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皇帝だって人間だもの… 

中国の皇帝ですね、まあ色んな人がいましたね。変わり者の巣窟なんですが、今日はそんな中で私が好きな皇帝の一人である魏の文帝曹丕(そうひ)を紹介したいと思います。


惜しい皇帝

みんな大好き「三国志」小説でお馴染み、ゲームでお馴染み。最近ではパリピ孔明なんてドラマもありましたね。クレイジーな内容ではありましたが、どんな形であれ、東洋史を代表する時代である三国時代を一般の方に楽しんで頂ければ構いません。歴史に興味を感じて頂ければ勿怪の幸いです。

ところで、今回紹介する魏の初代皇帝文帝曹丕は、三国の一翼を担う魏の初代皇帝です。まあ実質は二代目なんですがね。とにかく彼は弟イジメの悪名を背負う可哀そうな皇帝です。「三国志」の著者である陳寿にもこんな言われようです。

文帝は文学的素質を具え、筆を下せば文章となった。広い知識を持ち、記憶力に優れ、多方面にわたる才能を有していた。もしこのうえに広大な度量が加わり、公平な誠意をもってつとめ、道義の存立に努力を傾け、徳心を充実させることができたならば、古代の賢君も、どうして程遠い存在であろうか。

今鷹誠・小南一郎・井波律子訳「魏書 文帝紀」


要するに「良い線言ってんだけど、あとちょっとなんだよね」って感じですね。「人徳が足りないんだよ」と陳寿は嘆いているのです。それは主にである曹植(そうしょく)に対する感想だと思います。

強烈な弟

源頼朝義経織田信長信勝兄弟も最後は悲劇に終わりましたが、弟というのは乱世の時代、優秀な手駒にもなりますが、驚異のライバルにもなりますね。曹丕にとっても弟の曹植はかなり手ごわいライバルでした。曹丕は、親父の曹操、弟の曹植と並んで「三曹」などと称される後漢(建安時代)を代表する詩人でした。曹丕は「典論」という文学批評も書いていますし、とにかくこの親子三人は超文学オタクでした。中でも曹植はズバ抜けた詩の才能があったようで、とにかく文学を愛する曹操は、三男である曹丕(長男と次男は早世)を差しおいて曹植を後継者と考え始めます。こうなると魏王室は曹丕VS曹植派に分かれて激しいデッドヒートが始まります。まあどこの国も変わりませんね。お互いにブレーンを囲い、あの手この手で曹操の懐柔を図ります。

以前、私は隋の煬帝のことを書きましたが、煬帝は初めは後継者としては見なされていませんでした。本来は放蕩息子なんですが、そういう行儀の悪い所はヒタスラ隠し通し、逆に兄たちをディスるなど賢明なロビー活動の末に後継者の地位を勝ち得ています。皇帝になった暁に贅沢三昧という寸法ですね。しかし曹植は残念なことに、後継者争いの最中にボロを出しまくりです。(引用文中の太祖とは曹操のことです)

曹植はあるとき車に乗って天子の専用道路を通り、司馬門を開いて外に出た。太祖はたいそう腹を立て、公車令はそのかどで死刑に処せられた。

同書

これに似たような話、たしか平安時代にもありませんでしたかね?「殿下乗合事件」ってヤツです。あれは公家と平氏のトラブルですけどね。国は違えど、権威を持った人たちの感覚は同じような物なんですね。曹植には他にもこんな記述があります。

曹仁が関羽に包囲された。(中略)曹仁を救援させようと思い、呼び出して訓戒することがあった。曹植は酔っぱらっていて命令を受けることが出来なかった。そのため太祖は後悔してそれをとりやめた。

同書

曹植は、一般的に文学かぶれのヘタレ君イメージされていますが、そんなことは決してありません。なにせあの曹操(信長とよく似ている)の息子ですから。当然イケイケな面も持っています。晋の孫盛が書いた「魏氏春秋」という本には、事前に「曹丕が酒を飲ませて酔わせた」と書いてありますが、どうでしょうか?この本は魏を滅ぼした晋に仕えた人が書いてますので、曹丕をことさら悪く書いている可能性もありますので注意が必要です。まあ曹丕がそこまでやったのかどうか、今となっては分かりませんけどね。

微妙な後継者争いをしている最中なのですから、曹植はなにかと身綺麗にしておく必要があるんですが、どうも彼は生来アーティスト気質だったようで、自由奔放に振る舞っていたんだと思います。いわゆる天才肌だったんですね。創作に秀でた人というのは、案外ぶっ飛んでる人が多い印象です。私の好きなクラシック音楽の世界に目を転じてみても、あのモーツァルトベートーヴェンは、音楽家としては最高の人ですが、あまり友達にはなりたくない人だと思います。モーツァルトは弱いくせに掛けビリヤードにハマりまくり、借金火だるま状態のまま死亡。奥さんは借金返すのに大奮闘。ベートーヴェン借家の大家と揉めまくりで引っ越しを繰り返す。葛飾北斎と引っ越し対決して欲しいくらいです。まあ、部屋の中に湯船を持ち込んでバシャバシャやるんですから、階下は水浸し。そりゃ誰だって怒りますよね。曹植もその例に洩れなかったという塩梅です。

