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【読書コラム】指摘しにくいハラスメント未満の失礼「インシビリティ」が会社や組織を破壊する! 挨拶をしないとか、不機嫌な顔でいるとか、礼節のなさは経済的にもマイナスだった - 『Think CIVILITY(シンク シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』クリスティーン・ポラス(著),夏目大(訳)

 別にサラリーマンをやっているわけではないけれど、人事というものに興味があり、そういう動画をつい見てしまう。先日もリハックで「ミドル層のキャリア塾」で中間管理職の辛さを議論する動画が上がっていたので、立場が違い過ぎて基本的には共感できないけれど、そうなんだぁと感心しながら楽しく視聴した。

 その中で元DeNAの坂井風太さんが気になる言葉を紹介していた。「インシビリティ」という単語で、直訳すると「礼節の欠如」を意味するらしい。

(動画内29:44〜)

インシビリティって概念があるんですね。インシビリティ、ちょっと難しいんですけど、ハラスメント未満の行為なんですよ。なので、「相変わらずお前できてないなぁ」とか、会議中に内職してるってみんな嫌じゃないですか。でも、それって、みんな指摘しないんですよ。言っても無駄だと思っているからなんですよ。それを見て、みんながまたインシビリティって行為を働かせちゃうからギスギスするっていうのがインシビリティって現象ですよね。

 ここだけは共感できた。なにせ、わたしが雇われて働いていたとき、適応障害になって辞めた理由はまさに上司の失礼な態度によるものだったから。

 挨拶をしても無視する。常に不機嫌な顔をしている。業務上必要な相談をしても目を合わせてくれない。メールを送っても返信がなく、誤字脱字など小さなミスに対して「どう責任取るつもりですか?」とネチネチ言ってくる。社外のスタッフをバカにするような発言をする一方で、彼女は自分より上の立場の人に対してはゴマを擦りまくっている。そのため、社内の評価は高い。

 故に誰も彼女を注意しない。なんなら大事な社員として社長から感謝されている。「こんな組織にいられるか!」わたしは精神が壊れてしまった。

 当時、自分の中では上司にパワハラを受けたという言葉で心療内科や人事に状況を説明していた。でも、直接的に暴言を吐かれたわけでもないし、権力を使ってなにか邪魔されたわけでもなく、パワハラで一般的にイメージされるものとはなにか違うなぁと違和感を待ち続けていた。あれをパワハラと呼ぶのはこちらの過剰反応で、きっと、社内では「パワハラかどうかは受け手の感じ方ですからね」と元上司の彼女を励ましている様子が目に浮かび、なんだかしっくりこなかった。

 というのも、彼女の言動に問題があったのは間違いないから。だって、仕事をするために集まっているかもかかわらず、コミュニケーションを放棄するってあり得ないでしょ。受け手の感じ方って、まるで問題は受け手であるこちらにあるみたいじゃん。そういう話ではないでしょ。一目瞭然で言動を改めるべきなのは彼女なんだから。

 実際、その会社は彼女が部長になってからというもの、新人が定着しないことが問題になっていた。わたしの前任者も、前々任者も、さらに前の人たちもみんな、彼女と馬が合わず辞めてしまっている。社長もそのことを悩んでいて、わたしに声がかかったのもそういうわけだったのだ。

 ただ、彼女は彼女で部署の人間が減るに従って、年々権限は強くなっているので、いまさら新しい人間にその力を奪われるのが嫌らしかった。自分の立場を守るためなのか、どんどん横暴になっていた。そして、どう考えても一人で抱えるには明らかなオーバーワークであっても、絶対に譲る気はないらしく、ストレスを溜めまくっていた。

 結局、彼女がいなければ会社が回らないという機能不全を起こしていたので、彼女を怒らせないことが最優先事項になっていた。みんな、彼女の態度がおかしいのはわかっているけど、見て見ぬ振りで最低限のことだけをやればいいと考えていた。そんな風に社内はギスギスした空気が蔓延し、同じ空間にいることさえしんどくて仕方なかった。

 で、これ以上、ここにいるのは自分の人生を浪費することになると判断し、収入の面で先行き不安ではあったが、えいや! で仕事を辞めてしまった。そのこと自体には満足している。ただ、パワハラ以外の言葉であれをうまく表現できないものだろうかとずっとモヤモヤはしてきた。

