中西嘉宏『ロヒンギャ危機 「民族浄化」の真相』 : 彼らは、私たちの〈似姿〉である。
書評:中西嘉宏『ロヒンギャ危機 「民族浄化」の真相』(中公新書)
「ミャンマー国軍による、ロヒンギャに対する虐殺行為」があったらしいというのは、4年前の話だから、その当時にも耳にしていたはずだが、当時の私は、ミャンマーが民主化されているのか、まだ軍事政権のままなのかもよく知らなかったので、国軍が少数民族を虐殺したと聞いても「可哀想だけど、ありそうな話だ」と思っただけで、さほど気には止めなかったと思う。
私が「ロヒンギャ問題」を意識し始めたのは、「セーブ・ザ・チルドレン」(子ども支援活動を行う、民間・非営利の国際組織)による寄付募集のテレビ広告がなされ始めた、1年ほど前からだったか? あるいは、もっと前からだったのか。
それすら定かではないが、とにかく「幼い弟を連れて、虐殺を逃れ、必死の思いで難民キャンプにたどりついた」という「ロヒンギャの少女」の姿が、あまりにも印象的だった。この時初めて「ロヒンギャ」は、生身の存在として、私の前に立ち現れた、と言ってもいいだろう。きっと、多くの日本人にとってもそうだったのではないだろうか。
その一方、ミャンマー民主化の象徴であり、ノーベル平和賞受賞者のアウンサン・スーチーが、「ロヒンギャ虐殺問題」について問われたが「国軍を責めなかった」というので、国際社会から「失望した」「スーチーは変わったのか」と非難されているというニュースも、何度か耳にしていて、スーチーに好印象を持っていた私は「真相はどうなのだろう」という引っ掛かりを覚えていた。
そんな時に、本書が刊行された。2021年の1月の末、奥付だと「2021年1月25日」付である。
その時、読んでいた何冊かの本を読了して、本書を読み始めた途端に「ミャンマーで軍事クーデター発生」というニュースが飛び込んできた。「ああ、そうか。ミャンマーはいちおう民主化されていたけれど、まだ軍が強い力を持っているというような話だったな。ということは、また軍事政権に逆戻りしたのか。これではロヒンギャ問題も後回しになってしまうだろう。スーチーが、ロヒンギャ問題で、軍を厳しく非難しなかったのも、こうなる恐れがあったからなんだろうな」というくらいのことは、すぐに察しがついた。
そういう前提で、私は本書を読み進めることになった。まず知らなければならないのは「ミャンマーの歴史」であり「民族問題」であることは明らかだ。
そもそも私は「ミャンマーとは、昔のビルマ」だということもハッキリとは認識していなかったし、ニュースによく出てくる「ヤンゴンとは、昔のラングーン」だということも知らなかった。当年58歳の私には「ビルマ」「ラングーン」の方が耳慣れている。しかし、「ビルマと言えば、中井貴一が主演した竹山道雄原作映画『ビルマの竪琴』のビルマであり、黄色い袈裟を身に付けた仏教僧侶の国だ」くらいの印象しかなく「アウンサン・スーチーのミャンマー」とは繋がっていなかった。また、「ヤンゴン」であれ「ラングーン」であれ、どこの国の町なのかも理解していなかった。
結局、「ミャンマーというのは、スーチーの民主化運動と軍事政権の国」であり、それに最近になって「少数民族ロヒンギャへの虐殺問題」が加わった、そんな国という印象しかなかったのだが、たぶん、多くの日本人にとっての「ミャンマー」とは、その程度のものだったのではないだろうか。「聞いたことはあるけれど、ほとんど知らない国」だったのである。
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本書で「ミャンマーの歴史」を学び、そこに「戦争を遠因とした、宗教がらみの民族紛争」のあることを知って、「これは容易な問題ではないな」と理解した。
ミャンマーは、ビルマ(族)人を多数派としながらも、多くの少数民族を抱えた国だ。それだけでも、地域による民族の偏りによって、民族問題の絡んだ「中央と地方」の問題が存在している。その上に、国民として認められていない「不法難民としてのロヒンギャ」が存在するのだ。つまり、ミャンマーは、多数派ビルマ人(国民)と少数派ビルマ人(国民)の間にも対立があり、その外に、さらにロヒンギャの問題がある。
また、そうした対立には、宗教が深く絡んでいる。ミャンマーは圧倒的な仏教国だ。
