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人生が100秒だったら: 17秒目
影の無いお友だち
ブラジルに行ったばかりのころ、私には友だちがいなかった。近所の子と遊ぶためのポルトガル語も、アメリカンスクールで勉強することになる英語もつたなかったからだ。
そんな私にまもなく特別な友だちができることになる。彼らはみんな架空のお友だちだったけど、6歳だった私は彼らのつくり出す世界にどんどん引き込まれていった。
それはDick and Jane、そして末っ子のSally。アメリカンスクールで渡された教科書の中に彼らは住んでいた。
驚天動地。
想像して欲しい。
1960年代、日本のごく普通の6歳がはじめて本のページを開いて、この子達に会った時のことを。
パステルカラーのイラストで描かれたDickもJaneもSallyも、ハンサムなお父さんも、優しいお母さんも、コッカスパニエル(犬)のSpotも、ネコのPuffも、まるでオーブンからたった今出てきた焼き立てホヤホヤのパンのような「シアワセの香り」で満ち満ちていた。
非の打ちどころの無い家族とは彼らのこと。喧嘩ひとつせず仲良く遊び、進んで両親のお手伝いをする子ども達、スーツに帽子が決まっているジェームズ・スチュアートのようなお父さん、いつも美しく髪をセットして、家の中でもヒールのパンプスを履いて家事を完璧にこなすお母さん、自家用車も、テレビも、冷蔵庫も、何もかも揃っていて、、そしてあの白いピケットフェンスに囲まれた芝生!
憧れない子どもがいただろうか。
そこは毎日キラキラいいお天気。お日様はいつも真上から射し、雨の降る日は無い。みんなニコニコ。怒った顔をした人はいない。老い、病気、争いごと、差別、貧困、、この世の苦しみ全てが無い「無菌の世界」。地上にもし楽園というものがあるとしたら、それはDick and Janeの世界だった。
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See Jane run.
See Dick run.
Run, run, run.
まるで念仏?のような繰り返しのテキストにはいくら6歳でもすぐに飽きてしまったけど。
あれはたとえば宗教のようなものだったのかしら。偶像と理想、そして繰り返しのちから。
捨てきれずに仕舞い込んでいた本をしばらくぶりに引っ張り出して、ページをめくってみた。
いま気がついた。
DickとJaneは影の無い世界に住んでいたということに。
The World of Dick and Jane.
60年代まで生き残っていた神話。
クンクンしてみたけれど、焼き立てだったあの頃のニオイはもうしない。