連載小説 魂の織りなす旅路#44/失明⑵
【失明⑵】
まずは、目が完全に見えなくなってもスムーズに家の中を行き来できるよう訓練を始めた。
目を閉じて歩いていると、思わぬところで物が落ちたり、足や腕をぶつけたりする。そういった歩行の邪魔になるものを片付けていたら、家中がすっきりとして、思いもよらずいい断捨離になった。
見えるうちにやっておけることは山ほどある。家具の配置を変え、蹴飛ばしてしまいそうなものは排除し、知り合いの業者に頼んで手すりをつける。
また、医師が勧めてくれた視覚障害者のための生活支援センターにも通うようになった。訓練すべきことが想像以上に多いことを知り、年金生活で有り余っていたはずの時間は、訓練に没頭することですべて埋められた。
そんなある朝、ガチャガチャと玄関の鍵を回す音が聞こえてきた。身構えて耳をそばだてると、ガラガラガラッと重たそうな荷物を運ぶカートの音、よっこいしょという掛け声、居間の襖を引く音がして、「ただいまー」と娘が入ってきた。
以来、娘と一緒に暮らしている。娘の世話になるのは気が引けたが、娘が勧めるようにそれはお互いにとって良いことのような気もしたし、なによりもやはり心強かった。
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