「今日、お昼食べる暇あるんですか?」 思っていたより笑みを含んだような声色になってしまったから、そのせいかも知れない。わたしよりもいくつか年下で、でも職歴的には幾年か先輩の彼ーーKさんは、わたしから目を逸らすと返事をすることさえ煩わしそうに 「ないっすね」 とだけ短く、口の端を申し訳程度に持ち上げて答えた。 Kさんはまだ若いが、聞いた話によると入社してもう四年ほど経つらしい。まじめで仕事のできる人間にばかり集まるように仕事が増えるのは、どこの業界でも会社でも一様なよう
震災のトラウマと流行り病について。 --- 手が食べ物を探し続ける。止まらない。普段は間食でなんて食べることのない納豆や豆腐、冷凍食品まで漁っている自分に気付いて、首を傾げてルナルナを開く。予定日は、予想していたよりずっとずっと先だった。 止まらない食欲と異常な量の食料の買い込み。どちらが先かは分からないが、普段のわたしと違うことだけは確かだった。 焼き鳥が食べたい。 どうしても抑えられない衝動に負け、知っている焼き鳥屋に片っ端から電話をかけた。 鳴り続けるコール。
どうも、深瀬です。 今回は締め切りに滑り込みであきらとさんの企画に参加させていただきます!どんどんぱふぱふ! 企画って文化祭みたいなわくわく感があってずっと憧れてたんですけど、恐れ多くてついいつも見る専門に。 なのでがっつりリアルタイムで企画に参加させていただくのは初めてじゃないかな。なんだかとてもくすぐったい。 読んでくれてる方にはばれてるかもだけど、わたしのnoteの登場人物には名前がありません。 理由はいくつかあるんですが、主に二つあって、一つ目はわたしが名前を覚
「ここどうぞ」 僕の前で座っていた彼女が席を譲ったのは、高齢者でもお腹の大きな女性でもなく、僕の隣に並んで立っていた、リクルートスーツの小さな女の子だった。 え、と僕が発する前に、え、と漏らした女の子が顔を上げる。 断られる間もなく、「座って、わたしここで降りるから」と言った彼女は、ハンドバッグを手にして立ち上がった。そこそこの人数が立つ電車の中、彼女が女の子のために隙間を作る。 僕たちの降りる予定ではなかった駅が、車内アナウンスで繰り返された。 無表情のまま降りて行く
「先輩最近元気ないっすね」 先輩の口からふう、と白い煙が漏れる。 口数の少ない彼としては、首を傾げてまた静かに煙草を咥えることで、これ以上返事をしないと伝えたつもりなのかも知れない。 向かい合わせに座ってポケットから煙草を取り出しながらまた口を開く。 「どうしたんすか、一時期浮かれてたくせに」 「うるせ」 ぽそりとそれだけ言い捨ててから、彼は二本目に手をかけた。休み時間が不規則で次がいつになるか分からない業界だと、タイミング惜しさについ二本分は一気にニコチンを摂取し
「一口ちょうだい」 彼はきょとんとした顔でこちらを見たけれど、逡巡ののちはい、と吸いかけを手渡してくれた。 「どう?」 「…うーん。慣れれば美味しいのかね」 電子煙草独特の味と匂いが鼻をつき、少しだけ顔を顰めて返した。 受け取るところからわたしの表情をじっと観察していた彼は、それに短く同意して同じ先端を口に咥えた。 「程々にしなさいよ」 「何を?」 「タバコ」 「やだな、吸ってないよ」 普段は、と皆までは言わずにまたソファに背を預けた。 わたしは弱い人間だ
わたしは自分の感情にあまり自信がない。 大嫌い、きっと一生関わり合わない、そう思っていたのに友達になるケースだってある。 欲しい欲しいと何日もネットサーフィンしていても、手に入れたネックレスはなんだかイメージと違って付けていないし、空気清浄機も旅行の際電源をオフにしてから帰ってしばらく経つまで付けるのを忘れていた。 好きという感情も例外ではない。 むしろ、一番不安なのは「好き」に自信が持てないことだ。 大好きだったはずのチョコレートが、年齢のせいかあまり食べれなくなった
彼氏と別れた。 そうLINEでぼやくと、忘れた頃に先輩から「公園に出てこい」と返事があった。 取引先との飲み会の帰りだと、10分後に現れたまあまあアルコールの入っているらしい先輩は、いつもより少し気怠げに「お疲れ」と手を上げた。 わざわざ公園に立ち寄るために、一つ前の駅で降りてくれたようだった。 ブランコに並んで腰掛け、ありがとうを伝える代わりに彼の好きなウィルキンソンの炭酸水を手渡すと、彼はさんきゅ、と素直に受け取った。 「で?何があったの」 口をつけた先輩が、す