たまたま先日、日本の仏教学者で浄土真宗の僧侶である佐々木閑の著作を4冊読んだのだが、そこで「理想的な仏教=釈迦の教えの忠実な仏教」の形式として語られていたのが、ミャンマーもそうである、上座部仏教(小乗仏教)による出家僧侶集団(サンガ)である。
サンガの出家僧侶たちは、もっぱら修行をする脱俗の存在であり、自分たちの生活を支えるための仕事(労働)をしてはならない。彼らにできるのは、修行の一環としての「托鉢」だけであり、彼らの生活は、「托鉢」や「寄進」などによって在家信者から「施されたものだけ」で支えられているのである。しかも、ミャンマーでは全人口の1パーセント弱が出家者である。彼らの場合は、日本の生活保護とは違い、若くして出家し、そのまま一生、信者の施しで生涯を終える出家者も多いのである。つまり、こうした「サンガ」が成り立つのは、それだけ国民の信仰心が強く、僧侶への尊敬の念が強いということであり、裏を返せば、他の少数派宗教とは、縁が薄く、理解にも乏しいということだ。
そして、問題のロヒンギャは「イスラム教徒」なのである。
歴史的経緯のからんだ「民族と宗教」両面からの「怨恨」と「偏見」。これだけでも、ミャンマーを統一的で民主的な国民国家として運営していくのは、容易なことでない、というのがわかる。
しかも、ミャンマーは、イギリスの植民地支配から「独立闘争」によって生まれた国(スーチーの父親は、建国の英雄である)なので、「実力行使」は「悪」ではなく、だから「軍隊」が強い。「力のない正義は、正義に非ず」という感覚が、軍人たちの中には、きわめて正当なものとして生きているのである。だからこそ「民主化」は容易なことではない。
2017年の「ロヒンギャ虐殺問題」というのも、もとは差別迫害されている少数民族ロヒンギャの権利のために戦う、ロヒンギャの(自衛的)武装勢力が、ミャンマーの警察や軍の施設を数度にわたって攻撃したことに、端を発したものだ。つまり、国軍にすれば、テロリストの攻撃に対して、自衛的に掃討作戦を実施しただけなのだ。だが、そうした作戦行動の中で、ロヒンギャ側の「武装勢力」と「民間人」の区別が厳密になされなかったために、もとからあった「差別的な偏見」のせいで、無差別的なロヒンギャ虐殺が起こり、大量の難民を発生せしめてしまった、(らしい)のである。
つまり、私たちは「少数民族ロヒンギャへの虐殺事件」と聞くと「ミャンマー国軍が、無抵抗なロヒンギャの(民間)人たちを、国内からの排除目的で一方的に虐殺した」と、そうイメージしがちだが、ことはそんなに簡単ではない。ここにも歴史的な民族対立による「暴力の連鎖」があったのであり、国軍は国軍なりに「被害者意識」を持っていたのであるし、死者も出しているのである。つまり、ミャンマー国軍のやったことは、かつての日本軍やアメリカ軍も「戦地」でやったことなのだ。
だからこそ、すでに民主政権に移行して、最高指導者となっていたスーチーが、「民主主義ヒューマニズム」だけを持って「国軍を非難」しなかったのは、むしろ当然だとも言えよう。
本書でも紹介されているとおり、スーチーは、決して「虐殺はなかった」「国軍の行動に問題はなかった」などと(日本の保守政治家のようなことを)言っているのではない。「個々の問題はあったし、それは事実関係を明らかにして、処罰すべきは処罰しなければならない」と認めた上で、しかし「国軍の行為は、西欧世界が非難して言うような、民族浄化を意図して行われたジェノサイドには、当たらない」と言っただけなのだ。一一これは国政を預かる者の発言として、非常に真っ当な「正論」であると、私は思う。
まして、ミャンマーでは「平和裏に民政化」するにあたっては、当然のことながら「国軍の権利は、手厚く保証された」。保証されなければ、国軍が「民政化」を受け入れなかったのは明らかだし、国軍の地位を保全してでも、ひとまず民政化を実現するという選択は、決して間違ってはいなかったと思う。まずは、民政化して、国民の声が反映される社会体制を「徐々に構築」し、その上で「徐々に」国軍の政治的な力を削いでいこうと考えた、アウンサン・スーチー率いる「国民民主連盟(NLD)」の現実的な選択や判断を、責めることのできる者など、世界のどこにもいないだろう。
だが、国軍が力を保持したままの状態で民主化を進め、徐々に「国軍の力を削ぐ」というのが、容易なことでないのは言うまでもない。軍人だって馬鹿ではないのだから、自分たちの立場があやしくなれば、いつでもクーデターを起こす準備はあったのだ。そのための「民政化時の地位保全」だったのである。