 そのため、「インシビリティ」という言葉は衝撃だった。指摘しにくいハラスメント未満の失礼というのはまさに彼女の言動そのものだった。

 この概念をもっと知りたい。いろいろ調べたけど、まだ新しい言葉みたいで定番となる書籍などは見つからなかった。むしろ研修など実際の場では活用されているらしく、ピースマインドという会社のホームページに説明が載っていた。具体的な例も挙げられていた。

・挨拶したのに無視する
・すれ違ったときに嫌悪感に満ちた表情でみつめる
・いじる、からかう
・相手の意見に関心を示さない
・相手の担当業務に関して、相手の判断を信用しない
・未婚の人、結婚していてこどもがいない人に対して、「結婚しないの?」「こどもつくらないの?」と聞く
・他の人のことは「さん」付けで呼んでいるのに、特定の人だけ「おまえ」「~くん」「~ちゃん」と

 わかる! わかるぞ!

 こういう失礼が積み重なって、やってられるか! ってなるんだよね。でも、言っている本人は大したことをしている自覚がないから、こちらが我慢の限界を迎えたことに対してきょとんとしている。まわりも「そんなことでそんなに怒らなくても……」と引いたりする。なんというか、めちゃくちゃ理不尽なんだよね。

 ますます「インシビリティ」が気になってきた。できれば、専門書を読みたいところなので、躍起になって探したところ、ジョージタウン大学マクドノー・スクール・オブ・ビジネス准教授のクリスティーン・ポラスが書いた『Think CIVILITY「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』という本を見つけた。

 ここでは「インシビリティ」ではなく、「シビリティ(礼節)」の大切さが真正面から扱われているのだけど、要するに、裏返せば「インシビリティ」がなぜダメなのかがよくわかるので面白かった。

 特にクリスティーン・ポラスが注目したのは経済的な効果について。道徳的な観点から礼儀正しいことはよいというのは当たり前な話で、なのに、なぜ職場で失礼な態度をとる人が多くいるのかと言えば、礼儀なんてビジネスに関係ないと信じられてきたからだった。クリスティーンは様々な実験や調査を通して、礼節に欠けた社員がいることでその会社は大きな損失を被るという事実を明らかにした。

 17の業界の800人の管理職・従業員を対象に実施した調査では、職場で誰かから無礼な態度を取られている人について、以下のことがわかったという。

・48パーセントの人が、仕事にかける労力を意図的に減らしている。
・47パーセントの人が、仕事にかける時間を意図的に減らしている。
・38パーセントの人が、仕事の質を意図的に下げている。
・80パーセントの人が、無礼な態度を気に病んでしまい、そのせいで仕事に使うべき時間を奪われている。
・63パーセントの人が、無礼な態度を取る人を避けるために仕事に使うべき時間を奪われている。
・66パーセントの人が、自分の業績は低下していると答えている。
・72パーセントの人が、組織への忠誠心が低下したと答えている。
・12パーセントの人が、他人の無礼な態度が原因で転職した経験があると答えている。
・25パーセントの人が、無礼な人にストレスを感じたせいで顧客への対応が悪くなることがあると答えている。

クリスティーン・ポラス『Think CIVILITY「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』17頁

 なお、これは自分が失礼な態度を取られた場合だけでなく、他の誰かが失礼な目に合っているのを見た場合でも同様らしい。しかも、ガミガミ言われている側に明らかな落ち度があったとしても、叱責されている姿を見ると多くの人はストレスを感じるという。

 仮説として、脳が失礼な言動をストレスを感じた過去の出来事と関連づけて記憶しているからではないかという理由が述べられていた。怒られている人を見たとき、そのことを客観的に評価するより前に、次、自分が怒られるんじゃないかという主観的な不安が湧いてくるため、その場から逃げたいという衝動が生じるのではないか、と。

 実際、人間は攻撃的な言葉を目にするだけで集中力が落ちると実験で確認されている。特定の誰かに向かって発せられた言葉ではなくても、単語として目に入るだけでストレスのスイッチは押されてしまうという。

