金属の鍔で区切られていた。
「さては不届き者か!」
 髭を蓄えた恰幅のいい男だ。腕も足も筋肉で鈍器のように太く、肌も濃い。慶汰を睨む眼光は鋭く、声も重みがあって圧が強い。
「い、いえ! 俺はアロップと一緒に来てて」
「殿下を愛称呼びだと……? 君、無礼だぞ!」
 しまった、と慶汰は額に手を当てる。早く戻ってきて誤解を解いてくれ、と願ってアーロドロップが入っていった入口を見やると、ちょうど中から人が出てきた。男が一人、玉手箱を抱えている。
「あ! 玉手箱!」
 遠くて顔もよくわからなかったが、唯一無二の玉手箱を持っているということは、アーロドロップの関係者だろう。そうだと思って慶汰が駆け出すと、背後から先ほどの男が追いかけてくる。
「待て! さては、玉手箱を狙った盗人かッ!」
「ちげぇよ!」
 慶汰が涙目になりながら逃げるように走る。当然、玉手箱を持った男を頼るためだ。
 だが、その男もまた、焦ったように慶汰の方へ竹製の刀を向けていた。
「なに、警備がいたのか!」
 ズドン! と音を轟かせ、バスケットボール大の白い輝きが迫る!
 ギョッとして慶汰は横へ跳ねた。空気を唸らせるほどの勢いで放たれた白球は、慶汰を追いかけてきた男へ一直線。
「ふんッ!」
 髭の男は、竹の刀を片腕で振り上げて白球を空へと弾き飛ばした。そして上空で爆発する。直撃したら死んでいただろう。
「『ふんッ!』じゃねぇよ、どうなってんだよここの世界観はよぉ!?」
 あたりまえのように竹の刀を持ち歩き、かと思えば砲撃。それを防御。
 キラティアーズがホホジロサメと戦うことを非常識だと言っていたあのリアクションが嘘のようだ。
「くそっ」
 玉手箱を抱えた男が明後日の方向へ逃げ出す。
「え、ちょっと!? あんたガチの悪者なのかよ!?」
「待たんかぁ!」
 慶汰は巨漢に追われながら、玉手箱を抱える男を追いかけた。シルエットからわかる体格と、緑色の羽織を着ていることが辛うじて見えるくらいなので、見失うわけにはいかない。
 男が飛び込んだ先は、巨大な白い薬箱のような建物――昼間キラティアーズから説明を受けた薬事院だ。
 入口の扉の向こうに男が消えて、いざ慶汰も飛び込もうとしたところで、中から三人分の、うぎゃ、という短い悲鳴が聞こえる。
「お、おい!?」
 建物に飛び込んだ慶汰が見たのは、乱暴に開かれた引き戸と、その先に見える小部屋。
 小部屋に入ると、和装姿の中肉中背の男が三人、床に尻餅をついていた。そして三人の中間地点に、竹の刀と、玉手箱が蓋を閉じた状態で転がっている。
 ――どいつがさっき玉手箱を持っていた男だ……!?
 薬事院に務める人は緑の羽織を着ているらしい、が、目の前で転んでいる三人全員が当て嵌まる。
 慶汰が戸惑ったその刹那、慶汰の首根っこが太い指にがっしりと掴まれた。
「捕まえたぞコソドロめ!」
「え、ちょ!? だから俺はアロ――アーロドロップ乙姫第二王女殿下様と一緒に来たんだって! 玉手箱が盗まれたって言うなら、犯人はこいつらの誰かだよ!」
 慶汰がやけくそになって指差すと、転んでいた三人が同時に首をふるふると横に振った。
「お、オレは知らねぇ、この部屋の中にいたら急にコイツらが飛び込んできてぶつかっただけだ!」
「はあ!? 違います警備さん、そっちのやつが犯人です! 僕、顔を見ました!」
「おい待てよ、ボクじゃない! お前が犯人だろ!? 白々しいこと言うな!」
 容疑者三人がお互いに指を向け合う。
 慶汰は「僕」と言った方の口から出た言葉に、ぴくりと反応して首を曲げた。
「警備さん……?」
 よく見れば、左腕には太い腕章が巻かれている。まるで楷書のような、筆で書かれた漢字に近しい雰囲気があるが、慶汰には読めない。『警備』と読むには無理がある。
 その警備さんとやらも、慶汰の服を見て目を大きく瞬かせていた。
「む……その服は、イ級客衣……」
 すっと慶汰の首から手を離し、巨漢は一歩大股に後ずさると、勢いよく腰を折った。
「誤解とご無礼、誠に申し訳ないッ!」
