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[俳句編] 2024年ファイルしておきたい記事

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勉強になったり、読んで面白かった俳句関係の記事をファイル代わりに集めました。勝手に集めてしまい、ご迷惑でしたらご一報いただければ、外します。
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2024年8月の記事一覧

日下野由季『句集 祈りの天』(ふらんす堂・平成19年)

みなさま、こんにちは。 今日は『句集 祈りの天』という本を見ていきましょう。 著者は以前ご紹介した日下野由季さんです。 ↓過去記事はこちらです。 『句集 祈りの天』では、俳人 高橋悦男さんが序文を寄せています。 上記は抜粋ですが、全文をお読みいただければ大変行き届いた評だとお分かりになると思います。もはや私がここで云々する必要はありません。 好きな句を引いておこうと思います。 好きな句を引いておきます、とは言ったものの本書に収められている句はどれも惹かれます。 句集まる

世界一わかりやすい!字余りのキメ方

【字余りって何?】 字余りとは五七五を‪”‬あえて‪”‬崩すものであって、具体的な意味があって初めて成立するものです。そのためには五七五の韻律の美しさを考え直す必要があります。リズム感が良ければ字余りは許容され易いということです。ちょっと長いですが流し見でいきましょー! 【字余りのコツ】①字余りは二パターン!? 字余りは、五七五から外れる事から破調(はちょう)とよばれています。五七五を構成する七五調の実態を理解して、字余りをキメていきましょう。 七五調は実際のところ、二音

阿部青鞋俳句全集を読む③-1

第三句集「火門集」は、昭和43年発行。「阿部青鞋集」に掲載の句が、「火門集」にも多く掲載されているということで、暁光堂俳句文庫の編集では、「阿部青鞋集抄」として一部のみ掲載されています。 序文に、 とあり、これを念頭に置きながら、感銘句をあげます。「火門集」は、分量が多いので、今回は「胡桃」「柱頭」の二作より取り上げます。 阿部青鞋の代表句、 はここに収録されていたのですね。この連作を通して、「半円を」のような句は、この句以外にでてこなくて、かなり異質にみえるのですが

雪月花百日草風の音風の戯れ

風の音…・・風鈴  夏の音でしょうか?薄紫の優しい花の心もいただきました  百日も咲いてくれるなんて・・・ありがとう・・・素敵な花です。  スッピンのお化粧もしない元気な乙女の様な花?です・・・・・・  暑い日の風のそよぎ〜 〜 〜風さんのプレゼントでしたのね・・・・       お花を描いた方々の素敵なセンスにも惚れ惚れでした。 明日は雨です台風のせいです明日午後最も近づくよう線状降水帯の呼びかけ をしています。滝の様な雨だそうです。どうぞ無事に過ぎていきます様に

俳書紹介 広渡敬雄『全国・俳枕の旅62選』

全国・俳枕の旅 62選 広渡敬雄  二〇二四年 東京四季出版  芭蕉が『奥のほそ道』で歌枕の地を訪ね、それらのあるものは俳枕とされて、既に三百年超の歴史がある。   「俳枕は殆ど歌枕と重なり、俳枕のみは底が浅く空しい」との批判があるが、著者は、芭蕉による俳枕の性質の経緯と発句の本質から、俳枕は、俳句の詠まれた場所とその自然を第一義とした場合があってもよいのでは、という。  本書は全国の名句の生れた「名所の地」六十二か所を俳枕とし、その地にゆかりのある俳人を取り上げる。  例

使ったことがないお盆の季語

 みなさま、お盆はいかがお過ごしでしたか。 歳時記に、「魂棚」「茄子の馬」「門火」という季語は載っていますが、浄土真宗である我が家では、そのようなものを見たことが一度もありません(地域や宗派によって異なるのでしょうけど)。   玉棚の奥なつかしや親の顔 去来 父ははを連れて兄来る茄子の牛 安住敦 あひふれし子の手とりたる門火かな 中村汀女 どうも、これらの季語を実際にみたことがあるのは、関東に在住歴が長い、50歳以上の方が多いようです。(私の簡単な調査によれば) とい

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「第一回チャレンジ俳句王国入選集」より

歳時記を旅する53〔敗戦忌〕後*浦上の黒きマリアや晩夏光 

磯村 光生 (平成十八・十九年作、『千枚田』)  長崎の浦上教会は原爆により壊滅したが、マリア像の頭の部分だけが後に発見された。頬と髪も焼け焦げ、ガラス製だった眼球は溶けて黒い空洞になっている。  昭和三十三年、長崎に転勤になった兜太は、当時の付近の様子を、「全壊の浦上天主堂があり、顔だけの天子像が瓦礫のなかで空を見ていました。」と述懐している。(同著)  句は、夏も終わりの原爆忌の前、強い日差しが生む影と、マリア像の目の黒さが、重い。 (俳句雑誌『風友』令和六年八月号

秋の季語 ましら酒(ましらざけ)

波多野爽波俳句全集を読む③

第三句集「骰子」(1986年、角川書店) 昭和55年から59年までの句430句と、「湯呑」時代の句40句で構成。編年体での構成。 第三句集は、個人的に印象に残る句が多かったです。あまりにも多すぎるので、そこからさらに厳選するのが難しかったです。以下、感銘句を挙げます。 あとがきによると、昭和58年にサラリーマン生活から引退し、俳句のみの生活になったとのこと。また「骰子」は「生みの苦しみを深く味わいつつ、我とわが手で編んだ始めて(原文ママ)の句集」とあり、思い入れのある句

波多野爽波俳句全集を読む④

第四句集「一筆」は、昭和60年から昭和63年までの「青」に発表した句から375句抽いた句集。 あとがきに、 とあり、これを踏まえながら、この句集で気になった句を抽いていきます。 個人的に好きだった句、客観的な「写生」、ものやこともそうなのですが、人の「写生」が多いと改めて気が付きました。「写生」における取り合わせの妙なんかも。 客観的なものこと「写生」句、「剪定の脚」「桐の木を」あたり 人の「写生」句では、「胸の裡」「レース来て」あたり。 「写生」における取り合わせの

波多野爽波俳句全集を読む⑤-1

第四句集「一筆」以降に発表された句が補遺として収録されています。補遺の選者は岩田奎さん。並び順は、年代が特に記載がありませんでした。 ※(2024.08.14加筆) この補遺は、『鋪道の花』から『一筆』以後までの未発表作から選んだものとのコメントをいただきました。 「一筆」以降の句は、「写生」のあまりに、一物仕立てというより、景全体を切り取ることで生じるような、取り合わせの跳躍がぶっ飛んでいる句が多くて、個人的に一番心惹かれたパートでした。沢山頂いてしまいました。 一つ

シン・俳句レッスン138

八月 八月は戦争月間と言われるように、そういう特集が多い季節なのかな? 八月は葉月だと知ったのは今朝の一句から。 これはリズムもいいと思うし、内容もバッチリだと思う。「木阿弥」は「元の木阿弥」という諺があって、その原語の意味は木阿弥という兵隊が死んだ武将の影武者になったけど、成人したので元の自分に戻ったということだという。「木阿弥」から連想される木と葉は縁語であり、八月は葉月で寝返るというのは、寝て過ごすというような、そうしているうちに九月の「夜長月」になったという句

口語俳句作品集 夏の特別編 〜カタカナ季語を使った作品〜

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