 そう考えると職場に不機嫌な人が一人いるだけで、そのチームの業績が悪くなるのも納得だ。ハラスメントは関係性の中で起きる問題だけど、インシビリティは空気の中で起きる問題。なにも言わず、むすっとした表情でそこに座っているだけでまわりの人たちの労働効率は落ちてしまう。

 無論、業績は落ちてしまうし、嫌になった同僚が次から次へと退職してしまう。特に、仕事ができる人ほど見切りをつけるのも早いため、たった一人の不機嫌な人間によって稼ぎ頭だった部署が消滅。採用コストがかさんだ挙句、会社が傾くなんて話もざらにあるとか。

 そのため、大企業の多くは礼節に関する研修に力を入れて始めているらしい。GAFAなどのアイティ企業は自分に礼節が欠けていないかのフィードバックを可能になるシステムを開発しているし、スターバックスなどがコーポレーション・ポリシーで他者の尊重を掲げ、コストコなど複数の会社が社員同士で注意し合える環境を用意している。

 このとき、礼節のなさを注意するにあたって、礼節が欠けてしまっては本末転倒であると慎重に述べられている。「お前は失礼なんだよ!」と怒鳴ったしまったら、そのことの方がよっぽどインシビリティになってしまう。

 じゃあ、どうすればいいのか。

 楽しく、明るく、伝え合うことが大切で、たとえば、賞賛とセットにすることが有効だったりするようだ。つまり、失礼な態度はわざとではなく、本人も気がつかずにやっていたので、教えてもらって助かったという雰囲気を醸成することが重要。そうじゃないと失礼な人は逃げ場がなくなり、言われたから言動を変えるというのはプライドが傷つく。結果、ますます意固地に失礼な人間になってしまうかもしれない。

 この点、元テレビ東京プロデューサーの佐久間宣行さんが失礼な人を指摘するテクニックとして、めちゃくちゃウケている風にするというのがいいと紹介していて、同様の配慮を感じた。

(動画内6:57〜)

テクニックとしてけっこうやるのが、めちゃくちゃウケてる風にして古いのを指摘するっていうのをやる。例えば、パワハラっぽい発言とか、すげえめちゃくちゃなこと言うじゃん。「うわっ! すごいっすね古いっすね」すげえ怒ってない。ウケてる感じで言うの俺。ボケてると思ってあげるの。「それ本気じゃないですよね? ボケてるんすよね? ボケてなかったらヤバいっすよね」ってリアクションけっこうするの俺。本当にダメなやつは刺すよ、ちゃんと。だけど、まだ気づいてないぐらいのやつあるじゃん。そんときに。

 なお、それでもダメなら、解雇するしかないというのがクリスティーン・ポラスの意見だった。さすがはアメリカと思う反面、すぐさまクビにするのではなく、可能な限り改善のチャンスを与えるべきというのは世界中で優秀な人材を獲得することが難しくなっていることの現れなのかもしれない。

 ただ、解雇するとなったときも、丁寧に対応すべきだという。退職後のフォローも行い、定期的に話を聞いた方がいいという。

 なぜかというと、その人がインシビリティな態度をとるようになった原因は他の社員(あるいは経営者)にあるかもしれず、会社を辞めて落ち着いたときなら、以前はしゃべりにくかった事情についてもしゃべってくれるかもしれないからだとか。

 ここのところが難しいと思った。

 わたしに失礼な態度をとった元上司にしても、仕事量は増えるけど、女性だからという理由で給料を大して上げてもらえず、長年、不満を抱えてきたということを辞めてから知った。その職場に社長の知り合い(というか愛人)として、時々、手伝いに来ているおばちゃんから食事に誘われ、ワイン片手に教えてくれた。

「彼女もいろいろあるのよなぁ」

 いや、たぶん、真面目にコツコツ働いているところに、愛人がやってきて偉そうにしていることなんかもストレスなんだと思いますよ……、と内心思ったけれど、終わったことなのでなにも言わなかった。

 インシビリティはどこから来るのか。病気とかと一緒で症状として目立つところには原因がない可能性もある。あの人は変わっているとか、受け手の問題だからとか、心地よい曖昧さで誤魔化していては取り返しがつかなくなるかも。

 ぶっちゃけ、年寄りの経営者にあれこれ言っても疲れるだけだし、わたしたちは自分たちの領域で礼節を大事にしていくしかない。そんなことを改めて思った。




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