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夏目ジウ 掌編・短編小説集

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これまでnoteに掲載した小説をまとめてみました。
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#短編小説

alone【掌編小説】

alone【掌編小説】

※作中には、やや刺激的かつ相応しくない表現が含まれています。ご了承下さい。

 バーがいくつか連なる街並みは、いつも俺の孤独になりがちな心の隙間を埋めてくれた。マスターと別れた後は、いつも少し歩いて最寄り駅に向かう。途中、夕陽が店を覆い隠すように煌々とゆっくり沈んでゆく。またそれが少しだけ切ないぶん、再び俺は独りの心に還る。結局、一匹では唯の物悲しい動物なのだと気付く。
 「生まれ変わったら、自分

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頭の中には夢がある【掌編小説】

頭の中には夢がある【掌編小説】

 話している言葉は物語になる。生きていること、即ち物語の上を歩いていること。食べたり、寝たり、人を好きになったり・・・息をしたりもそう。全てが私になる。
 例えば、空想をする。こうなりたい、ああなりたい、これをしたい。全ては真(まこと)で今の自分の生の姿。
 特筆すべきは、好きだったあの人と一緒になれなかったこと。こい願わくば、一つになりたかった。叶わなかった夢。君は若かった。いや、只一人私が幼か

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あけました【短編小説】

あけました【短編小説】

※本文は1,772字。

 自宅近くの寺社に一人で参拝していたら、大学時代の友人であるアキラと偶然に会った。会ったと言うか、遭遇だから遭ったと言うほうが正しいか。
 アキラは4人の子供を引き連れていた。2人は自分の実子で、残り2人は嫁さんの連れ子なのだという。独り者の俺とは大違いだ。
 「明けましておめでとうございます!」
 両親と妹夫婦子がごった返す実家は久しぶりに賑やかだった。父は孫の顔を眺め

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夕焼けの拳【掌編小説】

夕焼けの拳【掌編小説】

※本文は3,044字数です。

 地方の小さなボクシングジムには、煌々とした夕陽がよく似合う。そこは、男達の酸い汗の匂いと熱い吐息で充溢している。大田拳士はプロボクサーを目指すイケメンの19歳だ。
 「おい拳士、パンチ打ってみろ」
 「はいっ!」
 ジムの会長である山本は、そうやって拳士のパンチを全力で受け止める。空気を切り裂くような美しい左ジャブは渇いた音を立てると、ボクシングミットに吸い込まれ

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ラストダンス【エンタメ小説】

ラストダンス【エンタメ小説】

 ※本文は1,840字数です。

 生まれてはじめてのアダルトレビュー⭐︎は最悪だった。結局、世の中の誰も求めてやしない代物なのだから。煮ても焼いても炙っても、アダルトレビュー⭐︎はアダルトレビュー⭐︎にしかならない。
 冒頭から「シンジ君!シンジ君!」と逆突っ張り棒をひたすら掲げながら一晩中踊り続けた。俺は明らかに赤面して、まるで自分自身があのハギワラシンジになったつもりでいた。
 兎にも角にも

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盛夏に何を想う【掌編小説】

盛夏に何を想う【掌編小説】

 DVDには「昭和-戦禍の記憶-」というタイトルが付されていた。去年99歳で亡くなった祖父から受け継いだものだ。
 一人灯りを消して祖父の記憶に初めて触れてみる。画面にはテレビニュースで観たような人殺し合いが映し出されていた。僕は思わず目を背けた。でもやっぱり観なくてはいけないような気がした。フト「責任」という赤字で書かれた二文字が頭に浮かんだ。

 先達から受け継ぐ責任。誰かが語り継がなくてはな

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夏の思い出【掌編小説】

夏の思い出【掌編小説】

 夏が来れば思い出す。忘れよう忘れようとすればするほど走馬灯のように現れ出てくるのだから不思議だと思う。
 あれは始発の新幹線で帰省した時のこと。
 東京駅から名古屋へ向かう車中で見覚えのある女性がポツンと真ん中に座っていた。えーっと、と自らの乗車席を見つけた僕は思わず叫んだ。
 「あった!?」
 目の前の相手にはたぶん違うように聞こえたのだと思う。
 「いや、会ってません」
 続けざまに「知りま

