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日常を愛せる〈感性〉の幸福 : panpanya 『魚社会』

書評:panpanya『魚社会』(白泉社・楽園コミックス)

著者が得意とする「日常空間からふと迷い込んでしまう、不思議に懐かしいを異世界を彷徨う」異世界彷徨譚が好きな私としては、本作品集は、「日常」世界に近いところで展開されるエピソードが多く、その意味ではやや期待はずれであったものの、しかし、著者の本質的な部分を垣間見させるという点では、大変に興味深い一冊であった。

そのような観点からして、本作品集で最も注目すべき作品は、やはり前作品集『おむすびの転がる町』所収の実録短編「カステラ風蒸しケーキ物語」の続編となる、「続」「続続」「続続続」「続続続 補遺」「続続続続」という、一連のシリーズであろう。

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このシリーズは、著者が実体験をそのまま語っていると理解していいと思うので、私は「実録」としたが、要はこれまでの「幻想譚」とは、完全に一線を画した、ある種のエッセイ漫画だと考えていいだろう。
そうした「形式」に着目すれば、このシリーズ作品は「作者らしからぬ」作品だとも言えるのだが、しかし、だからこそ、このシリーズには、作者の人間的本質が、比較的わかりやすく表れているのではないだろうか。

どういうことか。
それは「日常の中にある、小さな魅惑を見逃さず、それを大切にする」という非凡な力を著者が持っている、ということである。

私たちは「異世界彷徨譚」というと、どうしても「日常からの脱出」であり「現実逃避」という方向で理解しがちだし、著者の「異世界彷徨譚」をそのようなものと理解するのも、ごく自然なことであろう。そして、それは、必ずしも間違いではないだろう。

だが「カステラ風蒸しケーキ物語」シリーズから見えてくる著者の異能(非凡さ)とは、「日常の中に、日常を突き抜ける世界を見る」ということなのではないか。つまり、同じように「異世界」を幻視するにしても、「日常の外に、非日常を求める」というのとは、方向性が真逆なのである。

私たちは得てして「日常」というものを「日常的な思い込み」で見てはいないだろうか。「手垢に塗れさせて」はいないだろうか。
「道路は道路であり、電柱は電柱である」と、そのように思い込んでるから、「この道路の先に何があるのだろう?」「この電線はどこまで続いているのだろう?」などとは、普通考えない。考えられなくなっているのである。

第6回(1994年)日本ファンタジー大賞を受賞した、銀林みのる『鉄塔 武蔵野線』は、高圧電線の鉄塔がどこまで続いているのか、それを見極めるべく「武蔵野線」と呼ばれる送電線を源へとたどる旅に出る、二人の少年のひと夏の冒険の物語であったが、たしかに「子供」の頃の私たちには、そのような「想像力」が生きていた。銀林の物語のように、淵源にまで到達することはできなくとも、途中までは行ってみた(そして、諦めて帰ってきた)という経験を持つ男の子は、少なくともかつては、少なからずいたのではないだろうか。

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ともあれ、「子供」の頃の私たちは、見知らぬ「道路の先」や「電線の先」に思いを馳せる想像力を持っていたが、いつしかそれを失ってしまった。そんな「無駄なこと」を、いつの間にか、しなくなり、できなくなっていたのである。
そして、だからこそ「日常」が無味乾燥なものと感じられ、だからこそ「ここ(日常)ではないどこか」としての「異世界」に救いを求めようとしがちなのではないだろうか。

ところが、本書著者であるpanpanyaは、私たちが失った、そんな「想像力」を保持していた。
だから、特別な「物語」や「ゲーム」などなくても、「日常」の中に「異世界」を見つけることができたのではないか。

そして、そうした目で「日常のあれこれ」を見ているからこそ、「カステラ風蒸しケーキ」というコンビニ菓子を、あそこまで「愛する」ことができたのではないだろうか。それはもう、単なる「コンビニ菓子」ではなく、まさに「愛の対象」であったからこそ、出逢いがあり、別れがあり、再会があり、旅立ちへの祝福さえあったのではないか。

「ここではないどこか」に「幸福」を求めているかぎり、私たちは決して満たされることはなく、その意味で幸福になることはできないだろう。
言い換えれば、「日常」の中に「愛の対象」を見出せる者だけが、幸せになれるのではないか。いや、幸せなのではないか。

panpanyaの作品が「日常的な幸福」に満たされているのは、何より彼(彼女?)が「日常」を愛し、愛する日常に囲まれて生きているからではないか。

「コンビニ菓子」の向こうに「お菓子の幸福」や「他人の幸福」を願える感性とは、誰よりも本人を幸福にするものなのではないだろうか。

初出:2021年8月5日「Amazonレビュー」

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