[ 総まとめ ] オファリングモデルを活かした事業運営(3/5)
■ オファリングモデルの導入にはさまざまなキーワードが存在する
オファリングモデルの導入手順を足早に説明してきたが、これにビジネス上のキーワードを重ね合わせてみよう。小野寺工業の新事業立上げストーリーにはさまざまなキーワードを盛り込んだが、ほかにもキーワードはある。
簡単に説明しておこう。
・ 市場成長率 / 規模
「魅力的な市場」とはどんな市場なのか。それを効果的に評価するには「成長率」と「規模」の2軸でポートフォリオを組むといい。「成長率」は意外に見過ごされやすい。
・ ブルーオーシャン / レッドオーシャン
青い海を意味するブルーオーシャンは競争相手がいない、もしくは競争のない市場を指し、赤い海を意味するレッドオーシャンは血で血を洗うような競争の激しい市場を指す。プロダクトアウトの習慣としてきた組織は自分たちの技術や商品が馴染む市場を優先しがちだが、そこがレッドオーシャンであることを見逃してしまう。
・ 市場へのリーチ
どれほど魅力的な市場であっても、自分たちがその市場にリーチするためのパスを持っていなければ手も足も出ない。パスを持っている市場に絞り込むのが普通だが、絞り込んでからパスを作るという選択肢も無くはない。
市場の定義が曖昧であるがゆえにパスを持てない場合もある。
一般消費財で例えるなら、「趣味への出費を厭わない人たち」という市場を定義すると、来店者の中からターゲット顧客を特定するのは難しい。そこで、市場の定義を「年収が1000万円以上で子供が既に独立している人たち」と言い換えれば、「年収」と「家族構成」からターゲットを特定しやすくなる。
・ 選ばれる理由
ブルーオーシャン市場をターゲットに選べればいいが、いつもそうできるわけではない。やむを得ない事情でレッドオーシャン市場を選んだとしたら、厳しい競争を勝ち抜くために競争優位を確保しなければならない。
「競争優位」という言葉に引きずられると、ついつい数字の比較に目が行きがちだが、実際にはそれだけではない。利便性、安心感、付き合いの深さなど、競争優位をつかさどる要因は実にさまざまだ。
「競争優位」という言葉を「顧客はなぜ自分たちを選ぶのか?」と言い換えるだけで、顧客目線に立つことができる。「競争優位」という言葉を捨て「選ばれる理由」とするだけで発想が広がる。
・ Pull / Push
顧客の戦略的パートナーを目指すなら、市場へのアプローチ方法をこれまでのPull型(顧客に対して受動的)からPush型(顧客に対して能動的)に転じなさい。御用聞きのままでは顧客の信頼を勝ち取ることはできない。
自分たちに有利なRFPを目指すなら、アプローチ方法をソリューションセリング(=提案型)に切り替え、顧客の要求が生煮えの段階から寄り添うよう努力しなければならない。
・ ディスカッションマテリアル
顧客の言いなりではなく対等な立場を目指すなら、顧客との議論の場では主導権を握らなければならない。そのためには、しっかり練り込まれたディスカッションマテリアルが欠かせない。ディスカッションマテリアルの中で議論の全体像や論点の関係性をうまく表現できていれば、主導権は自ずとこちらにやってくる。参加者の納得感は増し、意見の根拠を示すにも好都合だ。ディスカッションマテリアルの中に自分たちが選ばれる理由を盛り込むことができていれば、最高だ。
議論のシナリオをあらかじめ描いておくことも忘れないように。
・ レイヤ・バイ・レイヤのアプローチ
顧客との関係構築で心がけてほしいのが「レイヤ・バイ・レイヤ」だ。
たいていの組織はピラミッド型になっており、最終的な意思決定は頂点に位置する幹部たちに委ねられる。幹部との日頃のコミュニケーションが果たす役割は大きい。ところが、現場サイドが幹部と会ったところで本意は引き出せない。
時として、現場同士で煮詰めた議論を経営陣は覆すが、こうなってしまっては現場サイドでは手が出ない。
このような事態に備えるには、幹部間のパイプラインが効果的だ。
さらに付け加えるなら、これは幹部間に限った話ではない。現場は現場同士、ミドルマネジメントはミドルマネジメント同士だからこそ通い合うことも多いからだ。
このように、ピラミッドの階層ごとのパイプラインをつくり上げることを、私は「レイヤ・バイ・レイヤのアプローチ」と呼んでいる。
「レイヤ・バイ・レイヤのアプローチ」には、双方の幹部に当事者意識を植え付けるという狙いもある。提案活動に携わったことのある方なら誰しも、幹部からのスポンサーシップの大切さは身に染みていることだろう。
・ 顧客の顧客