だから、スーチーが「国際世論」からバッシングを受けるのを覚悟の上で、「ロヒンギャ虐殺問題」で「国軍」を一方的に責めることをしなかったのも当然で、そのスーチーを責める「国際世論」の方が、むしろ非常識なのだとさえ言えるだろう。
もちろん、「国際世論」は、ロヒンギャについて尋ねられたインタビューで、スーチーが「ロヒンギャは国民ではない」と冷たく断じたという事実をして「スーチーもまた、もともとロヒンギャに偏見を持っていたから、国軍の暴挙を黙認したのではないか」と疑い、そのせいで「スーチーには失望した」「裏切られた」という思いから、スーチーを責めてしまったのだろうとは思う。
しかし、再び軍事クーデターが起こって、民主政府が転覆してしまえば、もはや「少数民族問題」では済まなくなるのは、状況的に明らかだったのだから、やはり、スーチーを責める「国際世論」というのは、あまりにも「ミャンマーの現実について、無知だった」と言うほかないだろう。
そして、案の定、危惧された「軍事クーデター」が現実のものとなってしまい、「ロヒンギャ虐殺問題」の解明解決などは、完全に吹っ飛んでしまったのである。
今日のテレビニュースでも報じられていたが、ミャンマー国民の多くはスーチーを支持している。逮捕されたスーチーの解放を求めて、抗議運動をしている。つまり国民の多くは、民主化を望んでおり、軍事政権に批判的である。
しかし、そんなミャンマー国民の多くが、「仏教徒」であり、少なからぬ者が、今も「ロヒンギャ」に差別意識を持っている、という現実を忘れてはならない。
「ミャンマー」の問題は、単なる「軍事独裁政権 VS. 民主主義を望む国民」の問題では済まない。
スーチーを支持する「民主主義者」の中には、本書でも紹介される、差別的で過激な保守主義「仏教僧侶」を支持する者、つまり「イスラム教徒であるロヒンギャは出て行け」と叫ぶ者もいる、という事実を忘れてはいけない。
「民主化」されただけでは「ロヒンギャ問題」か解決されない、と言うよりも、民主化を望む国民の多くに「ロヒンギャ」に対する差別意識があるからこそ、スーチーも「表立ってロヒンギャを擁護することができない」という蓋然性だって低くないのだ。なにしろ「民主主義」なのだから、国民から嫌われてしまっては、政権は担えないからである。
このような、複雑かつ困難な問題を、ミャンマーは、今回の「軍事クーデター」以前から抱えているのである。
だから、私たち「外野」は、「ミャンマーの現実」をよく知らないままにヤジを飛ばして、民主化の脚を引っ張ったりしないようにしなければならないだろう。そのためにも必要なのは「最低限の知識」であり、本書で提供されるものとは、まさにそれなのだ。
私たち一般の日本国民が「ミャンマーの厳しい現実」「ロヒンギャの悲惨な現状」を知ったところで、できることは多寡が知れているだろう。だが、だからと言って、そうした現実から目を背け、知らん顔を決め込むことほど、非人間的なことも、また無いのではないだろうか。
だから、せめて「この現実」を知って、痛みを分かち合うことくらいはしていいのではないか。
そして、せめて、わが国において、同じようなことをする「加害者にならない」よう自戒するくらいのことは、すべきではないか。
私たちの国においても「少数者差別」は横行しているし、「力の正義」を振り回す政治家も少なくない。そしてそれを黙認しているも同然の私たちが、どうして、他国のことだからといって、安心して、偉そうに注文をつけることなどできよう。
私たちは、もしかすると「民主主義化を望むミャンマー国民」や、それに応えようと努力する「スーチーら」と同じであると同時に、「ミャンマー国軍の軍人」たちや「ロヒンギャを差別するミャンマー国民」とも同じかも知れず、またそれでいて、「ロヒンギャ」と同じ扱いを受けかねない「存在」なのかも知れないのである。
初出:2021年2月6日「Amazonレビュー」
(同年10月15日、管理者により削除)
再録:2021年2月18日「アレクセイの花園」
(2022年8月1日、閉鎖により閲覧不能)
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