成瀬未来

創作を通じたつながりが好きです。関心は文学、哲学、音楽、笑い等。 詩や小説を書いたり、…

成瀬未来

創作を通じたつながりが好きです。関心は文学、哲学、音楽、笑い等。 詩や小説を書いたり、バンドしたり。 甘えん坊な兄と探検好きな妹の猫二匹で、デスクはいつも毛だらけです。

最近の記事

小説|ある日の電車で

揺れる電車の中で、吊り革を片手にミルトンの『失楽園』を読んでいた。その韻律は、川のせせらぎのように静かに、時に濁流のように荒々しく、天上的なイメージを結んでゆく。 「一敗、地に塗れたからといって、それがどうしたというのだ」 悪魔が地に落ちた軍勢を鼓舞する、勇ましい台詞だった。だが、地獄の集会は、突然耳に飛び込んできた声に遮られた。 「かしてーよ」 振り向くと、幼児がベビーカーの中から手を伸ばして、こちらを見つめていた。その小さな手が、私の本に触れようと空を切っている。

    • 秋晴れの空につい一句: 島雲や、遠くに去りて稲そよぐ

      • 詩|幾つかの四行詩

        ある日の太陽 寝ぼけた顔が 茹でダコみたいと笑ったからか 墨に焦げつく 真昼の陽炎 円い山 澄んだ空に包まれた 深い緑の曲線は 小さな身体で丸まって 腕の間に眠る猫 波音 打ち寄せる波は 繰り返し、何を語っているのだろうか 果されぬ夢 或いは、人類の永遠 花の名 小さな花に その名がなければ 約束の地も 血も涙も、なかったのでしょう

        • 小説|風のあとに

          神田の古書店は、微かな香が漂い、その静寂と通りの雑踏とが、射し込む西陽に交じり合っていた。そこで、ふと目に留まったのは、背表紙の擦れた一冊――夏目漱石の『こころ』だった。紙面は茶色く、どこか現実感の薄れたざらつきが指先に伝って、私は図らずも頁を捲っていた。友人の、道端に佇む横顔を感じながら……。 だが次の瞬間、記憶は波に攫われるように意識から消えていった。私はその本に、黄ばんだ一枚の紙が挟まれていることに気が付いた。それは喫茶店のレシート。――1996年11月、ホットコーヒ

        小説|ある日の電車で

        マガジン

        • 創作
          15本
        • エッセイ
          5本

        記事

          詩|静かな朝、見渡して

          太陽が地平を越えると、空は氷河が溶けるように澄み、川は硝子の微塵を撒いたように目覚めた。土手を辿れば、草木は瑞々しく息付き、菜の花は笑みを交わすように揺れる。 心地よい風に伴われ、見晴らしの良い高台に腰を下ろした。対岸の営みが静寂からぼんやりと浮かび上がり、遠くの橋を渡る列車が、影を抱えて映り込む。 青空を溶かし込んだソーダ水 泡と揺らめく逆さの世界 ふと目を遣ると、収集所から戻る親子が、袋を風に膨らませて遊んでいた。軽やかに跳ね回る姿は踊っているようで、何やら美しかっ

          詩|静かな朝、見渡して

          小説|漂い、揺らぐもの

          夕焼けは、気配もなく訪れていた。それは言葉なく歩き続けていた僕らを淡く染め、濡れた高原を僅かに揺らし、黄色の波紋を描く。冷えた風が、安らかな寝息のように流れている。 「わかる?」 立ち止まった彼女が小さく呟いた。その問いに、僕はただ彼女の横顔を見つめていた。彼女の眼差しは、地平線を捉えて揺るぎない。僕が頭を振ると、彼女は囁くように答えた。 「真実よ」 葉擦れは息を潜め、虫の音は躊躇うように断続していた。沈黙は夕陽と共に沈み、吸い込むように色彩を奪って、夜露は青々とした

          小説|漂い、揺らぐもの

          小説を投稿して。なぜ文章表現が好きなのか

          最近noteで小説を読んで、数年前に書いたものを思い出し、投稿してみた。こうして出してみると、自分の文章に反応を頂けたことが嬉しく、また投稿を終えられたことに、少し達成感を感じている。 読み返すと直したいところも出てきて、1~2章ごとに修正しながら投稿してみたが、note形式だと章頭の重要度が高いな、など、改めて構成を考えるきっかけにもなった。 この小説は、ビジネスに明け暮れた20代を経て、心身の疲れから仕事を落ち着かせた後、自由や信念、創造による価値観の更新、それらに回

          小説を投稿して。なぜ文章表現が好きなのか

          小説|十七月の歌 6/6

          時は満ちて ヘリコプターが過ぎてゆく音圧を感じて、僕は自分が横たわっていることに気が付いた。目を開けると、葉が揺れる向こうに淡い青空がゆっくりと広がり、頭を動かすと、泥に髪を引っ張られた。時計を見ると日付は戻っていた。どうやらいつからか夢を見ていたらしい。だが、これも夢ではないか? そう思わないでもなかった。 起き上がって髪や服から泥を払い、歩き出すと右足のふくらはぎに痛みが走った。見るとズボンを貫通した噛み跡がある。――蛇? 俺は毒で昏睡していたのか? しかし意識は冴え

