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一生ボロアパートでよかった

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あらすじ:自慢だった新築の白い家が、ゴミ屋敷に変貌していく。父はアル中になり、母は蒸発し、私は孤独になった。ーーー1人の女性が過去を振り返っていく。 連載シリーズをまとめました…
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一生ボロアパートでよかった①〜⑩まとめ

一生ボロアパートでよかった①〜⑩まとめ

① 私が幼稚園の年長になった頃、両親は家を買いました。新築の白い家です。よくある40坪程度の分譲住宅の一つでしたが、私にとって自慢の家でした。それ以前はボロアパートに住んでいました。ボロアパート時代の父は毎日きちんと仕事に行って、休みの日は家族サービスもする"良い父親"でした。母も私にとって"自慢の母親"で、よく美人と褒められました。両親は新築の家に引っ越してから兄弟のいない私に犬を買ってくれまし

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一生ボロアパートでよかった⑳

一生ボロアパートでよかった⑳

 父の会社には、夕方になる前には向かいました。駅からのその行き道で、私は再度周囲の家々の外観を見て楽しみました。

「この家は古いけど庭の手入れが行き届いているから、きっと家族仲も良いに違いない」
「この家は新築だから、きっと家族みんなこれからもずっとその幸せが続くんだと信じているに違いない」
「この家は子供がいるけど遊び道具がないがしろに外に置かれているから、きっと子供も親にないがしろにされてい

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一生ボロアパートでよかった⑲

一生ボロアパートでよかった⑲

 足早に来た方向へ戻り、駅が見えてくると縮こまった身体も元のサイズに戻れた気がしました。駅前で軽く深呼吸をしました。2、3回繰り返すと排ガスの匂いが肺から身体の内側に染み渡り、現実世界に帰ってきたと実感できました。

 駅前の人影はまばらになっていました。朝、駅に着いた時はまだサラリーマンや部活にでも行くだろう学生の姿がありましたが、すっかり居なくなっていました。駅周辺に見えるのは高齢者がほとんど

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一生ボロアパートでよかった⑱

一生ボロアパートでよかった⑱

 お金は持っていなかったのか。

 ええ、お金は持っていませんでした。財布は持ってきていたのですが、すっからかんでした。たしか100円と少しの小銭が財布の中にありましたが、とても3駅向こうの自宅まで辿り着けるような金額は持ち合わせていませんでした。財布の中のお金で切符を買うことも、Suicaにチャージすることもかないませんでした。

 父と一緒に帰るしか方法が無さそうだと悟ると、ますます自分が惨め

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一生ボロアパートでよかった⑰

一生ボロアパートでよかった⑰

 ベストセキュリティコーポレーション。

 青い看板のB.S.Coの文字に添えるように書かれたその名前こそ、父が勤める会社の正体でした。

 聞いたことがある名前でした。一昔前によくCMで流れていた会社名でした。

「あなたの安全に、ベストを尽くします。
ベストセキュリティコーポレーションです。」

 まだ我が家の壁面が白く輝き、父と母と共にダイニングテーブルで夕飯を一緒に食べていた頃、頻繁にCM

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一生ボロアパートでよかった⑯

一生ボロアパートでよかった⑯

 春休み最終日、父の尾行を決行しました。

 この日私は、朝の4時過ぎには目が覚めていました。でも、目覚めてすぐには起きませんでした。明日から始まる学校の事や家の事、まるで上手くいかない自分の人生の事をずっと考えていました。そして、いつになったら夜が明けるのかと憂いつつ、父の目覚ましが鳴るまで何もしないでただ目を瞑って待っていました。

 父が起床したのは6時半でした。それは昔から大きく変わりませ

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一生ボロアパートでよかった⑮

一生ボロアパートでよかった⑮

 あれから父は、毎日菓子パンを買って帰るようになりました。そして必ずと言っていいほど、ツイストドーナツを買ってくるのでした。私はあの日、確かにあんぱんが食べたいと伝えたはずなのに、なぜか父の記憶には、私の好物はツイストドーナツであると上書きされているようでした。

