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2024年12月の記事一覧
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(中編「密売人」⑧)
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コンピュータが見る悪夢
(中編「密売人」⑧)
その日は、今まで盗んだことのないものに挑もうとしていた。地球を襲う宇宙人と人間が戦う戦闘モノのテレビゲームだ。表紙には真夜中の空に飛ぶ宇宙船と、銃を構えた地球人が燃え盛る地上で待ち受けている情景が描かれていた。そのシンプルで分かりやすい構図が一番にフィルの目を引いた。フィルは今まで一度もゲームをしたことがなった。父はおもち
【短編】『コンピュータが見る悪夢(中編「密売人」⑦)』
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コンピュータが見る悪夢
(中編「密売人」⑦)
斜面に沿って一面に芝生が生えていた。すぐ上の方で三人の男たちが寝そべって何かを話している。こちらには気づいていない。嫌な匂いは彼らの方から漂ってくる煙からするようだった。
「大丈夫かい?」
近くでしゃがれた声が響いた。一人の老人が心配そうな顔でフィルを見つめている。
「怪我してるじゃないかあ」
老人が見つめる先に視
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(中編「密売人」⑥)
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コンピュータが見る悪夢
(中編「密売人」⑥)
翌朝、まるで近所に遊び相手ができたかのように軽快に踊りながら家を抜け出した。フィルの歩く先には、誰もいない店の外でメッキの剥がれた大きな鍋から炎と煙が絶え間なく噴き出る。去り際にフィルの鼻へと吸い込まれる変わったソースの香りは、その幼い体を別世界へと誘う。
「いくらでもとっていっていいですよ」
青いシャコー帽と軍服を纏っ
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(中編「密売人」⑤)
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コンピュータが見る悪夢
(中編「密売人」⑤)
フィルはただその場に立ち尽くして見ていることしかできなかった。おじいさんは再び新聞紙を顔の前で大きく広げ、店の中に小さな壁を作った。あの女性はなぜ代金を払わなかったのだろうか。払い忘れたにしては堂々としていた。まるで歯磨き粉をバッグにしまうことは当たり前のことだと言わんばかりに。おじいさんは知っているのだろうか。女性が歯磨き粉
【短編】コンピュータが見る悪夢(中編「密売人」④)
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コンピュータが見る悪夢
(中編「密売人」④)
紙に唾液をたっぷり染み込ませ、ゆっくりと喉に気体を通した。すると肺は瞬く間に膨れ上がり、汚染物を外に出そうと反射的に横隔膜が跳ねた。フィルはもう一度煙を吸った。今度は胸に力を入れて横隔膜の運動を抑えた。気体は気管を通り、気管支へと到達する。そして肺門を通り、気管支から毛細血管へと流れていく。ある時点で呼吸の波が反射を告げた。気
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(中編「密売人」③)
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コンピュータが見る悪夢
(中編「密売人」③)
フィルは父に愛されていた。母親を幼くして失った代わりに、多くのことを父から教わった。父からの愛はしばしばフィルを混乱させることもあった。しかしその絆は鎖のように強く結ばれ、切れることはなかった。父は息子への愛の示し方を知っていた。それは一般的な家庭で見られる眠りにつく息子へする額へのキスや、公園で好きな女の子の話をしながらする
【短編】『コンピュータが見る悪夢』(中編「密売人」②)
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コンピュータが見る悪夢
(中編「密売人」②)
署の印刷機が壊れた。
「おいおい、勘弁してくれ」
上司のマックスは火傷のあとある頬を小刻みに揺らしながら、その醜い顔で唸っていた。
「フィル・ウォーカー」
「――」
「フィル・ウォーカーはいないのか?」
「――」
フィルは支給されたパソコンに釘付けになっていた。次から次へと自分の元に事務作業が舞い込んだ。しか