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唄う美少女【掌編小説】

唄う美少女【掌編小説】

 「別れたあの夏を」
 「うわー、懐かしい」
 僕と彼女は最近こう言い合うのがなぜか流行っている。昔、母親が九十九里浜に連れて行ってくれた時によく流れていた昭和の歌謡曲だ。
 「この曲いいんだけど、カラオケで歌うと案外出だしとか難しいんだよね」
 彼女はこう悪戯っぽく言うと、自らの悲しい幼少期のことを語ってくる。僕は彼氏だからいいんだけど、ずっとそんな重い話をされても疲れてしまう。でもなかなか「別

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わたしの おとうさん【掌編小説】

わたしの おとうさん【掌編小説】

 ※文字数2,402字。
  作品はフィクションです。

 私は父性を知らない。男親がいるって凄い、といつも妬んでいた。父は物心ついた小学1年には この世にいなかったから、普通に凄いと思ったことは今までずっと続いている。
 私は父に成り代わる存在をずっと探していたんだと思う。父親みたいな大きな存在・・・私にとっては今の彼氏である同い年の井上 恭(やすし)君だ。
 二十歳になるまで彼氏が出来なければ

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初夏に帰りたくなる僕ら_2【ショートストーリー】

やっぱり恋ができない
そう呟いたX(エックス)に見知らぬイイネが星の数ほどついた
僕の不幸を嗤う1万イイネは悲しみを増長させる
つぶやきの裏にある声にならない叫び
--見知らぬ姉に逢いたい
大人になればあえるよ、と言った母に姉のことを訊いてみたくなった
気がつけば朝一の飛行機に勢いよく飛び乗っていた
例年より暑い夏の札幌のせいで到着後は少し気分が悪くなった
いや、亡き姉のことを思い過ぎたせいか

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ショートショート「夏の終わり」

ショートショート「夏の終わり」

 祖母が亡くなった時は今でもよく覚えている。私が10歳になった8月末日の翌朝で、自分は日本一不幸な小学5年生だと思った。
 しかし、肺がんと最後まで闘う姿は強く美しく見えた。「人はいつか死ぬ。こうやって抗う苦しむ姿を見とけ」と言われているようだった。
 祖母が亡くなって、病院から帰ってきた時には既に沢山の人達が居間に集まっていた。
 葬式は厳粛に執り行われた。すすり泣く声が住職の念仏をかき消してい

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母の夕焼け【ショートストーリー】

母の夕焼け【ショートストーリー】

 あんな夕焼けは見たことがない。
 恐ろしいほど包み込まれそうだった。
 思わずそう叫んでしまいそうな聖母のような優しさがそこには広がっていて、沈む間はずっと亡き母を思い出していた。

 母は看護師の仕事をして僕を女手一つで育ててくれた。
 「拓也くん、いい? ここでおとなしく待っているんだよ」
 その日も僕は母の勤務する都内の病院に来ていた。学校が終わってから、毎日こうやって母の近くに来ていた。

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変態夫婦【掌編小説】(青ブラ_第3回変態王決定戦参加作品)

変態夫婦【掌編小説】(青ブラ_第3回変態王決定戦参加作品)

 ※本編2478字。

 (節分に邪気を取り払うって、何も夫婦関係にまで躍起にならなくても・・・。)夫のヒロシはそう呟くと幻の終わりの様な刹那さに襲われた。
 節分に離婚を突きつける風習は、実はその昔日本に存在していた。妻の節子は鬼の形相で夫に三行半を突きつける。
 「ハタチに結婚して20年。ずっと、アンタのことが気に入らなかってん」
 ヒロシに世の悪運の全てが降りかかったように真昼の斜光が突き刺

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さようならタイムカプセル【掌編小説】

さようならタイムカプセル【掌編小説】

※5,528字数。
 本作品はフィクションです。

 卒業の日を一週間後に控えた愛ノ川小学校には一言では例え難い雰囲気があった。過疎化が進む愛ノ川市は数年前から一気に人口減少の一途をたどっていた。
 今月3月末をもって、廃校になるのだ。母校を失くすことは限りなく悲しみが深い。
 在校生のうち6年生は5人、5年生は4人、4年生は3人、3年生は2人、2年生は1人。そして、今年度の新入生はいない。傷心に

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