
囲みたかった食卓の果て
「ちゃんと食べなよ」
そう言われることの多い人生だったように思う。
食べること自体が嫌いなわけではない。
スタバの新作に苺が使われれば、時間に余裕があれば仕事の帰り道に試した。
ハーゲンダッツの新作にほうじ茶や黒蜜が混ざればそれも試した。
新しくなったセブンイレブンの揚げ鷄だって数種類試したし、ジョリーパスタに行けばいつだってどれも美味しそうでまた来なきゃ、と思う。
だがそれらは、たしかに週末の原動力にはなり得ないし、何よりマストではない。
めんどくさければ食べないし、他に気を取られて気付いたら1日何も食べていなかった、なんてことも多々ある。
頭ではエネルギーが必要だと分かっているので何かしら食べるけれど、そこで美味しいものを食べよう、とか、何か作らなきゃ、とかいった発想にはならないのだった。
「昨日の夜は何食べたの?」
「んー。なんだったかな」
お決まりの逃げ口上だ。
食べてない、アイスだけ、お菓子をつまんだ、そう答えて返ってくるのは必ず「ちゃんと食べなきゃ」だ。面倒くさい。
もちろん、その返事を想定できるほどには、そうしなければならないと知らないわけではない。
その上でそうしていることくらい分かるだろ。
食べろ食べろと言うのなら食べさせてくれよ。
わたしと一緒にご飯を食べてくれ。
それもしてくれないくせに、無責任にわたしに食べることを、楽しい生を強要しないでくれ。
縋るような、啜れない泥水のような汚い気持ちだけが胸に広がる。
苦手だった。
「今日は何食べるの」
彼がふいにこちらを向いた。
もう20時だ、夜は抜こう。そう思った矢先のことだったから、思わず目を逸らして少しだけ口角を持ち上げてしまった。
「え」
「食べるつもりなかったろ」
「…うーん」
どうだろ、と呟くわたしの額に遠慮なくでこぴんが飛ぶ。いった、と思わず漏らし、右手の人差し指と中指でひりひりする場所を撫でる。
「食えって」
「やだ」
「なんで」
「じゃあ一緒に食べてよ」
彼は一瞬苦い顔で言葉に詰まった。
その表情を盗み見て、わたしは少しだけ笑ってまた目を逸らした。
「…いいよ」
「冗談だよ。奥さん待ってるでしょ」
「いいって一回くらい」
「冗談だって」
そうすることで、彼の中では「誘ったけどわたしに断られた話」、つまり、「俺が悪いわけではない」になったかも知れない。
ずるいなあ、と思う。
「…帰りなよ」
「なんで」
「ご飯用意して待ってるよ」
またなんとも言えない顔をして彼は口を噤んだ。
そんなに傷付いた顔をするならこんなことしなきゃいいのに。
よいしょ、ともたれていた体を起こす。
彼は、こんな雰囲気のまま、とだけぽそりと言ったけれど、ごそごそと身支度をするわたしに何も言わなかった。
「ご飯、食べたらちゃんと写メ送れよ」
帰りしな、閉まる車の扉の向こうで、彼はそれだけ何とか紡ぎ出した。
これだから、わたしはご飯も苦手だ。