「そのネックレス」と同僚がふと切り出したので顔を上げた。 二画面あるパソコンには数字がずらりと並んでいる。その向こうの同僚とぱちりと目が合うと、彼女は薄い笑みを浮かべてとんとんと自身の首元を指したように見えた。 「かわいいね。新しい?」 「はい。よく気付きましたね」 「なあに。彼氏から?」 「いえ。ボーナスも出たし、自分で」 「なるほど」 彼女に薄っすらと笑顔を返し、ペンダントトップを触る。 彼と先週お別れをした。 しばらく付き合っていったんすれ違いで別れたもの
愛の逃避行だとかのたまって実行できる奴らは、きっとよほど現実が見えていないか、もしくは現実を全て受け止めた上でそれを捨てる勇気があるかのどちらかだと思う。 そして、どちらにも属さないわたしたちには、寂れたショッピングモールの薄暗い立体駐車場にしか逃避行先がなかった。 「全然楽しくない話なんだけど」 そんな言葉から切り出す。 「ずっと聞きたかったんだけど」 うん、と彼が相槌を打った。 彼の膝に頭を乗せているにも関わらず、彼の顔を直視できない。 次の言葉を紡ごうと間抜け
「ちゃんと食べなよ」 そう言われることの多い人生だったように思う。 食べること自体が嫌いなわけではない。 スタバの新作に苺が使われれば、時間に余裕があれば仕事の帰り道に試した。 ハーゲンダッツの新作にほうじ茶や黒蜜が混ざればそれも試した。 新しくなったセブンイレブンの揚げ鷄だって数種類試したし、ジョリーパスタに行けばいつだってどれも美味しそうでまた来なきゃ、と思う。 だがそれらは、たしかに週末の原動力にはなり得ないし、何よりマストではない。 めんどくさければ食べないし
頭がふわふわする。 鼻でむりやり息をすると不細工ないびきにも似た音がする。 何度咳を繰り返しても痰は絡まったままで、咳き込むために空気を吸うと、ひゅっと喉が鳴く。それに反応してまた咳が止まらない。 喉が乾く。痛い。千切れそうだ。咳のしすぎからか、心なし肺も痛い。 覚束ない意識の外で、自分の派手な咳に混じって扉の開く音がしたような気がしたが、体を起こす気にはならなかった。 「ひどいな」 かさりとビニル袋が音を立てたのと同時に部屋の隅で声がする。 目線だけをゆっくりとそち
今日はまとまりもなく、「note書き初め」がてら少々自分のことを書こうと思う。 昔から活字が好きだ。 絵本に始まり、それが小説になり、Web作品になったり、時には漫画になったりもしたが、好きなことと言えばいつだって何かを読むことだった。 初めて物語を書いたのは、物心がついていたかも怪しい、幼稚園生のころだった。 母が買ってくれた色とりどりの折り紙の白地に、彼らの生まれてきた用途も無視して覚えたての平仮名を書き連ねた。 ちなみに、どこかの国のお姫様がお母さんと喧嘩をして家出
我々は、心の通った人たちの落とした欠片を拾い集めた集合体に過ぎない。 元恋人が貸したまま譲ってくれた部屋着のパーカーを今も着ている。 ウォークマンに入れられた、自分では聞かないようなロックを今も口ずさんでいる。 使っていたいい匂いのする柔軟剤。ピアス。電話ぐせ。思いの伝え方。 上手な別れ方。 人は裏切るということ。 小さなころは世の中の嫌なことに逐一傷ついていた。 人は生まれながらにして、誰かに教わるでもなく裏切り方を知っているが、裏切られることに対して我々はあまりに
髪伸びましたね、と美容師さんが言う。 今日は切らないんですかと何気なく聞かれて曖昧に笑うと、彼女は笑顔のままとりあえず今日はカラーだけですね、と毛先を摘んだ。 「この長さだとロング料金がかかりますが」 ショートにし始めてから、もう四年近く経つ。この美容院に初めて来たときには既にショートだったことも同時に思い出した。 失恋すると髪を切る女の子にとって、髪を切るという行為は痛みを伴わない自傷行為に等しい、という文章をどこかで読んだことがある。 その際は思わずうーんと唸るほど
仕事納めも無事に過ぎ、連休を迎えて数日をベッドで過ごした。 携帯で小説を読み、iPadで映画やドラマを見て、YouTubeを見て、気が向いたら五分だけ、寝ながらできる足痩せトレーニングをして。 2019年があと数時間で終わるのも、昼寝から覚めてぼんやり開いたインスタグラムで知った。 ツイッタラーの皆さんが一様に来年の抱負を聞いている。 YouTuberさんが今年を振り返っている。 今年はどんな年だったろう。 いいこともいやなこともたくさんあったけれど、そういったもの全