 餡の入っていないツイストドーナツは、まるで我が家のようで、好きではありませんでした。

 白く砂糖がまぶされた表面は、白い我が家を彷

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一生ボロアパートでよかった⑭

一生ボロアパートでよかった⑭

 両親の部屋を荒らしたその後、結局私が危惧していたような両親からの反撃はありませんでした。てっきり立て籠もった部屋の扉を無理矢理こじ開けられたり、怒鳴って殴って叱られたりするものだと思っていたのですが、肩透かしでした。

 今思えば、私は両親に叱って欲しかったのかもしれません。「そんな事をするのは間違っている」と、親らしく怒って欲しかったのかもしれません。両親には、我が子の過ちを悪役になってでも正

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一生ボロアパートでよかった⑬

一生ボロアパートでよかった⑬

 春休みの終わりが目前に迫った4月の頭。春の日差しを受けて花々が芽吹くように、私の心にも焦りが芽吹き始めていました。

 あともう少しで新学期になる。中学3年生になる。そして今年は高校受験がある。それが私の中で焦りを芽吹かせる主たる原因でした。少し先の未来を考えれば、新学期からでも学校に行くべきである事は明白でした。

 でも私にはそれが恐ろしく怖かったのです。だって、もう既に一度逃げてしまいまし

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一生ボロアパートでよかった⑫

一生ボロアパートでよかった⑫

 学年末テストも終業式も終わり、春休みに入りました。私は不登校のまま春休み入りしたので、学校というしがらみから解放される、あの長期休み前特有の喜びに浸ることが出来ませんでした。

 想像するにきっと男子なんかは、終業式後のホームルームが終わるや否やガッツポーズをして「よっしゃー、休みだー」とかなんとか言っちゃって、舞い上がっているに違いありませんでした。きっと女子なんかは、春休みに入ったら気になる

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一生ボロアパートでよかった⑪

一生ボロアパートでよかった⑪

 一度学校を休むと、さらに学校に行きたくなくなるんですよね。だって、もうすでに敗走しているのに、また戦場に赴いたところで、どうせ勝鬨を上げた連中に笑われるに決まっているじゃないですか。私がせっかく勇気を振り絞って学校に行ったとしても、きっとまた惨めな気持ちにさせられるんだろうなって思っちゃうんですよ。

 私もそんな感じで、不登校初日、2日目、3日目と、ズルズルと休み続けました。
 2日目も両親に

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一生ボロアパートでよかった⑩

一生ボロアパートでよかった⑩

 中2の学年末テストが始まる前に、私は不登校になりました。またテストで低い点数を取って自尊心が傷つけられると思うと、耐えられなかったのです。
 さらに言えば、クラスメイトの輪に入れないのも辛かったし、キラキラした学生生活をしている他の子達が妬ましかったし、テスト範囲のノートはどこかに消えたまま出てこなくなったし、なんかもう、全部が嫌になりました。
 それに、家の玄関前の廊下に並んでいたゴミたちが、

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一生ボロアパートでよかった⑨

一生ボロアパートでよかった⑨

 "親ガチャ"って、便利な言葉ですよね。自分の人生の不運を憐れむのに、使い勝手が良い。

 両親の経済力や性格、相性なんかを槍玉にあげて、不運の責任を押し付けるのに丁度いい言葉だと思います。
 もしくは、神様とか運命とか、そんな目に見えないフワフワしたものを悪者にして、"はずれ"を引かされた自分は可哀想な被害者なんだって、思わせてくれる言葉ですよね。

 私も中学生になってから、なんで自分だけこん

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一生ボロアパートでよかった⑧

一生ボロアパートでよかった⑧

 マナちゃんは、小学校卒業と同時に引っ越していきました。お父さんが転勤になったと言っていました。たしか東京に行ったはずです。

 最後にマナちゃんにバイバイした日、アオイちゃんと3人で一緒に泣きました。マナちゃんが泣きながら「手紙書くね」って言ってくれて、「私も絶対書くよ」って泣きながら答えました。でも結局、手紙は一通も来ませんでした。私も、一通も送りませんでした。

 マナちゃんが実は、中学受験

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