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こころの行方について

彼氏と別れた。

そうLINEでぼやくと、忘れた頃に先輩から「公園に出てこい」と返事があった。

取引先との飲み会の帰りだと、10分後に現れたまあまあアルコールの入っているらしい先輩は、いつもより少し気怠げに「お疲れ」と手を上げた。

わざわざ公園に立ち寄るために、一つ前の駅で降りてくれたようだった。
ブランコに並んで腰掛け、ありがとうを伝える代わりに彼の好きなウィルキンソンの炭酸水を手渡すと、彼はさんきゅ、と素直に受け取った。

「で?何があったの」

口をつけた先輩が、すぐにそう切り出した。

緩みまくった涙腺のおかげで言葉よりも先に涙があふれそうになって、ぐっと歯を食いしばって呼吸を整える。

「忙しくて」

「うん。あんたに限っては今に始まったことじゃないね」

「わたしもだけど、あっちも」

「ほう」

「で、お互い気を使いがちだから、会えなくなっちゃって」

「なに、あんたは会いたかったわけ」

「そりゃあ」とだけ普段の調子で答えたつもりだったけれど、後に続く「会いたかったよ」は思いの外掠れた声になった。

先輩は興味なさげな声色でふうん、とだけ返事をした。

「会いたいって言ったの?」

「言ったよ」

「言ったのに会えなかったの?」

「そういうわけじゃないけど」

キィキィと鉄が悲鳴を上げる合間に鋭い質問が飛んできて、思わず言い淀む。

鎖を持つ手に力が篭った。
彼には失恋した後輩を優しく慰めるつもりなど毛頭ないのだと悟った。

「会いたいって言ったのに会ってくれなかったならそりゃあっちが悪いよ。でも、会いたいって言わなかったならあんたが悪いよね」

言葉と共につばを飲み込む。
飲み込めなかった涙が、堰を切ったように溢れ出した。

「あんたが言葉にしなかった思いまで背負う義務は相手にはないよ。会いたいって言われなかったなら、それは会いたくないと思われてるのと同じだから」

「でも、あっちは毎日疲れてるから」

「そんなもん無理させときゃいいんだよ」

ぐしゃぐしゃの顔を袖で拭いながらしゃくり上げる。
目の据わった先輩は、なに泣いてんだよ、といじめっ子のように言い放った。

「来てるのはあくまでも相手の意思だ」

「でも、あっちは別に会いたいと思ってないから来てないんだよ。それを、会いたくないのにむりやりわたしのわがままで来させるのはいやだよ」

「ほんと分かってねーな」

先輩は少しだけ語気を強めた。

「自分の会いたいタイミングで来るなんて誰でもするわ。会いたいって言われたからって、会いたくない、疲れてるときに、分かった時間作るから会おうって言ってくれるのが一番いい男だろ。会う時間を男に自発的に作ってほしいっていうのは、気を使ってるように見せかけて自分のことしか考えてない」

分かってんのか、と問い詰める先輩はまるで輩だった。

彼自身が何か身に覚えがあったのか、はたまた可愛い後輩を大事にしてほしかっただけなのか。
真意のほどは分からなかったが、優しく諭されこそすれ怒られるとは思わず、ただでさえ涙腺が緩み壊れた蛇口からは涙が止まらなかった。

それでも黙って泣いてるばかりでは怒りを助長させそうで、しゃくり上げながらもなんとか言葉を紡ぎ出す。
聞き取れないほどにぶさいくな声にも関わらず、先輩は文句を言うこともしなかった。

「でも、会えなくて申し訳ないなとか思わせたいわけでもないし」

「思わせときゃいいんだって。申し訳ないなでも会ってやれなかったなでも、なんでもいいから頭に残らなきゃいけないのに、遠慮ばっかりしてるから忘れられるしほっとかれんだよ。ほっといていいんだなってなんだよ」

うん、と返事をすると、うんじゃねーんだよと照れ隠しなのか苛立ってるのか分からない返事が来た。

「でもでも言いやがって。ポジティブに考えることを知らんのかね君は」

「期待したくないの」

はあ?と聞き返す先輩に、もう一度、期待したくないから、と噛み締めるように口にした。

先輩のその反応が、純粋に聞き取れなかったことによるものではないと、さすがにわたしも理解していた。

「期待しなければ、傷付かずに済むの。裏切られる方は、約束を破られる方は、いつだってかなしい。会いたいって言わなければ、傷付きはしないの」

「お前さあ」

わたしの語尾に被せるように、先輩は苛立ちを隠そうともせず吐き捨てた。

記憶が正しければ、先輩の口からお前という二人称を聞くのはそれが初めてだった。

「お前はそれでいいかも知れないけどさ。お前と関わってる人間の、俺たちの気持ち考えたことある?」

何も言えなかった。

立ち上がった先輩の影が被る。
先輩が鎖を掴み、両脇でがしゃ、と音がした。
俯いたままのわたしは、彼の表情を窺うことが出来なかった。

「自分に自信のないやつなんて誰も追っかけねーから。見せかけでも自信持ってる方がかっこいいんだよ。いい女なんだから。自分を隠す必要なんてないんだよ」

顔上げろ、と無理やり顎を持ち上げられる。
アルコールと外気、どちらのせいだろうか、少しだけ顔が赤いのが外灯で薄っすら分かる。
真剣な、些か気分を害したような先輩と目が合った。

「やだ、ぶさいくだから」

「じゃあ泣くなよ」

その強い視線から逃げたくて無理やり顔を背けたけれど、今度は顎を鷲掴みにされる。

「いたい」

「ぶさいくじゃねーよ」

「目、腫れてる」

「腫れてても可愛いから」

「可愛くないよ」

「うるせえな、可愛いって言ってんだろ」

「ちゃんと泣かないように頑張るから、ちょっと待ってよ」

「頑張るなって言ってんだろうが、泣け」

口を噤む。
なんて無茶苦茶なんだ。
酔っ払ったら面倒臭いのは知っていたけれど、いつもは抑えられた無理やりな優しさや力強さが、箍が外れたことで全て3倍になっている。

「ありのままでいいんだよ」

顎から手が離れたかと思うと、先輩の額が肩に乗った。

金属が鳴き、体が不安定に揺れる。
彼の匂いに混じって、強いアルコールの匂いがする。

「ありのままでも…俺は、ありのままのお前が、ずっと好きだよ」

きっともう終電はない。人影もない。

風も吹かない寂れた公園で、既に頬を濡らした涙たちを追うように一粒、雫がまた頬を流れた。



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