B to B (企業同士)のビジネスでは特に、戦略的パートナーには重みがある。ところが、これが簡単にはいかない。競合他社も同じことを狙っているし、「自分たちのことは自分たちでやれる」と高を括る顧客も多い。こんな時は、従来型の顧客研究から抜け出して「顧客の顧客(顧客にとっての顧客、エンドユーザー)」に目を向けてほしい。
顧客に寄り添うには顧客と同じ目線で眺めるほうがいい。「顧客の顧客」に目を向けるとは、まさにそういうことだ。専門家の目で観察すれば、顧客すら気付いていない課題を浮き彫りできるかもしれない。
・ ビジネスモデルキャンバス
ビジネスモデルキャンバスは、アレックス・オスターワルダーとイブ・ピニュールが著した「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書」(翔泳社)の中で紹介されているフレームワークだ。このフレームワークでは、ビジネスモデルを9つのブロック(パートナー、主要活動、リソース、価値提案、顧客との関係、チャネル、顧客セグメント、コスト構造、収益の流れ)に分けて表現している。
私はこれを「広義のビジネスモデル」と呼んでいる。
このフレームワークは、事業を俯瞰したいときだけでなく、特定の顧客への顧客戦略を練るときなどにも幅広く活躍する。あらゆるシーンでうまく活用してほしい。
・ リーンスタートアップ
リーンスタートアップはエリック・リースが著した書籍「リーン・スタートアップ」(日経BP社)で紹介されたスタートアップ(この場合は事業開発や商品開発を指すだろう)の方法論だ。
企画段階に完璧な試作品をつくり上げることをエリックは否定している。
彼はこう示唆する。
スタートアップには不確実性がつきものなので、初動時に立てた綿密な計画はムダに終わることが多い。顧客調査が不十分なままにでき上がった商品は的外れだし、独り善がりな計画をそのまま実行したところで成功はない。
彼の教えにはMVP(Minimum Viable Product)というプロトタイプが登場し、市場に受け入れられる商品を企画するために重要な役割を担う。オファリングモデルの柱となるソリューションを開発する際には、ぜひ参考にしてほしい。
・ ソリューションセリング
ソリューションセリング手法にはさまざまな捉え方があるようだが、ここでは私の理解を紹介する。これまでの提案手法をプロダクトアウト手法と名付け、ソリューションセリング手法と比較する。
プロダクトアウト手法は、初対面のときに商品紹介やデモンストレーションを行い、手の内をさらけ出す。このやり方は顧客主導の状況を招き、競合他社を呼び寄せてしまう。
圧倒的な競争優位を主張できる場合はいいが、そうでない場合には価格競争の引き金を引くことになり、勝者なき戦いが始まる。商品や商品の使用環境が複雑化し、顧客自身が優劣を判断できない昨今は、この手法では分が悪い。システム商品ならなおさらだ。
これに対し、ソシューションセリング手法は、まず顧客のペイン(心の痛み)に着目する。こちらがペインを与えてはダメで、顧客に自覚させなければ意味がない。ペインを自覚させる前の商品紹介やデモンストレーションはご法度だ。なぜなら「解決方法が存在する」という事実が顧客に安心感を与え、ペインの低下を招くからだ。ソリューションセリングでは「ペインは顧客の購入意欲を高める原動力である」と考えているため、不用意に安心感を与えないように注意を呼び掛けている。
ペインを最大化させた後は、解決策提示、価格提示と進むが、この段階を通じてペインは下降し続ける。
ソリューションセリング手法を採用するのはソリューションが大規模で複雑な場合がほとんどだが、顧客担当者は自分の判断に自信が持てない上に、のしかかる責任も重い。そのため、セールスプロセスの最終段階では担当者は保身に躍起になる。これが購入意欲を極端に減退させる。これに対抗するには、提案当初に徹底的にペインを引き上げておくしかない。
最終的には、残ったペインの大きさが商談の行方を決める。
もしシステム商材を扱っているなら、ソリューションセリング手法にぜひチャレンジしてほしい。
・ 案件管理
オファリングモデルを導入すると、事業運営はオファリングモデルを中心に回り始める。このような状況下では、案件管理の持つ意味はこれまで以上に大きくなる。
組織は、案件の受注確度に応じて投資計画やリソース計画を立て、パートナー戦略を練る。このように、組織全体が受注確度に依存したさまざまな備えを行う。予定していた案件を失注した場合のインパクトは大きいが、予定していなかった大型案件が突然受注できた場合のインパクトも同じくらいに大きい。組織は大混乱をきたし、その混乱は受注案件の収益性を蝕むことになる。
オファリングモデルを導入するなら、案件管理の強化は避けては通れない。
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