 声がでかい。慶汰は耳を塞いでのけぞった。
「イキューキャクイって言われてもな……。え、ええと……とりあえず俺の無罪は晴れたってことでいいの、ですか……?」
 おそらく、この服自体が身分を証明できるものなのだろう。それを裏付けるように、大男が申し訳なさそうに答える。
「うむ……アーロドロップ殿下から直接説明を受けている。王族が招待した客しか着ることができないその服を着ていると言うことは、君が浦島慶汰殿、で合っているか」
「ええ、はい……」
「先ほどは勘違いしてすまなかった。できれば、夜間に外で怪しい挙動は控えていただけるとありがたい」
 苦言を呈され、慶汰は「すみません」と素直に謝る。
「私は〝シードラン〟副隊長のジャグランド・パルバルスという者だ」
「はあ……シードランのジャグランドさん。あ、シードランって、アロップが指揮を執ってる組織、でしたっけ?」
「その通り」
「じゃあ、警備っていうのは」
「つい先日、アーロドロップ殿下の追放処分により解散の憂き目に遭い、元々の所属だった王城警備の任に戻ったかと思えば、予想外にお早いご帰還と急な再編招集により、癖が抜けなかった次第……重ねて恥ずかしい限りだと思っている」
「ああ……ここにも振り回されている人が……。大変でしたね……」 
「いやいや、殿下のご帰還も、シードランの再編成も、喜ばしいことこの上ない。……さて、親睦を深めるのは後に回してもよろしいだろうか」
 ジャグランドの顔の動きに合わせて、慶汰も残る三人の男を見る。
「ええ。急なことで声色も顔かたちも憶えていませんけど、この三人の誰かが玉手箱を持ち逃げしたのは事実でしょうし」
 すかさず、容疑者三人は早口に訴えた。
「オレじゃないぞ!」
「僕じゃありません!」
「ボクでもない!」
 困ったな、と眉根を寄せつつ、慶汰は呟く。
「まあさっきの研究室から目撃者が来れば、犯人が誰かわかりますよね」
 腕を組んだジャグランドが唸る。
「それはそうだが、できれば早急に解決したい」
「なにか急がないといけない理由があるんですか?」
「アーロドロップ殿下は、事実上追放処分を受けた身の上だ。見事、無理難題をこなし、ご帰還なさったのは喜ばしいことだが、まさか本当に王族としてご復帰するとは、誰もが想定外だったこと」
「ハハハ……」
「苦笑している場合ではないのだ、慶汰殿。ご復帰なさったばかりのアーロドロップ殿下にとって、ささやかなトラブルも厄介な火種の元。早急に解決せねば、お立場が危ない」
 それを聞いて、慶汰の表情が引き締まる。
「……それはまずいな。どうにかできないんですか?」
「一応、私は今も王城警備の役目を仰せつかっている故、尋問の龍脈術がある……もっとも、使い勝手は悪いがな」
「またやばそうな術が出てきた……。それって、記憶麻酔術みたいに、人の脳に直接干渉するものなんですか?」
「左様だ。ただ倫理面や健康面、術の制御面から制約も多くてな……。この術で訊けるのは二回まで。それも『はい』か『いいえ』で答えられる質問だけだ」
「じゃあ、さっさと犯人かどうか訊けばいいじゃないですか」
「必ず真実を述べるわけでもないのだ。罪悪感のある者は、むしろ全ての答えに嘘をつくようになる」
 慶汰は一瞬考えた。
「つまり『あなたは犯人ですか』と聞けば、犯人は嘘を吐くから『いいえ』と答え、犯人じゃない者は正直に答えるから、こちらも『いいえ』と答えるってことですか?」
 ジャグランドは大きく頷く。
「おまけに思考力も奪うから、ストレートでない質問をすれば、犯人だろうとそうでなかろうと、回答がランダムになってしまう。つまり今回の場合『犯人かどうか』という実質一つしか、使える質問がないのだ」
 一通り想像して、慶汰は頬を引きつらせた。
「め、めんどくせぇ……!」
 悪態を吐きながらも、慶汰は必至に思考を巡らせる。そして、さらに嫌なことに気がついてしまった。
「あの、三人ともここの羽織を着ていますけど、もしかして皆さん同僚ですか?」
