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NAK &ひーちゃん
2023年6月2日 13:11
【時間⑵】 「私も焦燥感に駆られることはあるけれど、周りの人を見ることはないなー。」 「えー、そうなの? 気にならない? 耀(ひかり)の仕事なんて、すごい人がたくさんいそうじゃない。」 「だからかな。すごい人がたくさんいすぎて、そんなのいちいち見てたら、何にも手につかなくなっちゃうよ。」 焚火がパチパチと心地よい音を立てる。 「同じくらいのレベルの人もたくさんいるけれど、そんな
2023年6月5日 07:10
「今わかった。だから耀(ひかり)に誘われたとき、ここに来ようって思ったんだ。旅行のために有給を取るなんて、普段の私なら絶対しないのに、行きたいってすごく強く思ったんだよね。行かなきゃって。」 「ちょうどいいタイミングだったんだね。」 「仕事的にはタイミングではなかったんだよ。忙しいのに無理して有給取ったんだから。でも、私的にはいいタイミングだったんだと思う。」 栞は背もたれから体を起
2023年6月9日 16:07
【時間⑷】 「この世界の仕組みねぇ。宇宙の時間も?」 栞はよくわからないという風に首を傾けた。 「うん。人間が関わる限り、そこには刻まれた時間があるんじゃないかな。宇宙ロケットにしたって刻まれた時間がなければ、きっと飛ばせないよね。 宇宙に限らず、人間社会に必要なさまざまな技術は、刻まれた時間というツールを使って生み出されているんだろうから、道具としてはね、刻まれた時間は必要なんだ
2023年6月12日 13:38
【時間⑸】 「刻まれた時間から自分を守るって、大切なことだよね。」 私がぼそっと小さく呟くと、栞が 「自分を守る?」と身を乗り出してきた。 「うん。刻まれた時間に身を任せていると、自分が自分じゃなくなっていく気がしてこない? もちろん、刻まれた時間に合わせなければならないこともあるけれど、それだけに始終しているとね。」 栞は大きく目を見開くと、こくりと深く頷き、早口で喋り始
2023年6月16日 08:50
【時間⑹】 「わかるっていうのとは違うと思うの。わかるって感覚は、客観的でしょう? そういう客観的な感覚ではないんだよね。もっと、自分そのものって感覚かなぁ。 栞が自分のことを知りたいと思うのって、すごく客観的な視点だよね。自分を外側から眺めようとしているっていうか。でも、そもそもね、自分を外側に置いて、そこから自分を眺めるなんて、できないと思うんだよね。」 「わかりたいと思うことが、そ
2023年6月19日 13:12
【時間⑺】 「確かにそうかもしれない。でも、人生ってそういうもんじゃない? 自分1人で生きてるわけじゃないんだし、自分はどんな風に生きたいのかって疑問は、どうしたって社会と切り離しては考えられないよ。」 「うん。だから、自分を感じるっていうのは感覚的なもので、どういう人生を生きたいかという思考的なものじゃないんだよね。」 「あ、そっか。思考的なものじゃない。自分を感じたいって言いながら
2023年6月23日 14:12
【失明⑴】 見えるはずの機能を持ったこの目は、僕に何も見せてはくれない。 最初は見えにくく感じる程度で、年のせいだろうと思っていた。ところが、ほんの1、2ヶ月で目に映るものが加速度的に霞んでいく。さすがにこれはおかしいと病院へ行くことにした。 複数の病院に診てもらったが、異常は見つからなかった。どの医師も首を捻るばかりだ。それでも視力は診てもらうたびに落ちていく。 視界のぼやけがひ
2023年6月26日 09:19
【失明⑵】 まずは、目が完全に見えなくなってもスムーズに家の中を行き来できるよう訓練を始めた。 目を閉じて歩いていると、思わぬところで物が落ちたり、足や腕をぶつけたりする。そういった歩行の邪魔になるものを片付けていたら、家中がすっきりとして、思いもよらずいい断捨離になった。 見えるうちにやっておけることは山ほどある。家具の配置を変え、蹴飛ばしてしまいそうなものは排除し、知り合いの業者に頼
2023年6月30日 05:34
【失明⑶】 「マンションってね、窓が1つしかないの。ベランダに通じる窓だけ。ほかの3面は分厚いコンクリートに覆われていて、仕事をしていると息が詰まっちゃう。独立したときに帰ってくればよかった。」 独り身の娘は数年前に独立開業し、在宅の仕事をしている。社会人になってからというもの、この家に帰ってくるのは盆と正月だけで、それは独立開業後も変わらなかった。 娘が30歳になったときお見合いを勧め