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#小説 記事まとめ

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#恋愛

【ショートショート】とどのつまり (1,995文字)

 いつものバーで、いつものように飲んでいたら、隣に若い男女がやってきた。二人はハイボールを頼み、最初はどうでもいい談笑をしていた。  ところが、突然、男の表情が変わり、事前に準備してきた様子で長々と演説をかまし始めた。盗み聞きは趣味じゃないけれど、その語り口があまりに熱を帯びていたので、つい、私は耳を傾けてしまった。 「思うに、スキって気持ちは幻想に違いないんです。もちろん、便宜上、スキという言葉で表現していることはあるけれど、本当はそうじゃない気がするんです。特に、スキ

読み切り恋愛短編集【れれこい】 3.パラレルワールド 765

読み切り恋愛短編集【れれこい】 ※読み切りですが、関連のある章には同じヘッダー画像を使用していますので、ご参考になさってください 第3話 パラレルワールド  世代が違う。 でも好きだった。 ファン? フリークス? マニア? 推し? そんな「好き」だった。 決して交錯することはない一方的な好き。  恐らく彼は気づいていた。  交錯させたのは彼の方。 私にとっては思いもかけない僥倖。 利用されたとは思わない。 それほど打ちひしがれていたから。 それほど純粋な人だったから。

毛玉と木の芽とハンカチ[短編]

あるいは4月について  桜は満開なのに季節が回れ右!をして突然寒くなった。 積み上がった洗濯待ちの洋服の中から、アヲがひっぱり出したのは毛玉の浮いたセーターだ。 あっちにもこっちにも丸い毛玉がぷつぷつ浮いているが、暖かさにはかえられない。 シーズンの始めは毛玉もまめに取っていたが、3月を過ぎ出番が少なくなるにつれて手入れもおろそかになってしまう。 それでもクリーニングに出さないのは、突如やってくる思いがけない寒い日に備えてのこと。 毎年この“最後の一回”が着納めとなる。

【掌編小説】勘違い

 密かに好意を寄せている人から、バレンタインデーにチョコレートをもらったら、大抵の人は大喜びするだろう。  僕もその点に関して半分は同意する。  あと半分は……疑いを持つ。どの程度の気持ちなのか、と。  と言うのも、僕がもらったのは明らかに義理チョコっぽいものだったのだ。  谷口弥生さんは、僕が勤める会社の2年後輩で、隣りの部署に所属している。  笑顔がかわいらしく誰にでも親切で、多くの同僚から慕われている。  “堅物眼鏡”と揶揄される僕にも、丁寧な物腰ながら親しく話しかけ

¥300

[1分小説] きもち

月曜日の6限目の授業中、佐山 美弥子は、窓の外を見るともなく眺めていた。 『陽が傾くのが早くなったな』 終業のチャイムが鳴るまで、あと3分。 すでに宿題のページを終えた彼女は、ぼんやりと時間が過ぎるのを待つ。 中学生の頃、両親が離婚した。 「ママね、パパとお別れすることにしたの」 両親の壮絶な言い争いを見続けて数ヶ月が経つ頃、母親が口にした言葉である。原因はパパの浮気らしい。 「美弥ちゃんは、何も悪くないの」 あの時も、今日と同じ、秋の深まる10月の下旬だった

[小説 祭りのあと(4)]八月のこと~夏祭りのあと(前編)~

 シャッターを開けると熱風が屋内へ一気に滑り込んできた。僕は思い切り顔をしかめた。  炎天下のアスファルトには蜃気楼が揺らめいて、僕たちの体力を順調に奪っていく。  アーケードには赤い提灯が飾られてきた。大学生はめっきり減り、見慣れない服を着た人々を街中でも見るようになった。  宇部にもお盆がやってきた。そして恒例の夏祭りの日が近付いてきた。  金座商店街が一番賑わうと言っても過言ではない日が、間もなくやって来る。  昨日の店主会の一番の話題も夏祭りの件だった。何処がどの露店

【試し読み】斜線堂有紀の恋愛短編「星が人を愛すことなかれ」

既刊「愛じゃないならこれは何」がコミカライズ決定している、斜線堂有紀さんから恋愛小説短編をいただきました。地下アイドルグループ・東京グレーテルの元メンバー・雪里は、人気Vtuberとして転生した。恋人を捨て、将来を捨て、すべてを配信に捧げる雪里が振り絞った”生”。令和の今だから生まれた最強短編、最後の1行までぜひ読んでほしいです。 星が人を愛すことなかれ  羊星(ひつぼし)めいめいになってから、時間は何よりも価値のある資産だ。一時間あればサムネイルが作れる。Shortの作