 三人とも、こくりと頷く。まだ尋問の龍脈術は発動していないが、一人だけ嘘を吐く訳にはいかないと思ったのだろう。犯人は他二人に合わせているわけだ。
 そして無実の二人が頷いたと言うことは、犯人も薬事院で務めている人だということになる。
「三人のうち最初から部屋にいたのは一人だけなんですか?」
 再び、三人ともこくりと頷く。
 すると、玉手箱を持った犯人と、部屋の前にいたもう一人がぶつかって部屋の中にもつれ込んだ。部屋の中にいた人は、運悪くどっちが玉手箱を持っていたか見ていないまま、その二人とぶつかったということで……。
「つまり、犯人がわかっている無実の人と、犯人である自覚がある人と、自分以外のどっちが犯人かわからない人の三人がいる状況ってことかよ!」
 ジャグランドもそのややこしさを理解したようで、べちん、と額を叩いた。
「困ったな……犯人がわかっていないものは、『はい』と『いいえ』を交互に繰り返すことになるのだ」
「嘘だろ……」
 慶汰はげんなりしそうな気持ちをなんとか叱咤して、考えを巡らせる。
 背後の扉、廊下の遠くから、「あっちで騒ぎがあったみたいだぞ」とざわつく声が聞こえてきた。ジャグランドも気づいたのだろう、横顔に冷や汗を垂らす。
「まずい、なんとかしなければ……!」
「わかってます、そしてわかりました……! ジャグランドさん、この三人にその龍脈術をかけてください!」
 こめかみに人差し指を強く当てる慶汰の指示に、ジャグランドは戸惑ったように目を向ける。
「わかりましたって、慶汰殿、大丈夫なのか……?」
「どのみち、このまま騒ぎになったらアロップが困るんですよね? ここは信じてもらえませんか」
「仕方がない……三人とも、そこに並びたまえ。逆らえば犯人と見做す」
 だいぶ横暴だな、と慶汰が内心で突っ込んでいるうちにも、容疑者三人は素直に並んだ。無実の二人に渋る理由はなく、すると文句をつければ犯人にされると思うのは必然だ。当然、犯人も他二人に合わせるほかない。
「一度始めたら、無関係な会話は避けるのだぞ。何が貴重な一回分の質問として脳で処理されるかわからないからな」
「ええ、もう二つの質問は決まっていますよ」
 慶汰が頷くと、ジャグランドは竹の刀を横に一閃。
 容疑者三人の男がびくりと震えて、ジャグランドが無言で慶汰に頷いて見せた。
「おほん。三人に訊く、犯人は――俺か?」
 慶汰は自らの胸元に右手の親指を突きつけ、尋ねる。
 瞠目するジャグランドを無視して、容疑者三人は向かって右から順に答えた。
「はい」
「はい」
「いいえ」
 慶汰はにやりと笑って二問目を繰り出す。
「なら二問目だ。犯人は――俺か?」
 容疑者三人は、再び向かって右から順に、慶汰の質問に答えた。
「いいえ」
「はい」
「いいえ」
「ランドさん、犯人は真ん中の男ですッ!」
「なるほどな……! 覚悟ォ!」
 犯人は必ず嘘を吐く。
 犯人を知っている者は必ず真実で答える。
 犯人がわからない者は「はい」と「いいえ」を交互に繰り返す。
 つまり、慶汰を犯人と言い張るのは犯人だけで、同じ質問が連続した時に答えを変えた者は犯人ではない。
 もし向かって右側の人が最初に「いいえ」と答えていれば、一発で犯人がわかっただろう。
「ふぅ……しかし、これでホントに犯人がわかるとはな……」
 犯人と判明した男は、まともに抵抗することなく、ジャグランドに組み伏せられた。
 慶汰はそこへ歩み寄って、犯人を睨みつける。
「なあ犯人さん。先にアロップが中に入ったはずだが……アロップはどうした?」
「会ってない……! 会ってたら今頃返り討ちにされてるっての!」
「それはそれで犯人のセリフとしてみっともねぇだろ……。まあ、無事ならいいけど」
 もはや暴君のような恐れられようだ。慶汰は別の意味で心配になった。

 呆れた顔をしつつも胸をなで下ろす慶汰に代わり、ジャグランドが問い詰める。
「どうして玉手箱を盗んだッ!」
「危険だからだよ! その玉手箱の中にいるんだろ、勝手に兵器を起動させる危険な龍脈知能体が!」
「モルネアのことか……」
