- 運営しているクリエイター
#words
indiscrimination./急性形態変性症候群・bonus track
※同人誌版の「急性形態変性症候群」bonustrackのために書かれたものです。
次々とヒトの形でなくなっていく様を見るのが愉快でしかたなかったのだ。それをすこしずつでも口にしているやつらはみんな、時間の差はあるが順番に形を変えてしまった。なにが原因かわからないと怯えている様子は滑稽ですらあった。
自分にはヒトの形をなくす可能性はないはずだった。なぜなら「いつものように一口も食べることができ
made up with/急性形態変性症候群・12
数年前から人体が別の物質になるという現象が世界中で起きていた。急性形態変性症候群と名付けられたそれは、いつしか泡となって最期を迎えた人魚になぞらえてマーメイドシンドロームと呼ばれるようになった。始めはニュースで毎日どこの誰がどういうものに変化してしまったか、その人となり、周囲の反応をさも悲しげに、しかし本音はあざ笑うかのように面白おかしく伝えていた。
この突然の形態変化は原因不明の病気なのか。
ビフォーアフター/急性形態変性症候群・11
10cmほどの太さの木が敷地の中程に生えていた。夏の盛りだが葉はそれほど茂っておらず、背伸びをしたように幹をしならせて空に向かって枝を伸ばそうとしているようにも見えた。
クライアントはこの木をそのままにして家を改築してほしいと言う。
「間取りを考えたらこれ、切っちゃったほうが良くないですか。それか移植するか。移植でも根は多少切っちゃうことになるかと思いますけど」
中庭のようにして建てることも
人魚と王子(後編) /急性形態変性症候群・10-2
(前編からの続き)
「あんたも大変ねえ。あんな化け物に住まわれてたなんて」
遠縁の親戚が自分を見て、さも気持ち悪いとでも言わんばかりの顔をして言った言葉が頭に残る。
急性形態変性症候群にかかった人の家族を忌み嫌う人・地域が存在する、ということは何度も聞いた。家族の人は言うまでもなく、なんの関係もないのに苗字が同じというだけで差別され引っ越しを余儀なくされた人もいたそうだ。
自分だってそうだ
人魚と王子(前編)/急性形態変性症候群・10-1
通報の最中、不意に声が途切れた。
「あ、なんか、ヤバいです」
「身体、違うもの」
聞こえてきたのはほぼこれだけだったが、発症した本人からの通報だろうというのは容易に推察された。
携帯電話の発信履歴と位置情報から通報者の場所を特定、現場に出向いた。人体が突然別の物質になってしまう「急性形態変性症候群」だが、発症すると短時間でヒトの形ではなくなってしまうため、元に戻ることはないと言われている。今
姻族関係終了/急性形態変性症候群・9
せいせいしたわ、とその人は言った。
急性形態変性症候群を発症した同居人が邪魔だからさっさと持っていってほしい、と依頼があったのは先週末の夕方だった。
ただでさえ役に立たないのにこんな形になっちゃ風呂の焚き付けにも使えやしない。
電話口で悪様に言うのを聞いて、こりゃなんかあったな、と思った。
◇
変性した人体を回収、保管する場所に運搬する業務も昔からあったみたいに日常業務として動いていた
いちばん大切なもの/急性形態変性症候群・8
だから機嫌が悪くなったからといって物を投げるのは良くない、と言われていたのだ。些細なことで注意され、それが気に食わなかったのは自分だ。近寄られることさえ嫌だったので、拒絶をするつもりでその辺にあった物を手当たり次第に投げた。いつもなら避けるか当たる前に床に落ちるか、たまにぶつかったときでも君は、謝りもしない自分に声を荒げることもなく静かに注意をしてきた。その時の君の必要以上に穏やかそうな顔が怖く
もっとみる玩具様形態変性症/急性形態変性症候群(マーメイドシンドローム)・7
海沿いを走る快速列車のロングシートに座って、膝の上に置いたぬいぐるみを抱えなおす。昨日まで恋人だった人のなれのはてがこれだ。三年ぶりに会い、一晩かかって愛し合い、重なったまま眠った。そして目が覚めたらぬいぐるみになっていた。
はじめは自分を置いていなくなってしまったのだと思った。会う回数も減っていたし、他の誰かといても不思議ではない。返事がない、あっても遅いのはいつものことだが、自分ももうい
木材様形態変性症/急性形態変性症候群(マーメイドシンドローム)・6
「これ、なんすか……?」
街の中心部から車で2時間、山を切り崩した場所に、積み上げられた大量の柱のようなものがあった。それらは規格品のような、そうでないような、似た形ではあるが、どれも微妙に違う気がする。
例えば地震などが起これば、崩れてきて自分なんかあっという間に潰されてしまうだろう。撤去しないのか、これからどこかに持って行って使用するのか。
「元ニンゲンだよ、これ全部ニンゲン」
自分をこ
猫飼いの愛情/急性形態変性症候群(マーメイドシンドローム)・5
朝六時になると、自動給餌器のタイマーが作動してドライフードが補充される音がする。実際には器械にはもうなにも残っていないから、床の上に山になったそれを、その家で飼われている猫は当たり前のこととして食べる。水はキッチンの水栓を操作することをいつのまにか覚えてしまったようだった。
部屋には誰もいないがときどきモーターの音がしてカメラが部屋の中をひと覗きする。「○○ー」と飼い猫を呼ぶ声も聞こえる。が、
食物様形態変性症/急性形態変性症候群(マーメイドシンドローム)・4
「……これ食べられるの?」
目の前にパンが山積みになっていた。さわってみるが、だいぶ日が経ったもののようで、水分が抜けて固くなっているものが多いようだ。
ここはパン屋か何か?
古めかしい書棚、天上まで積み上げられた書籍、山積みのパン。パン屋なわけがない。
ここの住人の音沙汰がないという連絡を受けて近くに住むわたしたちが確認に来ていた。呼び鈴を鳴らしても反応がなく、恐る恐る扉を開け中に入る。
廃墟様形態変性症/急性形態変性症候群(マーメイドシンドローム)・3
ある日突然、人体が別の物質になるという現象が見られるようになってずいぶん経つ。最初の頃に比べて人々の反応はそれほど大袈裟なものではなくなり、時として「またいつものこと」として受け止められるようになった。
「こんなところに廃墟なんてあったっけ」
毎日通っている道から見えるすこし奥まったところに、今にも崩れそうな建物があった。今までぼんやりとしていて気づかなかったのか、気にして見るようにしたから
硝子様形態変性症/急性形態変性症候群(マーメイドシンドローム)・2
なんの前触れもなく突然起こる、人体の形態変化は世界中で見られ、一時はパニックを起こすこともあったが、いつの間にか「しかたのないこと」と受け止める人が多くなってしまった。
とはいえ、中には溺愛する家族がそうなってしまい、現実を受け止められない人も当然だがいた。
彼の母がそうだった。
ただでさえ直接会うか電話するしか彼とコンタクトを取る手段がないのに、取り次ぐどころか話を聞きもしないで遮断し
急性形態変性症候群(マーメイドシンドローム)
ここ数ヶ月の間、人体が別の物質になるという現象が世界中で起きていた。ニュースでは毎日何処の誰がどういうものに変化してしまったか、その人となり、周囲の反応をさも悲しげに、面白おかしく伝えていた。
電車の中で発症した学生は、身体が瓦礫になって崩れ落ちた。車内は一時パニックになり、別の車両に移れなかった人が窓ガラスを割って外に出ようとしたらしい。受験勉強のストレスか、学校でのいじめか、ゴシップ記事