駿馬京の恋愛短編「正直者なバカを見る」

電撃文庫はじめ、ライトノベルレーベルで活躍する駿馬京さんから新作短編をいただきました。漫画原作「きみと観たいレースがある!」連載中です。心配になるくらいまっすぐな主人公が校内一の不良少女とはじめる青春。主人公の魅力が光る、ポップな恋愛小説です!! 正直者なバカを見る 1  4月。新たな春。俺にとってはスギとヒノキの花粉に身体中の粘膜を破壊される季節だ。そんな話を他人にするたびに『情緒がないヤツ』と言われる。そのたびに情緒があっても花粉の侵攻には勝てないだろ、みたいな口答

空の飛び方

「私たちが幼馴染なのって、奇跡だよね」  あの日、遥が突然そんなことを言いだしたものだから、僕は狼狽えてしまい、「ばっかじゃねーの」と、手に持っていた数学の教科書を放り出した。机が大げさな音を立て、遥は一瞬驚いた顔を見せたけれど、すぐに「まー君にはわかんないかなあ」と、目を細めた。  遙とは幼稚園からの幼馴染だった。母親同士がママ友で、小学生の低学年までは、お互いの家をよく親子セットで行き来していた。中学生になってからは、成績の良い遥に僕の母親が頼んで、時々一緒に勉強をしてい

【試し読み】斜線堂有紀の恋愛小説『君の地球が平らになりますように』

恋愛小説の新作短編を斜線堂有紀さんから頂きました。……仮に、昔好きだった人と再会したとして。もしかしたらまた恋がはじまるかも? 期待は膨らむけれど、もしその好きだった人が、以前とずいぶん変わってしまっていたら……たとえば、『陰謀論』にどっぷりはまっていたとしたら……。斜線堂有紀のおくる恋愛地獄篇、開帳。12月にはnoteで掲載された作品+書き下ろしを加えた単行本が発売予定です。 斜線堂有紀(しゃせんどうゆうき)第23回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》を『キネマ探偵カレ

印鑑みたいな恋をした

「おはようございます。早起き頑張ったね」 学校で使う紙よりは少し厚い紙に赤い丸が並ぶ。 日付で区切られた枠に押されたそのハンコは、毎朝のラジオ体操が終わると、帽子を被った優しそうなおばさんがぎゅっと力をこめて押してくれるものだった。 律儀に毎朝、校庭に足を運んでいたが、そのおばさんが持っているハンコさえ手に入れば、もう早起きせずとも厚紙に赤い丸を並べることができるのにな、と思っていた。 もっさんはそう、意外とずるいのである。 汗ばむ季節だった。 バイト先に入ってき

傘を差さない彼女

「いいよ。濡れちゃうじゃん」 彼女は可愛らしい顔とは裏腹にさっぱりと答えた。 隣のクラスの、話したことのない女の子。 僕は一方的に彼女のことをしばらく前から知っていた。 あれは高校受験の日。 雨が強く降っていて、しんとした会場の中、ざぁざぁと降り注ぐ音だけが響いていた。 ペンが走る音と、時々紙がめくられる音。 あの時の空気を、僕は今でも鮮明に覚えている。 そしてその帰り道に見た彼女のことも。 試験が終わり、傘を差してぞろぞろと駅へ向かう受験生たち。 その中で僕の目に止ま

短編小説「LINK」

 2029年12月16日の早朝、ヒューマンズリンク ~ H&TW ~ というアプリ運営会社から、1通のメッセージが僕のスマホに届いた。 『おめでとうございます。貴方は弊社が企画・運営いたします、ツナガル・プロジェクトの参加者候補に選出されました。尚、プロジェクトへの参加は任意です。プロジェクト概要につきましては、本メールに添付されておりますPDFファイルの文書をご確認ください。参加を了承されます場合は、本日午後11時59分までにこちらのメールにご返信下さい。またこのプロジェ

短編小説「線路の上」

 ——あなたは信じないかもしれないわね、こんな話。  私が祖母の部屋を訪れたのは、穏やかな陽光が梅の香りを連れてくる春先の昼下がりのことだ。雨戸は開かれ、軒先で跳ねる小鳥たちの姿がよく見える。時折吹く強い春風に乗ってやって来たのであろう梅の花弁が、一枚だけ畳の上で揺れていた。  私は膝を抱えたまま、目の前で出掛ける準備に勤しむ祖母の姿をジッと見ていた。祖母が荷物を詰めているキャリーケースは少し古びた私の御下がりだ。丁寧に詰められる荷物と祖母の皺だらけの手を交互に見つめながら