性、簡易にして威儀を治めず、與服・馬飾に華麗を尚(この)まず

陳寿「魏書 陳思王伝 」

「分かりやすい性格で、立ち振る舞いはいい加減で、ファッションや武具には華美な物を求める」と陳寿からも酷評されています。こんな弟ですからね、ただでさえ後継者争いで煮え湯を飲まされているのですから、曹丕が何かと曹植に辛くあたるのも分かります。

兄弟とは…

「世説新語」という当時の噂話を集めた本に、曹植が作ったと言われる有名な歌が載っています。「七歩の詩」と呼ばれるものです。私が訳して書きますとこんな感じです。

おいしいスープは豆を煮て作ります
豆で作った調味料をひと匙加えます
豆を向いた殻は捨てられて釜の下
豆は釜の中で茹でられます
もともと同じ所から出来たものなのに
どうしてこんなに違うのか

なんでも、「世説新語」によると、文帝の前に引き出された曹植は、
「七歩歩く間に詩を作らないと殺すぞ」と言われたのだとか。慌てて作ったのがこの詩だそうです。まあ、曹植がこんな簡素な詩を作るとは思えませんし、さすがに曹丕はそんな薄情ではありません。これは完全なです。しかし、「もともと同じ所から出来たものなのに どうしてこんなに違うのか」というクダリには色々と考えさせられますね。

曹植は兄である曹丕が文帝として即位すると、側近を殺されたり次々と転居させられたりと数々のイジメを受けます。その辺が後世の評判を落とす原因なんですね。彼はその後に即位した明帝(曹叡そうえい)の時に、自分のような逸材を登用するように、何度も意見書を提出しますがスルーされます。明帝からしてみたら、うるさい叔父さんだったと思います。結局彼は41歳で不遇な最期を遂げました。

ほっこりする話をひとつ

ここまで兄弟喧嘩の嫌な話ばかりでしたので、曹丕にまつわるほっこりする話をひとつご紹介しましょう。

王粲(おうさん)は魏に仕える有能な文官でしたが、同時に曹丕、曹植兄弟にとって大切な文学仲間でもありました。まあ、上下関係を超えた友情に結ばれていたんですね。そんな王粲が不幸にして亡くなってしまいます。彼は生前、ロバの鳴きまね得意だったようです。ことあるごとにその特技を披露していたんでしょうね。王粲の葬儀が終わると曹丕はこんなことを言いました。

「アイツはロバの鳴き真似が好きだったなあ。ここはひとつ、アイツのために皆で一声鳴いてやろうじゃないか」

その場にいた人たちは曹丕に促され、一声ずつ鳴いたと言います。

く~泣かせますね、曹丕。この辺が詩人たるゆえんなんですね。当時、葬儀は厳粛に行われるのが通例でしたから、このようにロバの鳴き真似をするというのは儒教の「礼」の精神に反してダメな行為と見なされます。しかし、人間の情に訴えた曹丕の想いは、決して「礼」などという表面的な概念で評価されるべきではありません。陳寿も決して曹丕を暗君だとか暴君だとか非難してはいません。ただ、寛容さが足りないと言っているだけです。でも、私はこのエピソードを見ると、曹丕は結構良い皇帝だったんじゃないかと思うんです。

皇帝だって人間だもの

どうしても人は権力を握ってしまうと、素の性格を活かしにくくなりおかしな方向へ行ったりしますが、曹丕はその点、自身が優れた文学者だっただけに理性的な政治を行ったと思います。惜しむらくは彼は兄弟たち(特に曹植)への辛い仕打ちが目につきますし、40歳という若さで崩御してしまいます。魏はその後の明帝が暗君でしたし、臣下である司馬氏によって次々と皇帝が変えられ滅亡します。その司馬氏もロクな皇帝が続かず国を傾け、実に隋が589年に中国を統一するまで300年近く騒乱の時代が続くのです。

ちなみに、天才軍師諸葛亮のライバルとして名高い司馬仲達(しばちゅうたつ)ですが、曹丕とは随分と仲が良かったようです。仲達はなにかと曹操に目を付けられていましたが、曹丕が庇ってくれたようです。ですから仲達も、曹丕の目の黒いうちは魏王朝に対して牙をむくことはありませんでした。仲達も曹丕の恩義には思うところがあったんだと思いますね。曹丕にも優しい面があったわけです。しかし曹丕の死後は遠慮なく…。

曹丕がもし長く生きていれば、もう少し寛容さがあれば、その後の中国の歴史も大きく変わっていたのかも知れません。皇帝というと、あのラストエンペラーのイメージがあって、とてつもなくスゴイ存在のように思えてきますが、皇帝と言えど人間です。一皮むけば兄弟喧嘩もすれば仲の良い友達だっています。そうです。

皇帝だって人間だもの みつを?

なんです。

                              おしまい

参考文献

今鷹誠・小南一郎・井波律子訳「三国志Ⅰ・Ⅱ」世界古典文学全集(筑摩書房)

花村豊生・丹羽隼兵訳「三国志Ⅴ 不服従の思想」(徳間書店)

林田慎之介「人間三国志 詩人の憂鬱」(集英社)

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