「そうだ! それにこの玉手箱だって、あの危険な王女の手に渡ったらいったいどんな危険物になるか……!」
「……アロップのヤツ、竜宮城でいったいどんな扱いされてるんだよ」
 慶汰が困惑して言葉を漏らすと、ジャグランドが犯人を睨みつけたまま答える。
「殿下は幼少期からその才覚を轟かせているからな……。十歳の頃には警備の目を盗んで城を抜け出すようになり、一方で龍脈知能体の発展に貢献なさるようになった。それ以降、騒動は起こすが実績も上げ、功績の裏には殿下絡みのトラブルも起きている……そんな風に育ってこられたのだ」
「キティも敵を作りやすいって心配してたな……」
「去年発足したシードランは、そんな殿下のご活躍を補佐する役目はもちろん、不手際から起きた事態を収集する役目も付与されていた。しかし、軍の兵器が関わる事態となり、力及ばず……」
「お、おお……なんつーか、いろんな意味でさすがアロップ……」
 すごい結果を出せるだけの素質がある一方で、それが転じて問題も起こしているのだから、どうしても周りをやきもきさせてしまうのだろう。
「そこの少年、君が殿下の連れてきた地上人なんだな……?」
 ジャグランドにのしかかられた男が、息苦しそうに話しかける。
 慶汰が警戒しながら無言で頷くと、男は威圧するように声を震わせた。
「兵器を勝手に動かす龍脈知能を作ったばかりの殿下が、今度は地上から古代の遺産を探してきて、いったい何をしようって言うんだ?」
「それは……」
 植物状態になった海来を治すための研究だ。だが、あまりにも個人的な事情すぎて、話すのは憚られた。
 男は強く鼻息を鳴らす。
「どうせまた、突拍子もない好奇心で、とんでもない大騒ぎを起こすに決まっている! 君もそれに巻き込まれた被害者だろ!」
「…………ッ」
 慶汰は肩を強張らせて震えた。男は気にせず捲し立てる。
「あの身勝手な第二王女のわがままを、これ以上許してはいけないんだ! 次は取り返しのつかない被害が出るかもしれないんだぞ!」
「……俺が、なんだって……?」
 大きく、かすれた音の息を吐き出してから、慶汰は言い返した。
「誰が被害者だ! こっちは俺自身の意思で覚悟を決めて来たんだよ! 万が一地上に戻れなくなるとしても構わねぇ、それでもアロップを助けたいってな!」
「慶汰殿――」
 ジャグランドの呼びかけなど、カッとなった慶汰には届かない。
「だいたい、アロップ一人にやらせてリスクがあるって言うなら、力を合わせて一緒に頑張るのが筋だろうが! もし玉手箱が暴走した時は、俺も一緒に文句でも処罰でも受けてやる!」
「慶汰殿!」
 一段強くなった呼びかけが、今度は慶汰の意識に届いた。
 ハッとした慶汰が周りを見ると、部屋の入口に五人ほどの野次馬ができてしまっている。
 緑色の羽織は元から薬事院にいた人だろうが、銀色の羽織を来た若い男女もいたので、ことは大事になっているかもしれない。
「あ、やべ……」
 騒ぎにしては、アーロドロップの立場に関わる。それを思い出して、慶汰は歯を食いしばった。
「すんません、ついカッとなって……」
「ああ、いや、そういうわけではなく……」
 部屋の中に騒がしい足音が入ってくる。ジャグランドと同じ腕章をした男が、玉手箱窃盗犯を立ち上がらせた。
 それを横目に、銀色の羽織を着た金髪の青年が、ジャグランドに声をかける。
「ランド副隊長、ここに居たんスね。研究室にも共犯二人がいたっスけど、レン先輩が取り押さえてるっス」
「……そうか、よくやってくれた。それで、殿下は?」
 こちらも銀色の羽織に袖を通した紅い髪の少女が、気まずそうに廊下に目配せした。
「え~と……外にいる、と思います」
 ジャグランドと銀の羽織の二人組が、なにか言いたげな顔でちらりと慶汰を見やる。何かのアイコンタクトだろうか。ひとまず合流したいのはたしかだ。
 慶汰は玉手箱を抱えて、部屋を出た。

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