【展覧会レポ】森美術館「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」
【約4,200文字、写真約50枚】
森美術館の展覧会「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」に行きました。その感想を書きます。
▶︎結論
現代アートが好きな人におすすめの展覧会です。それは主に、サイズが大きく、インパクトのある作品が多いためです。女性ならではの強烈なメッセージは、普段の生活では得られません。六本木ヒルズにある大きな蜘蛛のパブリックアートに1mmでも記憶があれば、行ってみてはどうでしょうか。ただし、付き合った日の浅いカップルや、子供にはおすすめしません🙅♂️
▶︎訪問のきっかけ
訪問のきっかけは、2つあります。
1)六本木ヒルズにあるパブリックアート《ママン》の下を何十回も通ってきました。今まで「イカつい蜘蛛やなぁ」としか思わなかったです。その作者はどのような考えなのかを知る良い機会だったためです。
美術館近くにあるパブリックアートの個展を開くのは良いアイデアだと思いました。その作品に親しみを抱いている人が多いため、展覧会にも興味が湧きやすいためです。
2)SCAI THE BATHHOUSEに初めて行った後、その創業者である白石正美について調べました。すると《ママン》は「森ビルと協働でスカイザバスハウスが手掛けた作品の一つ」だと知り、興味が湧いたためです。
▼SCAI THE BATHHOUSEの展覧会に行った感想
▼前回、森美術館の展覧会に訪れた感想
▶︎「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」感想
ルイーズ・ブルジョワ(以下、ブルジョワ)の日本での個展は27年ぶり。前回は、1997年に横浜美術館で開催されたそうです。
1つ目からホラーな作品が展示されており、怪しい雰囲気を予兆させます。そして、横にはさりげなく注意書き。
このプロジェクションマッピングに映されている言葉は、ブルジョワが精神分析を受けている際に綴ったものだそうです。
展示されている作品も何だか怖い。
この時点で何となく、草間彌生的な性格を感じ取りました。ブルジョワも草間彌生も精神疾患がありました。そして、彼女たちの作品は、サイズが大きくて印象的(今でいう"映え")なものが多いです(男性器を作品のモチーフにしたことも似ています)。
ただし、草間彌生の作品は、内面世界とは裏腹にポップなアウトプットになっている一方で、ブルジョワはその正反対のアウトプットになっています。
ここで初めて、六本木ヒルズに展示されてる蜘蛛が登場しました。
パブリックスペースと違い、この空間で間近に見ると、今にも襲いかかりそうで不気味な印象を受けます。この蜘蛛は、タペストリーを修理する仕事をしており、子供を癒し養う保護者であったブルジョワの母を表現しています。ブルジョワ自身から母への賛歌でもあったそうです。
しかし、一般的な「母」から連想するイメージとは全く違う物々しさが漂っています。ハリネズミのジレンマのような気持ちがあったのでしょうか。
ブルジョワの母は、役割としての母とは異なる実態があったのかな、と感じました。その後は「母」「女性」をダイレクトに表現した作品が続きます。
なぜ、ここまで「母」に強迫観念があったのか心配になりました。『母という病』(岡田尊司)を読ませてあげたいです(良書です)。
ブルジョワは、両親の"行為"を見た時に混乱し、《カップル》シリーズを作るようになったそうです。
「ブルジョワ展」には、現代アートらしい大きな立体作品が多いため、一見して楽しいです。しかし、実際にそれらの作品が放つエネルギーは、病的な何かを纏っています。
「そこまで考え込まなくてもいいのに…。ブルジョワが"母性"に悩んでいる時、父親は何をしてたんや?」と思いました。
いつもの森美術館では、どこか楽しい雰囲気が漂います。しかし今回は、すごく厳かで、ダークファンタジーな世界観の中で、強烈でフェミニズム的な作品に圧倒されるため、鑑賞していて疲れました。
「女性性」という強迫観念に支配され、それを作品化したのでしょうか。「辛い思いをしてまでアートを作らなくてもいいんちゃうの?」とも思いました。しかし、むしろ作品を作ることで、精神の維持につながっていたのかな、と気付きました。
ブルジョワは、アーティスト、娘、母、妻という複数の役割に疲れていたそうです。時には逃げてもいいし、誰かに相談すればいいと思いましたが、ブルジョワの近くに、そのようなセーフティネットがなかったのでしょうか。
東京を見下ろせる展示室には、ブルジョワには珍しく、男性を象った作品が宙吊りにされています。
ピカピカで美しい作品です。しかし、ガリガリの体の男性は、体をのけ反って、かなり苦しそうです。当時、ヒステリーは女性の病と思われていましたが、男性にもヒステリーはあると表現した作品です。
ダイバーシティの考え方が整いつつある今、現代の世界をブルジョワが見たら何を感じるのでしょうか。
ブルジョワの父は、男の子が欲しかったそうです。しかし、長女の次に生まれたのも女の子(ブルジョワ)でした。それもブルジョワの負い目になったそうです。また、家庭教師の女性と不倫状態にあった父親に対しての怒りが、ブルジョワが作品を作るモチベーションになりました。
実際にブルジョワは「怒りや苛立ちを作品で表現できなければ、その矛先を家族に向けてしまう」と述べていました。作品を作り続けることで、衝動的に湧き上がる敵対心、嫉妬、殺意を浄化していました。
しかし、そんな父が亡くなったことに加え、母の介護なども重なったことで、ブルジョワは鬱病になり、作品制作を止めた時期もあったそうです。
「ブルジョワ展」は、一人で行くか、気心の知れた人と行くことをおすすめします。日の浅いカップルがデートで来たら、会話に困りそうです。また、子供にもおすすめしません。単純に怖いことに加え、ブルジョワの苦悩は経験が浅い子供では、理解が及ばないからです。
鑑賞を進めていると、どんどん悲しい気持ちになる珍しい展覧会でした。後半に行くにつれて、早く出たい気持ちが強くなってきました。きっと、森アーツセンターギャラリーで開催している「さくらももこ展」では真逆の世界があるのでしょう😅
作品を通して「こんなに悩まなくてもいいのに」と思ってしまいます。しかし、そのように脳天気に思えるのは、私が男性だからかもしれません。女性がブルジョワの作品を見ると、共感する部分もあるのでしょうか。
ブルジョワが感じていた複雑な感情は、文章で簡単に表現できません。そのような思想・感情を作品にすることによって、感じ取られ方に幅をもたせながら、多くの人の心に刻むことができると思いました。
最後に設置されていた作品《雲と洞窟》が意外でした。《蜘蛛》で終わらないところに救いを感じました。今までの攻撃的な作品では感じられなかった、澄み切った青い雲と、ぽっかり奥行きのあるタライ。「私ももう大丈夫」と伝えている気がしました(蜘蛛と雲が連続していることは偶然でしょうか…🤔)。
▶︎まとめ
いかがだったでしょうか?今まで何となく見上げていた、ブルジョワの《ママン》を作ったアーティストがどういう人かよく分かりました。普段の生活では気付かない女性ならではの視点は新鮮でした。サイズの大きい作品や、インパクのある作品が多いため、現代アートが好きな方には刺さると思います。なお、デートや子連れでの訪問は、おすすめできません🙅♂️