          小説|十七月の歌 6/6

          小説|十七月の歌 5/6

          混沌とそれぞれの秩序 その週末、僕は後輩のバンを連れて山へ向かった。目的地は四方を千メートル級の山に囲まれた場所で、車道もない。車を停め、そこからは野営しながら進む行程だった。バンは、飲食店をいくつか経営している。屈強な身体つきで、並んで歩いていると、ボディガードと間違えられたこともあった。僕はこうアウトドアに誘って彼の課題を一緒に考えたりしていた。目的地を決めた経緯についても話したが、バンは全く怖れなかった。 「怖くないのか?」僕は冗談混じりに尋ねたが、バンは豪快に答え

          小説|十七月の歌 5/6

          小説|十七月の歌 4/6

          選択と相克 ルツから僕とユノのいるグループにニュースが送られてきた。 ――山中で男性遺体、登山中に滑落か ダイが遺体で見つかり、美大のクラスで情報を集めているらしい。ニュースによれば、発見現場は僕の家から遠くない山の中腹だった。 僕が最後にダイと会ったのは、技術職として彼のキャリアを考え、まず簡単な業務に就いてもらった時だった。その仕事には齟齬があったのだろう、一か月も経たずに彼は去り、僕も自然と連絡を絶っていた。その後、彼が遠くへ行ったという話をルツの友人から聞いた

          小説|十七月の歌 4/6

          小説|十七月の歌 3/6

          精神的血縁 僕が目を覚ますとタローは起きていたらしく、こちらを見ていた。まだ薄暗い部屋の中、朝焼けの窓は紫色で、ガラス戸を開くとタローは草の上に降りてしっぽを振った。一度フェイントをかけて、ゴムボールを思い切り投げると、稜線の淡い山々には遥か及ばず、雑木林の前に落ち、タローは草原を駆けていった。その光景に、心がどこか遠くへと引き寄せられるのを感じた。空は徐々に黄色に染まり、朝の息吹が広がってゆく。それを眺める内に、タローは帰ってきた。僕は、早かったねと褒める。 山荘が建つ

          小説|十七月の歌 3/6

          小説|十七月の歌 2/6

          籠の中のオリュンポス 社会で身を立てると決めた僕は、「とにかく動け」と、ヤスという男と会社を設立した。まずできることを考え――ヤスはいろんな人との交流が苦じゃなかったし、僕はプログラミングに習熟していた――、システム開発案件を受注し、二三ヶ月のペースで納品するようになった。半月に一度は解決できるかわからない壁に打ち当たったり、事故が起きたりして、その度に心臓を鳴らして奔走していたが、僕らは会社に住みつき、充実を感じていた。 ヤスは陽気だった。例えばある深夜二時、いつものよ

          小説|十七月の歌 2/6

          小説|十七月の歌 1/6

          病めるものに世界は微笑む レールを外れた十七月、僕は世界が微笑むことを知った。穏やかな陽気に甘い香りが漂い、目をやれば若葉や柔らかい花々、それだけのことで僕の心は大きく揺さぶられた。それと歩調を合わせるように、芸術の中に呼吸できる場所を見つけ、それからというもの、希死念慮を吹き飛ばすような生の肯定を探した。僕はそれを生の芸術と呼んだが、不死を叶える石のように存在しなかった。 両親は山羊と狂犬だったといえば説明しやすい。その関係は年々悪化し、テーブルが折れ、窓ガラスが割れ、

          小説|十七月の歌 1/6

          詩|蒼暮

          冬枯れの山路に蒼が差し 夜明けみたいな暮れ 清らかに今日を讃えて それは少女のようだった

          笑いの科学的分析

          笑いに関する以下の2冊が面白かったので、その分析や方法をピックアップしてみる。 「科学で読み解く笑いの方程式」小林亮 「「笑い」の解剖:経済学者が解く50の疑問」中島 隆信 笑いとは笑いとは、無害かつ親しみやすい不自然さを認識することで生じる身体的反応である。脳科学的には情報伝達が、記憶を司る海馬、偏桃体、快楽を感じる側坐核、緊張を緩和する視床下部、そして顔面神経や橋(呼吸を調整する部位)へと進み、笑いの表情や呼吸が引き起こされる。この一連のプロセスは、不確定性の高い情

          笑いの科学的分析

          詩|水辺の蝶

          苔生した岩壁に 一匹の蝶がひらひらと 羽根を閉じたり、開いたり 朝の光は優しげに 手のひらに乗る微風を連れ 木々の間を流れ落ち 川底に打つ波模様 飛びたつ群に光散り 鋭い陽射しが駆けめぐる 荒立つ水面を隠すよう 枯れ葉と羽がひらり舞う けれども蝶は遠い空 羽根を閉じたり、開いたり

          詩|水辺の蝶